「で、ねーちゃんは今何ランクの錬金術師になったんだ?」
トールの問いで、何故か一瞬場の空気が凍りつく。
カレンは空気の変化を不思議に思いつつ、率直に答えた。
「Cランクだよ。Bランクになるの、トールに先越されちゃったねえ」
「Cランクか! ねーちゃんだってすげーじゃん! 冒険者なんて魔物を倒してりゃいいだけだし、錬金術師よりずっと簡単なだけだって!」
冒険者の方々がトールの視界外で無言でぶんぶんと首を横に振る。
錬金術師より簡単だなんてことはない、とものすごく言いたげではあるものの、トールの手前とあってか何も言わない。
カレンにとっては可愛い弟でありながら、権力勾配をひしひしと感じる。
それに、場の空気が凍りついたのは一体何だったのか。
戸惑うカレンに、セプルだけは昔馴染みの親近感か気兼ねなく教えてくれた。
「ハァー、ともかく、おまえたちが決別することがなくてよかったよ、カレンちゃん、トール。安心したぜ」
「決別? なんでそうなるの?」
「ランクが上がりすぎて家族と疎遠になる冒険者なんて腐るほどいるからな。特に上級ランクになっちまうと、Fランクなんか同じ人間にも見えないなんてこともある。カレンちゃんのランクがそこそこ上がっててよかったぜ」
もしもカレンの錬金術師ランクが上がっていなければ、トールはカレンと決別していたかもしれないという。
それが緊張感の正体だったらしい。
そんなことで、とカレンが唖然とする横で、トールがセプルに食ってかかった。
「オレはねーちゃんがFランクだったとしても決別なんかしねーけど!? 変なこと言うなよ、セプル! ねーちゃんがびっくりしてるだろ!」
「ほう、そうか。それならそれでよかったよ。オレはカレンちゃんの悲しむ顔を見たくなかっただけなんでな」
「……そういうやつも結構いるから、セプルの心配ももっともか。ねーちゃんのための心配だしな……」
トールはセプルをギロリと睨んでいたものの、すぐに矛先を収めた。
セプルはこっそりと安堵の息を吐いていた。
「ランクなんて関係なく、血の繋がった家族は家族なのに、そんな人がいるんだねぇ。信じられないよ」
「カレン、高ランク冒険者はそういう者の方が多いぞ。あまり外では言わない方がいい」
カレンが溜息を吐くと、ギュンターが咳払いをして忠告する。
えっとカレンが周囲を見渡すと、ワンダたちが気まずげな顔をしていた。
「ええと、私たちも悪気があるわけじゃないのよ? 立身出世を果たしたから傲慢になったという自覚もないの。ただなんというか、階梯を一段も上がっていない人たちって、虫ケラにしか見えないというか……」
「ええー……」
「サイテーだよなぁ? ねーちゃん」
ワンダの言葉にドン引きするカレンにトールが便乗する。
「虫ケラの命なんかどうでもいいっていつも言っているのは誰だったかしらね? リーダー?」
「ねーちゃんの前で言っていいことと悪いことの区別を付けてくれよ、ワンダ、なあ? イテッ」
「仲間にすごまないの」
「はーい、ねーちゃん」
きゅるっとした顔でトールが返事をするのを見てワンダとトールのパーティーメンバーたちがトールの視界の外でオエオエする。
ワンダはカレンをお姉さんと呼ぶものの、二人の間に色めいたものはなさそうでカレンはしょんぼりした。弟の初カノではなかったらしい。
それから、ユリウスが戻って来たのは昼過ぎのことだった。
カレンがありあわせのもので作った久々の手料理に、トールが泣いて喜んでくれたので、鼻高々、幸せいっぱいのところだった。
ユリウスはいつもと変わらぬ笑みで近づいてくるも、手を伸ばしてもカレンには届かない場所で立ち止まり言った。
「カレン、あとで他の者を迎えによこそうか?」
「ユリウス様と話がしたいので、一緒に戻ります。トール、またね」
「またな、ねーちゃん。ごちそうさま!」
笑顔のトールたちに見送られ、カレンはユリウスと共に帰路についた。
カレンとユリウスを見送るとセプルは満足げに言った。
「エーレルトの英雄とも呼ばれるユリウスサマも、やっぱホンモノのBランク冒険者には敵わねえよな~」
