「結論から言えば近くのダンジョンで大崩壊が起きた。だが、治まった――ってところらしいですよ」
ヘルフリートたちから話を聞き込んで戻ってきたリヒトはゴットフリートに向かって言う。
「誰かが近隣のどこかの崩壊しかけたダンジョンを攻略しているのでしょう。今、エーレルト伯爵が狼煙を上げて一旦参加者を呼び戻しているところなので、戻ってこない参加者がダンジョンの攻略者だということになります」
「ふむ。狩猟祭は元々、近隣のダンジョンを攻略して版図を広げるための祭だからな。優勝を狙った者がダンジョン攻略をし始めたと考えれば筋は通る」
「攻略者がそれなりの実力者だといいのですがね。このようなところまで大崩壊の影響が出るとなると、深層の魔物が越境してきていてもおかしくありません」
「……大崩壊の発生は人為的なものではないのか」
「人為的?」
ゴットフリートの独り言のような言葉に、リヒトは怪訝な面持ちになる。
すると、ゴットフリートは盗聴を防ぐための魔道具を発動させて言う。
「どうも、『予感』がしてな」
「あなたの予感ですか……」
カレンがポトフの皿を持って近づくと、苦い顔つきをしていたリヒトが口を噤んだ。
どうやら、カレンには聞かせられない話だったらしい。
「根菜のポトフです。よければどうぞ」
「先程私もいただいたが、美味かったぞ。ポーションにもなっていた。体を守る力とやらが上がるらしい。私のブドウ酒を使ってもらった甲斐があるな」
「あなたのブドウ酒!? ゴットハルトを料理に使ったのかい、カレン!?」
「一杯一杯が大変高価なポトフに仕上がりました。ぜひご賞味ください」
驚愕顔のリヒトはポトフの皿を受け取り、呆れ顔で一口食べると、目を丸くした。
「……美味い」
「やっぱり、いいブドウ酒だからこそ、いい料理に仕上がったというのは大いにあると思います」
「いいポーションならともかく、料理か」
リヒトは苦笑して、ポトフの中の熱々のジャガイモをホクホクと食べ、ゴロゴロと分厚いベーコンを噛みしめた。
ニンジンの柔らかさとレンコンの歯ごたえを楽しみ、トロトロになったタマネギをスープと共にすする。
鼻の頭を赤くして、リヒトはほっと一息つくと言う。
「君と一緒になれば、ユリウスはこういうものを生涯食べて生きていくんだな」
「そうなりますね」
「……応援したくなるじゃないか、こんなものを食べさせられたら」
溜息を吐くと、リヒトは懐から盗聴を防止するための魔道具を取りだした。
先程、ゴットフリートとしかできない話をしようとしていたらしかったのでカレンは身を引こうとしたが、リヒトがそれを留めた。
「君も聞いてくれ。――騎士団長殿さえよければ」
「私は構わないぞ、リヒト殿。カレン殿は家族のような存在だからな」
「騎士団長殿に認められるなんて、君は一体何をしたんだ?」
カレンとしてはゴットフリートの恋バナで打ち解けた気持ちだが、恐らくゴットフリートの方はそうではない。
なので、カレンは控えめに口を噤んでおいた。
「まあいいけどな。騎士団長はな、つまり、直感に優れたお方なんだ。……かつて、ユリウスを見つけたのも騎士団長様だったんだぜ」
「……見つけた?」
声を潜めて言うリヒトに不吉なものを感じてカレンは眉を顰める。
ゴットフリートがリヒトの言葉の続きを引き取って言う。
「あの男はな、魔力の高い女に手当たり次第に手を出したあげく、そのうちの一人がユリウス様という子をもうけていたことを知るや、攫って未攻略のダンジョンに放り込んだのだ。私が見つけたのは、自力でダンジョンを脱出したユリウス様だ。……この予感がある種の能力であるならば、もっと早く感じ取ってやりたかったがね。役に立たぬ力よ」
「そのようなことはありません、騎士団長。あなたが入口に来てくれたおかげでユリウスは少なくとも、誰かが助けに来てくれたのだと感じられたはずですよ」
「私が保護してすぐヴィンフリートにかっさらわれたあげく、私にはそれ以上のことは何もしてやれなかったがな」
「ヴィンフリートの目的は何だったんですか?」
カレンが呼び捨てにしても、リヒトとゴットフリートはどちらも気にもしなかった。
「あの男は強い子を欲しがったのだ。後継者としてはヘルフリート様を据えておき、ヴィンフリートは実験をしたのだ……弱い子ならダンジョンの中でそのまま死ぬ、強ければ生き残る、というわけだな。生き残ったユリウス様を見て、あの男は歓喜していたよ」
「つまり、騎士団長殿の直感、予感は当たるってことだ」
リヒトは物思いに囚われそうになるカレンを押しとどめるように大声で言うと、カレンを見やった。
「あまり過去のユリウスに囚われすぎるなよ、カレン。あいつはもう、未来を見ている。君との未来をだ。君も、そうだろう?」
「……はい」
カレンはうなずいた。
リヒトはこれをカレンに聞かせるか迷って、しかしカレンに話すことにしてくれたのだ。
カレンなら過去に囚われ続けることはないと見込んでくれたのだろう。
だが、囚われるなと言われても、考えずにはいられない。
カレンはユリウスがいるだろう方角に見当を付け、その方角を見やって想いを馳せずにはいられなかった。