「確かに、ハラルドは魔力がとても少ない子です。うちの魔力測定器の魔道具では確認もできないほどでした」
「え? 孤児院の魔力測定器ってFランクの魔力量でもわかりますよね?」
孤児院の魔道具は低品質なので、むしろ、高ランクの魔力量持ちの子は測定が通らないことがある。
「Fランク以下、ということです……だからあの子は捨てられたのでしょう」
「そんな……」
ありえないことではない、とカレンはすでに知っていた。
エーレルトを支配していた男、ブラーム伯爵ホルストがまさにそういう存在だった。
辛うじて捨てられはしなかったものの、歪んだ思想を持つに至った人物。
「まさか、魔力量の少ない体には毒になる食材があるだなんて知りませんでした。勉強不足で恥ずかしいわ」
ユッタは頭を抱えて溜息を吐いた。
サラは小首を傾げた。
「捨て子は魔力量が少ない子が多いかと思いますが、孤児院の院長をしていらっしゃるあなたがご存じないのですか?」
「冒険者街の孤児院にいる子たちは基本的に、生き延びた冒険者の子どもばかりなので、魔力量がたくさんある子の方が多いのです。私は孤児院をここしか知らないので、知りませんでした」
「そういうところもあるのですね」
サラが不思議そうに言う。
サラにとっては、魔力量の少ない子どもには毒になるものがある、というのは常識だったらしい。
「あの子、最近やってきたということは、冒険者街の子じゃないですよね?」
「ええ。ハラルドはああ見えて、もう十五歳なんですよ」
「えっ!? 成人してる!? 十歳のティムと同い年ぐらいにしか見えませんけど……!?」
「そうでしょう? でも、年齢としては成人してしまっているので、元いた孤児院を追い出されてしまったのです。あのような状態で追い出すのは気の毒で、うちで預かることにしたのですよ」
ジークの場合は魔力が多すぎて体が成長できていなかったが、魔力が少なすぎてもうまく成長できないらしい。
この世界、どうも魔力を使い切った状態だと圧迫感を覚える。
何度か確認したが、重力ではなさそうだった。
空気中に何かが漂っていて、それが成長を阻害するのかもしれない。
「他の人にはハラルドの年齢や魔力量の話は秘密にしてちょうだい。誰もあの子のことを知らないこの地で、仕事を見つけるつもりだと言っていました。元いた場所でも大変な努力家だったそうですよ。頭もよく、自力で字を覚え、商人を見て計算や礼儀作法を覚え、言葉使いを覚え……でも幼い頃から魔力量が少ないことで知られていて、どうしても行き場がなかったそうでね。でも、王都なら誰もあの子のことを知りませんし、言わなければ魔力量が少ないことはめったなことでは露見しないでしょうから」
「わかりました……」
カレンは茫然としつつうなずいた。
「……あの子、わたしに恩返しをするために、わたしのところで働きたいって言っていました。錬金術を学びたいみたいなんですが、でも、錬金術には魔力が必要で、Dランクの魔力量のわたしでも少ないくらいなのに、どうしてでしょう?」
「それは本人に聞いてみないとわからないわね」
ユッタがそう言った瞬間、院長室の扉がバタンと音を立てて開かれた。
「先生! ティムと新しく来た子が喧嘩してる!」
「ティムがあやまってるのに、ハラルドが怒ってなぐったの!」
小さな子どもたちが次々にしゃべる。
何を言っているのかわからないが、非常事態ではあるらしい。
「止めに行きましょう、ユッタ先生」
「ええ、そうですね。ハラルドはまだ病み上がりなのに、ティムは何をしたのかしら」
子どもたちはハラルドを責める口調だったが、ユッタはティムが何かしたと思っているらしい。
騒ぎの大元の談話室では、ティムとハラルドが取っ組み合いをしていた。
どちらかというと、ティムが一方的に殴られているように見えた。
「やめなさい! ハラルド! あなたはまだ病み上がりなのよ!」
ユッタが叫ぶと、ハラルドはピタリとティムを殴るのをやめた。
馬乗りになっていたティムの上から起き上がり、ユッタを暗い目つきで見上げていた。
「ごめん……ほんとに、悪い……」
「謝るなって言っているのが聞こえなかったか?」
顔を腫らして謝るティムに、ハラルドがギリギリと歯を食いしばり、拳を握りしめる。
ぶるぶる震えるハラルドを、子どもたちはこわごわと見上げていた。
「ティムが謝ってるのに、殴るなんてひどい」
「そもそも、なんでハラルドは怒ってるの?」
「ティムがハラルドに毒を食べさせたとか言ってたけど――」
カレンは頭を抱えた。
ティムにキノコ粥と空の魔石を持ってこさせたあとは部屋から出てもらった。
だがティムは部屋の外かどこかに隠れていて、カレンとサラの会話を聞いていたらしい。
「二人とも、院長室に行くわよ。ついてきなさい」
「先生! ティムは悪くないよ!」
「いいえ、ティムは悪いことをしました」
頬を腫らしたティムが悄然とうなだれる。
ティムがダンジョンから採ってきたというキノコが、ハラルドにとっては毒になる。
それを知ったティムは、基本いい子なのでハラルドに謝りたいと思ったのだろう。
それで、医務室から戻って談話室にいたハラルドに謝罪をしたらしい。
だが、ハラルドは謝罪を拒絶した。
「なあ、ハラルド、本当にごめん――」
院長室に向かう道中も、ティムはハラルドに謝った。
一方的にボコボコにされていたのに、ハラルドを恨んではないらしい。
ハラルドはといえば、謝罪を繰り返すティムをじろりと睨みつけたが、もう何も言わなかった。
院長室に到着すると、まずユッタはティムを見やった。
「ティム、あなたには、ハラルドに謝らないといけないことがあるわ」
「おれ、ハラルドにとっては毒になるとは思わなくて、キノコを食わせちゃった! しばらく粥だけ食うって言ってたのに、美味いから、キノコを混ぜてやろうって勝手に入れて――」
「そんなことはどうでもいい」
「へ?」
ハラルドはうなるような声で言った。
間の抜けたような顔をするティムに、ハラルドは震えながら言った。
「それを、みんなの前で言うなよ……! みんなが食べられるものを食べられない、それがどんな意味を持つのかおまえはわからないのか!? 僕の魔力が少なすぎて、そうなるんだよ! おまえは! 僕の魔力が少ないことをみんなにバラしたんだ!!」
「え? あ――」
「子どもたち全員が秘密にできると思うか!? 僕の魔力が少ないことを知った大人が、僕を雇ってくれると思うか!? 僕にやらせてもらえる仕事が見つかると思うか!!」
人はまず、魔力量で分けられる。
仕事内容に直接関わり合いはなくても、高魔力持ちは好待遇で、低魔力持ちは待遇が悪いというのはよくある話だった。
「お、おれ、そんなこと知らなくて……!」
「何度も謝るなって言ったよな!? ここでは何も話すなって、やめろって!! 僕の言葉は聞こえなかったか!?」
「聞こえた、けど、でも――」
「自分が悪いことをしたのが気持ち悪くて、謝っていい子になって、すっきりしたかったんだろう! 自分が気持ちよくなりたいからって、おまえは僕の未来を潰したんだ!!」
ハラルドは真っ赤な顔で怒鳴った。
やっとすべてを理解したティムは、ボロボロと涙を流した。
そんなティムを、ハラルドは嫌悪感に満ちた目で睨みつけていた。