「いや……結構ヤバかったぜ? 殺す気でかかられてたら、どうなってたかわからない」
トールも手加減した。だから防戦に徹したし、戦鎚を手放したのも半分は驚かせるためのわざとだ。
だが、ユリウスも理性のない獣のような目をしておいて、あれで加減をしていた。
あの男の恐さは食らいつくような執念だった。剣を寸止めするような理性が残っているうちは、あの男の本領ではないだろう。
武器も大した剣ではなかった。恐らく、貴族の騎士が持つ十把一絡げの護身用の剣だ。
冒険者の野営地で、冒険者を警戒させないように装備を変えて来たのだろう。
あの剣でトールの特別製の戦鎚と打ち合っただけで上出来だった。普通は壊れるが、ユリウスの剣は壊れなかった。ユリウスの精密な魔力制御の成せるわざだ。
剣に魔法未満の魔力をまとわせたあの技にしても、剣が耐えうる魔力耐性があそこまでだったというだけで、魔法金属製の魔法剣を使えるのであればまた別の戦い方をしてくるかもしれない。
「マジかよ、トール? 相手は温室育ちのお貴族様だぜ?」
「アレが温室で育った男とは思わないぜ、オレ。温室で育ったかのように見せかけてるだけだ。油断を誘うための演技ってわけでもなさそうだけど、なんなんだろうな。あいつ、貴族のお坊ちゃまなんだよな?」
「エーレルトのユリウスって言えば、伯爵家のぼっちゃんで間違いないぞ」
「それなのに、なんつーか、ガキの頃からダンジョンに入り浸り続けてる……孤児のガキみたいな剣の握り方をしてたんだよ」
はじめはまともに剣を握っていたが、トールと実力が拮抗していると悟ると握り方を変えていた。そちらの方が慣れていて、戦いやすいとばかりにだ。
階梯を昇ると力が強くなる。指先で摘まんだ剣を振るうことさえできるようになる。
剣の正しい握り方を教わるよりも前に、魔物を殺すための効率的な剣の扱い方を実践で学んでしまったかのような、そんな違和感がユリウスにはあった。
「……カレンちゃんの恋人にしておいていいような男なのか? それは」
「そこはねーちゃんの望みだから受け入れるしかねーかな。ライオスだって気に食わなかったけど、ねーちゃんが婚約するっていうから見過ごしてたんだし。ま、ライオスはねーちゃんを粗末に扱うからいつかコロソーって思ってたけど。てゆーか、ユリウスが恋人だってんならライオスはどうなったんだ?」
「カレンちゃんはライオスを捨てたらしい。てっきりユリウスサマの色香にコロッと騙されたもんだと思ってたんだが、意外と、騙してる感じでもないんだよなぁ」
「ふーん。ねーちゃんが捨てたんならいーや」
セプルの誤解がトールに伝染したあと、セプルは真実も伝えた。
「あと先に伝えておくが、おまえらんち、火事になって燃えたぞ」
「ハア? なんだそれ」
「火を付けたのはカレンちゃんと敵対している、グーベルト商会のイザークっていう、このダンジョン調査隊の酒保商人だそうだ。で、コイツは火災の原因はカレンちゃんの火の不始末だなんて嘘の噂も流している」
トールがゆらりと動きだそうとするその肩を、セプルが掴んで止めた。
「何止めてんだ? セプル。アンタが止めてんのはBランクだぞ、Dランク」
「キッツ! 小さい頃面倒見てきたガキに言われたくねえ台詞一位だわ!!」
セプルは喚いてから言った。
「カレンちゃんいわく、獲物を横取りすんな、だとさ」
「あー、なるほど?」
トールが凄んでいた表情をケロッと平素のものに戻して眉尻を下げた。
「でもねーちゃん、本当にちゃんと報復するかなぁ」
「俺もそこは気にしてるところだ。だけど勝手に報復すんなよって話だ。カレンちゃんなりに色々用意はしてるみたいだし、それを邪魔しちゃ可哀想だろう」
「そーだな。教えてくれてありがとな、セプル」
「二度とあんなキンタマが縮み上がるような言い方すんなよ!」
「……はいはい。ったく」
トールは自分と対等に接してくるセプルに調子を狂わされつつうなずいた。
ハラハラする様子を隠しもしないパーティーメンバーたちに溜息を吐き、トールは故郷のダンジョンの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。