「リヒト様は狩猟祭には参加せず、友人であるユリウス様の婚約者が本当にユリウス様に相応しいかを見極めたいってことですね! いいですよ! 一緒に行動しましょう!」
「俺が言う前に全部言うのはやめないかい??」
カレンの言う通りではある。
だが、試してやろうとしている相手に、それを受け入れられるのは癪である。
しかしその提案に否やはない。
リヒトは溜息を吐いて言った。
「それで、君の今日の予定は? 君の素の姿を確かめるためにも、俺は君に付き合うつもりでね」
「基本的には営業ですね」
「ポーションの、かい?」
「はい。ポーションの営業にかこつけて、この場に集まる貴族の方の領地で不遇の扱いを受ける、魔力の少ない子どもを引き取っていくつもりです」
「ユリウスとの婚約発表前に慈善活動とは泣かせるね。すでに貴族の仲間入りを果たした気分なのかい?」
貴族の女性はよく慈善活動をする。
子どもを産むことで戦いを免除されながらも、それでも領地や国への貢献を望む者たちにとっての手段の一つ。
それを真似ているのだろうとリヒトが皮肉ると、カレンは目を丸くした。
泣くか? と若干焦ったリヒトだったが、カレンは何故か感心した。
「なるほど、わたしってそう思われているんですか……!」
「なんだい、その反応……?」
「秘密です」
カレンは笑顔で言うと、宣言通り営業を兼ねた慈善活動を行っていく。
Bランク錬金術師の稼ぎがあれば養うことは可能だろうが、安易に子どもたちを預かる約束を重ねていく。
ユリウスとの婚約を前に貴族の好印象を稼ぐために、子どもたちの未来を犠牲にするつもりなのか?
――疑っておいて実のところ、疑っているわけでもない。
とっくの昔から、リヒトはカレンを監視しはじめていたからだ。
エーレルト伯爵ヘルフリートは、ある時領都ダンジョンの攻略に乗り出した。
彼が人を集めた時、そのお題目は『エーレルトのため』だった。
前伯爵の代でダンジョンが崩壊しかけたこともあり、再度悲劇の発生を防ぐためだという、完璧な言い訳があった。
だが、誰もが領都ダンジョンの攻略は伯爵の息子のジークのためだと理解していた。
莫大な報酬が約束され、その報酬に惹かれて手を挙げた立候補者の中から強者が選ばれ、その中にはリヒトもいた。
リヒトの祖父の代には、まだゼンケル家は子爵家だった。
だが、祖父がエーレルト領の周辺にあるダンジョンを攻略した功績で伯爵となり、ゼンケル伯爵家はそのダンジョン周辺の土地を領地として与えられ、ゼンケル領の小領主となった。
まだ祖父とそのパーティーという戦力が健在だった頃はよかった。
だが、ダンジョンを維持するのは元々困難な事業だ。
元が小さな臣下の家系でしかなかったゼンケル伯爵家は、突如担うことになった責任の重さに潰されかけ、十階層までしか攻略していないダンジョンの管理もおぼつかなくなり、両親の代で早くもダンジョンを崩壊させかけた。
ダンジョンというものは深ければいいというものでもない。
攻略しすぎれば、いずれは管理しきれなくなる。
エーレルト伯爵家が領内に領都ダンジョンをはじめとした無数のダンジョンを抱えてなおそれを維持し続け、大勢の領民を養っているのは大変な偉業なのだ。
領地を返上するのも貴族としての恥。爵位を返上するのも恥。
ダンジョンを崩壊させるのは、大罪だ。
このままではまずいと、リヒトは幼い頃から理解していた。
強くなるために死に物狂いで鍛錬を重ね、エーレルト領都ダンジョンの攻略パーティーに立候補したのは金が目的だった。
金さえあれば人を雇えるし、冒険者を誘致できる。
リヒトは領地を建て直すために、我が子可愛さに領地のためだと言い訳をする見苦しい領主にでも従おうとやってきた。
そんなリヒトたちを率いるのは、その領主の弟、ユリウスだった。
最初は、ユリウスにも反感を抱いていた。
だが、ユリウスは強かった。
常に命の危険と隣り合わせのダンジョン内では、その強さに信奉せずにはいられないほど――やがて、リヒトの怒りは我が子のためにユリウスを死地に追いやったエーレルト伯爵の方に向いた。
確かに、貴族は家のために身の処遇を当主に委ねるのが普通だ。
とはいえ、ダンジョン攻略でユリウスに命をかけさせておいて、今度はユリウスの人生をかけさせるのか。
ユリウスが平民の女錬金術師をエーレルト伯爵家に取り込むためのエサにされようとしていると知った時には、エーレルト伯爵家に乗り込もうとした。
エーレルト伯爵ヘルフリート。
ユリウスが、どんな目に遭ってきたかを知らないくせに――!
抗議しようとしたリヒトを止めたのはユリウスだ。
いつもそうだった。ユリウスは兄に利用されることを苦に思うどころか、積極的に利用されることを望んでさえいる。
まるで、そうしないと自分には存在価値がないとでも思っているかのように。
リヒトはエーレルト伯爵への抗議も、カレンとの接触も固く禁じられた。
ユリウスにとってリヒトはやむを得ずダンジョン攻略を共にしただけの人間にすぎない。
リヒトの信頼も、敬意も、ユリウスのために抱く怒りも、ユリウスにとっては余計なお節介なのはわかっている。
だが、それでも見過ごすことはできなかった。
ユリウスに露見しないよう注意をしながら、リヒトは独自にカレンの情報を収集してきた。
だから、カレンの人柄は知っている。
子どもを利用しておいて簡単に捨てるような人間ではない。
ユリウスの気持ちもわかっているつもりだ。
何度もしつこくせっついていたおかげか、表面上はカレンへの隔意を押し隠していたためか――。
ユリウスは自らの意思でカレンに秘密を打ち明けたことをリヒトに伝えると、カレンと会うことを許可した。
リヒトが秘密を漏洩するとでも思ったのか。
明らかに、ユリウスが隠したくて気が狂わんばかりになっていると知っている、その秘密を?
――納得しきれない気持ちのやり場を得るために、リヒトは狩猟祭を放り出してカレンを間近で監視することにした。
ユリウスが選んだ女が一体どういう人間なのか、直接確かめてやりたかった。
そして直接言葉を交わしたその女は、妙に馴れ馴れしく、無礼で、リヒトが逆に不安になるほどリヒトをまったく恐れていなかった。