「ジーク・エーレルト。そなたは長きにわたり偉大なる祖先から受け継いだ血筋の祝福を己が力とするために戦い、見事に勝利を掴み取った。これをもって、エーレルト伯爵としてそなたを後継者として認め、後継者の証であるエーレルトの宝剣を贈ろう」
「エーレルトのため、この地に生きる皆のためにこの力を振るうことをエーレルトの宝剣に誓います」
新年。この世界では年が明けるごとにみんな一つ年を取る。
つまり、今日ジークは十歳になったのである。
ちなみにカレンは十九歳になった。
今日は新年祭。領主館の庭と玄関ホールを領民に開放し、領民たちにエーレルトのあり方を見せ、連帯感を強めるためのお祭りだそうだ。
これまでも毎年開催はしていたものの、ジークが大変な時だったのもあり、質素な祭を短期間で済ませてそそくさと王都に帰宅していたという。
ジークが復活し、後継者としてのお披露目をすることもあり、今年の新年祭は盛大で、これから一週間続くのだそうだ。
ジークがヘルフリートから短剣を受け取り、緊張した面持ちながらも堂々と宣言すると、玄関ホールに詰めかける平民たちから温かな拍手と歓声が巻き起こった。
この地では前当主支持派が主要で、ヘルフリートに対して厳しいという話だったが、受け入れられていないわけではないらしい。
温かい反応に、カレンはジークのためにほっと息を吐いた。
二階のバルコニーにはエーレルトの元老会に所属する貴族以外の貴族たちがいる。
彼らもまたおおむね好意的な様子だった。
貴族については、そう見せかけているだけかもしれない。
一階の、ヘルフリートたちエーレルト伯爵家と近い場所に席を設ける元老会の人々もまた同様である。
この場にはヴァルトリーデの姿はない。
自分が出席してはジークのお披露目を邪魔してしまうと、ヘルフリートからの誘いはあったものの辞退した形である。
確かに、ここに詰めかける平民たちの目的がジークよりもヴァルトリーデになりかねない。
そのことに、カレンは盛大に安堵していた。
新年祭に合わせた煌びやかな装いで登場されたら、カレンとしては冷や汗ものである。
ヘルフリートはその後も進行していく。
その間、領民たちは立食形式で机に並んだ食べ物を食べては酒を飲み、歓談し続けている。
かなりゆるい雰囲気である。
「次に、エーレルトの大恩ある錬金術師を紹介する。カレン、こちらへ」
カレンは呼ばれて、二階のバルコニーから中央階段を降りて壇上に登りヘルフリートの隣に立った。
「彼女の名はカレン。ジークの血筋の祝福を癒やしエーレルトの地に帰してくれた、ゆくゆくは大錬金術師となる我らがエーレルトの大恩人である。恩ある君に、我々エーレルトはいくら恩返しをしても足りないくらいだ。何か要望があるのであれば言いなさい」
段取り通りにうながされ、カレンはヘルフリートよりも一歩前に出た。
「紹介にあずかりました、カレンです。お恥ずかしいことにすでに知られているとおり、ユリウス様との結婚を対価に要求しジーク様を癒やした錬金術師です。ま、他のものが欲しくなっちゃったのでユリウス様との結婚はなしにしてもらったんですけどね!」
「うちのユリウス様の何が不満だってんだ!」
ゲラゲラと笑いながら野次を飛ばす男の声。
ここではそういうノリでいいらしい。
ヘルフリートから、ユリウスとの結婚がなしになった経緯をカレンの口からも説明してほしいという要望があったのだ。
カレンは場の雰囲気を確認しつつ、砕けた口調で続けた。
「ユリウス様に不満なんてありませんよ。ただ、錬金術が面白くなっちゃったんですよ! 自分がつくったポーションで、人が助かる。こんなに面白いことが他にありますか?」
「確かに面白そうだ!」
「男より仕事に生きるってことか」
「――それに気づかせてくれたのも、ユリウス様です。わたしはユリウス様の美しさ、そのご活躍に心惹かれ、自分なんかのポーションでも誰かの役に立つのだろうかと気後れする気持ちを乗りこえられました。依頼を受けてでもユリウス様に会いたくて、その結果ジーク様をお助けすることができました。ですからユリウス様に、とってもとっっても感謝しているんです」
カレンは二階のバルコニーにいるユリウスを見上げ、笑った。
「ですので、わたしからユリウス様に贈り物をご用意しました」
カレンが言うと、サラとゾフィーが舞台袖から大きな板に布をかけたような代物を運んでくる。
背後に飾られていたヴィンフリートの肖像画は、完全にその背後に隠れた。
カレンはその布の端を掴み、やけくそで叫んだ。
「ご覧ください! わたしからユリウス様への敬愛の贈り物です!!」
バッとカレンが布を取り去ると、そこにはヴィンフリートの肖像画より一回り大きい巨大な肖像画が現れた。
「わたしが描いたユリウス様です! エーレルトでは新年に敬愛する方の肖像画を飾るって聞いたので、描いてみました!!」
どよめく会場。熱くなるカレンの顔。
カレンは前世、「とっても独特で……独創的ね」と美術の先生に言われたことがある。
どんな生徒も褒めようとする若い先生で、随分苦し紛れの表情だったと記憶している。
友人たちには「両腕骨折したピカソが描いた感じ」と言われた。
そのピカソが一体どうやって絵を描いたのか、カレンは地味に気になっている。
「伯爵様、要望があるのなら言うようにと今言いましたよね? だったら、ユリウス様の絵を新年祭の会場の、一番目立つところに飾ってください!」
本当はプロの画家に依頼したかった。描いてもらいたかった。
決してカレンが描きたかったわけじゃない。
だが――
「待ちなさい」
一人の男が貴賓席から杖を突きつつ進み出ると、自然と領民たちのどよめきも収まった。
ブラーム伯爵ホルスト。
小男で末子。元々はブラーム伯爵家の家督を継ぐ予定はなかったそうだが、相次ぐ兄の死とヴィンフリートの活躍を背景に、ブラーム伯爵の座についた男。
ヴィンフリートの右腕と呼ばれエーレルトを実質的に支配しているという彼と敵対するかもしれない状況に、他の誰かを巻き込めずに自分で描くしかなかったのだ。