「三級錬金術検定試験、合格おめでとうございます。我が校はじまって以来の快挙ですよ、リーフ」
翌日、アルフェとともに登校した僕をリオネル先生とアナイス先生が祝ってくれた。どうやら三級錬金術検定試験の合格通知は、所属機関にも通知されるらしい。僕の場合は、所属機関に相当するのが、このセント・サライアス中学校ということになるようだ。
「これから、取扱出来るものの幅が増え、さらなる知識の探求が可能になります。学校としても、支援体制を整えていきますので、楽しみにしていてください」
アナイス先生がお祝いの言葉とともに、さりげなく学校からの見解を知らせてくれる。付属幼稚園の頃から感じていることだが、この学校は本当に教育に対して惜しみない援助を行ってくれるな。それだけこの時代が平和であり、子供に対してかけることの出来る労力や金銭面での援助が潤沢にあるのだろう。
「ホムンクルスの所持が可能になりますが、錬成の予定は?」
リオネル先生がホムンクルスについての質問を向けてくる。両親からの了承が得られていることもあり、僕は頷いて答えた。
「……そうですね。冬休みのうちに挑戦してみるつもりです」
「もし錬成に成功したら、従者として学校に連れて来られます。是非紹介してくださいね」
僕の答えに、アナイス先生とリオネル先生が柔和に微笑む。『見せる』ではなく、『紹介』という言葉が選択された点に、この時代のホムンクルスに対する人権意識を垣間見たような気がした。
これで、材料調達以外のホムンクルスに関する準備の土台は調ったことになる。学校の協力を得られるのはかなり心強いな。
錬成に関する先行きが見えて来たことで、昨晩のことが改めて気になりはじめた。
ちょうど話題に出そうな予感がしていたので、昼休みにアルフェに話してみることにした。あくまで、冬休みにホムンクルスを錬成するという話がメインで、僕とそのホムンクルスの続柄のようなものはおまけの話になるように会話を上手く組み立てなければ……。
そんな僕の心配を余所に、アルフェはホムンクルス錬成の話を一通り聞き終わると、目を輝かせて喜んだ。
「リーフがママになるんだね!」
いや、確かに娘だとは僕も思っていたけれど、この見た目でママというのは気恥ずかしいな。
「いや……無難にマスターでいいよ」
自分の認識と同じことをアルフェが話しているのだが、客観的な立場になって昨日の両親の微妙な反応の意味がわかったような気がした。確かにこの見た目で、僕が娘と称するホムンクルスに『ママ』と呼ばせはじめたら、あらぬ誤解を受けそうだ。
それに僕としても『親』というものになることに抵抗があった。
両親に対する警戒心や嫌悪はもうない。だが、その分、養父のせいで根強く残っている嫌悪感は自分自身へと向けられている。自分は決して『親』というものにはなってはならないのだ。それに、僕はホムンクルスを利用するために作ろうとしているのであり、父や母のように慈しみ育てようと思っているわけではない。
でも、両親やアルフェの反応を見る限り、もしかするとホムンクルスを生み出すに当たって、僕のこの考えはなにかおかしいのかな? 人権問題というものもあるし、もっと配慮すべき点はあるのかもしれない。
いずれにしても、この胸の内にある負の感情を誰かに見せてはならないのだと、改めて自分に言い聞かせる。両親を心配させるし、アルフェを怖がらせてしまうかもしれない。
「……リーフ……?」
「あ、ううん。ちょっと錬成のことを考えていてね……」
「いいよね、ホムンクルス。好きなように見た目も変えられるし、色んな能力も決められるんでしょ?」
密かに調べてくれていたのか、アルフェがホムンクルスに詳しくなっている。顔の前で指先を合わせて微笑むアルフェは、純粋に僕の興味と技能の象徴になりそうなホムンクルスの錬成を楽しみにしているようだ。
「そうだね。まだ色々と検討中だけど……」
アルフェに微笑み返したその刹那、自分の中にある迷いが脳裏を過った。
――本当にホムンクルスを作るべきなのか……?
ホムンクルスを生み出すことで、僕の生活は大きく変わるだろう。もしかすると、過去の心の傷がさらに開くかもしれない。そのせいで、僕を特別に思ってくれる人たちを落胆させてしまう原因を作るかもしれない。そのリスクを冒してまで、どうしてホムンクルスを錬成しようとしているのか……?
――女神。
答えはひとつだ。その傲慢な正義でグラスだった頃の僕の命を奪い、恐らく意に反して転生した僕の命を疎ましく思っている女神の脅威から、僕は大切な人たちを守らなければならない。
ホムンクルスはそのための『道具』だ。いざという時に身代わりとなり、身を賭して戦ってくれるような忠実な『道具』――絶対服従を誓うホムンクルスでなければ、その役目は果たせないのだから。