カレンは小首を傾げて商人の男たちに訊ねた。
「身を守るすべがないなら、身を守るすべを用意してからじゃないと、町から出ちゃダメですよ。あなたたちは戦えるんですか?」
「い、いや……」
「戦えないなら護衛は雇っていますか? その護衛の強さは大崩壊を繰り返す未攻略ダンジョンに近づける強さなんですか?」
「そ、それは……」
商人たちは顔を見合わせる。
護衛を雇っていないか、あるいは雇った護衛はそこまで強くないらしい。
未攻略ダンジョンは大崩壊を起こすものだ。
魔物を野放図に解き放ったあとに再び沈黙の時を過ごし、やがて再び魔物を解き放つ。
魔物の生産工場に無防備に近づいたら死ぬに決まっている。
「だ、だが俺たちは、伯爵様に指示された場所に野営していたせいで、魔物に襲われて……!」
「実力不相応なダンジョンに潜った人間が死ぬのはあたりまえのことですよ。確かにダンジョンには魔物と遭遇しにくい場所はあるし、それを教えてくれる人もいる。だけど、そこで魔物に遭遇して襲われて、死んだって、他の誰のせいにもできない。自分のせいです。魔の森に近づくってそれと同じことだと思うんですけど、違いますか?」
カレンの言葉に男の一人が顔を歪めて立ち上がた。
「何も知らない、小娘が――!」
「俺もカレンちゃんの言う通りだと思うがね」
側についていたセプルがカレンの肩から顔を出して言うと、カレンに拳を突き出そうとしていた男がビクついて動きを止める。
「戦うすべもないくせにこんなところに来るのが悪いんじゃねーのか?」
セプルはあっさりと言い、続いて近づいてきたウルテもうなずいた。
「誰かに守ってもらわなきゃ死ぬようなヤツが、何でこんなところにいるのかね? 護衛を雇ってたならまだしも、雇ってなかったとしたら、他のヤツになすりつけるつもりだったのかい? ……そうだとしたら、死んで当然さ」
ウルテは懇願のために跪いていた商人たちを蔑みの目で見下ろし、吐き捨てる。
商人たちは図星だったのか、カッと顔を赤らめて黙り込む。
カレンはくるりとヘルフリートを仰いで言った。
「これがわたしたち平民のごく一般的な意見ですよ、ヘルフリート様。だから、あんまり気にしないでください」
「平民の、というより、今のは冒険者の意見だろう」
どこか呆れたように、だが心なしか憔悴の色が薄れた表情でヘルフリートが言う。
確かに、とカレンとセプルとウルテは顔を見合わせた。
力のない者が誰かに助けてもらう前提でダンジョンに入り、案の定にっちもさっちもいかなくなって、助けてくれない者たちに怨嗟の声を投げつけることがある。
冒険者は、そういう弱者をこれ以上ないほど嫌っている。
かつてそういう人々を、テレーゼを助けたユリウスが、あまりに心優しすぎたのだ。
商人の男たちを追い払い、カレンたちは死者の亡骸が安置されている天幕を後にした。
天幕の前まで戻るとヘルフリートは深い溜め息を吐いて言った。
「助かった、カレン。礼を言う」
「突っぱねてよかったんですよ、ヘルフリート様。あの人たちが本当に身内かどうか、わかりませんし。亡くなった商人の財産を狙う泥棒かもしれませんから、後日きちんと身元を調べるので正解ですよ」
「だとしたら、迫真の演技だったな」
貴族相手に抗議をすることを恐れない彼らの姿は、確かに真に迫っていた。
もしも演技だとしたら、ヘルフリートが家族愛を大事にすることを知っていたのかもしれない。
家族を愛する心を知るヘルフリートなら平民相手とはいえほだされかねないと、横で見ているカレンも思ったのだ。
他に、誰がそんなことを知っているのか。
確かにヘルフリートがジークのために払った犠牲は有名だが、大量の魔力を持つ後継者への執着だと思ってもおかしくない。
かつてのヴィンフリートがそうだったように。
――もしも彼らが演技をしていたとして、一体誰なら、ヘルフリートの人柄を知り得るのか?
思考の淵に沈んでいたカレンに、「そういえば」とヘルフリートは何でもないことのように切り出した。
「ユリウスだがな、どうやらこの二週間で未攻略ダンジョンを一つ攻略するつもりでいるらしい」
ヘルフリートはそう言ってにやりと笑う。
それを見て、カレンは目を丸くした。
「エッ!? 大崩壊を起こしかけたダンジョンを攻略してるのって、まさかユリウス様なんですか!? そんな危険な場所にいるなんて――!」
愕然とするカレンに、今度はヘルフリートが余裕の笑みを見せる。
「ユリウスなら問題ないだろう。他の何者であっても救助隊を組織せねばならなくなるところだったがな。Bランクの冒険者ならダンジョン十五層までなら単独攻略可能だと言われているのだぞ、知らないのか?」
「知ってはいますけど……」
「なら、心配することなどないとわかるだろう? ユリウスは君のために何としてでも優勝したいと言っていた。確かに、ダンジョンを攻略されれば誰も勝てまい。狩猟祭の女王になる準備をしておくといいぞ、カレン」
からかうように言われるも、カレンはいつものようにうろたえることなく訊ねた。
「ダンジョンを攻略しているの、他の誰かだって可能性はありませんか?」
「ユリウス以外の者とは全員、連絡が取れた。連絡が取れないのはユリウスだけだ」
連絡の手段は魔道具か。
だとしたら、連絡が取れないのは外部と魔道具でやりとりできなくなるダンジョンの中にいる者だけということになる。
きっと、カレンがピアスに込めた魔力も届いていない。
カレンは溜息を吐いた。
「ユリウス様が強いことは知ってるのに……なんでこんなに心配なんだろう」
首をひねりつつ独り言を呟くカレンに、ヘルフリートは穏やかに微笑んだ。
「ユリウスが帰ってきたらその気持ちを伝えてやってくれ」
今度はからかう口調でもなかったヘルフリートの言葉にカレンは顔を赤らめると、「あっちの騎士団員は見張っておくのでご安心を!」と叫んでそそくさとその場を後にした。