第二王子のボロミアスがやってきたのは一巡目の配膳が終わったあと、おかわりの列ができかけの頃だった。
ボロミアスはその列を無視して、というより気づきもせず、目もくれずに列に割り込むと、カレンの前に立ちはだかって言った。
「錬金術師カレン。そなたが万能薬を作ったと聞いた。そのような貴重なものを私の指令を遂行するために作ってくれたことをありがたく思う」
カレンはチラッとボロミアスやその側近たちによって列を追われた冒険者たちを見やった。
あからさまに不満げな表情を隠しもせず、彼らはボロミアスを睨みつけている。
だが、あくまでおかわりなので、まだ待てるという風情である。
一巡目の配膳が終わったあとでよかったと胸を撫で下ろしつつ、できるだけ早くボロミアスとの会話を終わらせた方がいいだろうとカレンは判断した。
「お気になさらず。わたしも急に食べたくなって、作りたくて作っただけなので。それで、どのようなご用件でしょうか?」
「謙遜をするな、カレン。いや、カレン殿。それだけのものを作るには大変な労力と費えがかかったであろう? その費用は私が負担しよう。あとで請求するといい」
「いえいえ、大丈夫です。料理としては確かに高価ですけれど、ポーションとしてはそこまで高額な原価でもないんですよ。むしろ、魔力回復ポーションに使う魔茸の方がかかるくらいなので。ご用件はそれだけですか?」
ボロミアスの隣にいた男がカレンをキッと睨んだ。
なら話は終わりだから早く帰ってくれないかな、というカレンの感情が顔に滲み出ていたためだろうか、とカレンはドキッとした。
「平民のくせに、ボロミアス殿下の配慮を無碍にするつもりか!」
「配慮?」
カレンはきょとんと目を丸くした。
「やめないか。平民とはいえ高ランクの錬金術師だぞ。しかも貴重なポーションを作りだしたというではないか。敬意を払うべきだろう」
「しかし、平民です!」
カレンはそこで気がついた。ボロミアスの周りにいるのは近衛部隊の騎士たちだった。
彼らの鎧の胸当てには薔薇と王冠で彩られた盾の文様が描かれている。
薔薇と王冠と盾は、近衛部隊の紋章である。
ボロミアスの胸当てにはペガサスとドラゴンと盾。王国騎士団の紋章が描かれているのに。
確か、ダンジョンに入った時にはボロミアスの周りにいたのは同じく王国騎士団の騎士たちだったはずなのに、周囲に侍る人間の入れ替わりがあったらしい。
「平民が貴重なポーションを作りだしたのであれば、真っ先にボロミアス殿下に献上するべきではありませんか。このダンジョン調査隊の最高責任者はボロミアス殿下なのですから! それなのに、真っ先にボロミアス殿下の元に献上しに馳せ参じないとは、不敬にもほどがありますでしょう!」
非常に聞き取りやすい声で朗々と言うので、ただでさえ耳の良い、大半が平民である冒険者たちの耳にも届いていた。
ハラハラするカレンを余所に、近衛騎士の口上は止まらない。
「おまえは本来ならば罰せられるべきところを、ボロミアス殿下がわざわざご足労くださり、労い、その費用を出すとまでおっしゃっていただいたのだぞ! 平身低頭して感謝し、そのポーションを殿下に献上してしかるべきであろう!」
言ってやった、という達成感に満ちた得意げな顔をする近衛騎士に、カレンはぽかんとした。
カレンでもわかった。
この近衛騎士は、この場に連れてきてはいけない種類の人間である。
「おい、ステフ。さすがにそれは……」
「ボロミアス殿下はお優しすぎます! それでは平民どもに、冒険者どもになめられてしまいますよ! 我々は高貴な血筋の生まれなのです。ここにいる者たちとは言葉の重みや命の価値からして違うのですよ!」
それをよりによって高ランク冒険者たちの前で言うのか、とますます唖然とするカレンの後ろから進み出てきたのはユリウスだった。
「ボロミアス殿下、昔ながらのご友人を連れてこちらへやってきた意図をお聞かせいただけますでしょうか? 費用の問題であれば問題はないとすでにお答えしました。御用がそれだけなら、ご友人を連れてお帰り願いたい」
昔ながら、とユリウスが口にした時ボロミアスは気まずげな表情になった。
ステフも何かしらが勘所に触れた様子で、怒りに顔を歪ませて言う。
「やはりエーレルトは第一王女殿下についたということか!?」
「私は個人として恋人の味方であるだけだ。彼女が味方したいと思う者の味方であり、彼女を理不尽に罰する者の味方となることは永遠にないだろう」
ユリウスの言葉に、ボロミアスが声をあげた。
「ユリウス! 私は錬金術師を罰するつもりなどない!」
「もしそのつもりがないのであれば、勝手なことをさえずるご友人の嘴を早めに閉ざさせるべきでしょう。殿下にそのつもりがないことなど、この場にいる者には誰もわからないのですから」
「さえずるだと!?」
ステフはますます怒りで顔を赤くする。ユリウスはステフを無視して言った。
「殿下にとっては耳心地のよいさえずりを聞かせるご友人でしょうが、そのさえずりは他の多くの者たちにとって耳障りで不快なものです。だからこそ王妃陛下によって遠ざけられたご友人であること、お忘れですか?」
ボロミアスも、ユリウスの言葉に不快げに顔をゆがめた。
「私が誰を側に置こうと私の勝手だ。差し出口を叩くな、ユリウス!」
「王妃陛下のお言葉をお忘れになっていないかを確認したかっただけですが、差し出口となってしまっていたのであればお詫びいたします」
「忘れてはいない! だが、ダンジョンの中では気が昂ぶる。気持ちを落ちつけるため、心を許せる友人を側に置くことの何が悪い!」
「何も悪くない場合が多い、とは存じます。ところで、ご用件は?」
「万能薬を見に来ただけだ! もう用は果たした!」
「一杯いりますか?」
カレンがヒョコッと会話に参加すると、三人が全員信じられないものを見る目でカレンを見た。
ボロミアスはカレンの間の抜けた顔を見ると、振りあげかけた拳のやり場を失って溜息をついた。
「いらぬ! 私の命令通りに冒険者を管理するために使え! 戻るぞ、ステフ!」
「で、殿下。しかし、万能薬ですぞ? いらないのですか?」
「二言はない!!」
「そ、そんなあ」
ステフは万能薬が欲しかったらしい。
物欲しげに鍋を見て、ユリウスを睨み、カレンを睨みつつ去っていった。