A組の面々が加わったパーティは大いに盛り上がり、ヴァナベルが景気よく振る舞う追加の料理や飲み物に皆が笑顔で舌鼓を打った。
普段は交流のない二つのクラスではあるが、武侠宴舞・カナルフォード杯という共通の話題のおかげで、会話もかなり弾んでいる。特にアイザックとロメオによる機兵解説は工学科と軍事科の生徒に好評で、リゼルが熱心に質問するなど、見ていてかなり面白い展開を見せている。
とても楽しい会ではあるけれど、前世の一生をほぼ一人で過ごした身としては、少しだけ気疲れしてしまったな。いつもは傍にいてくれるアルフェも、多層術式の小規模版を披露するのに忙しそうだ。
ホムはホムで、タオ・ラン老師の弟子であることをひょんなことから知られて、軍事科の何人かの生徒から羨望の眼差しを向けられている。注目されるのはあまり得意ではないホムだが、僕や老師のことを褒められるのは嬉しいらしく、一生懸命話に参加しようとしているのも嬉しい成長だ。
「……ふぅ」
夜風に当たろうとそっと外に出ると、涼しい風が僕を迎えてくれた。少し離れて建物を眺めると、楽しげなA組とF組の生徒の姿と声が夜の街に響いている。
同じような宴は街の彼方此方で行われているようで、夜だというのに街にはまだ煌々とした明かりが灯っていた。久しぶりに寮の外に出たことだし、少し周囲を散策するのも悪くないかもしれないな。そんなことを考えていると、レストランの扉が開く音が聞こえてきた。
「マスター!」
僕の姿が見えないことに気がついたのか、ホムが慌てた様子で走ってくる。
「どこにも行かないよ、ホム。少し夜風に当たりたかっただけだ」
「そうでしたか……」
息を切らせて走ってきたところを見るに、ホムをかなり心配させてしまったようだ。
「ここまで賑やかな場では、どうしていいかわからなくてね」
「楽しい場ですが、マスターと二人きりで話す機会がありませんね」
首を竦めて見せると、ホムはそれを理解したように頷いた。
「せっかくだから、ここで少し話そう。まずは、エステアに勝てたことをお祝いしないと……なにかご褒美にほしいものはあるかい?」
祝うと言っても、祝い方を示した方が良いだろうと思い、プレゼントのことを持ち出してみた。ホムは少し考えてから、ポケットを探り、ボロボロになった魔導器を取り出した。
「……飛雷針か……」
役目を終えてもなお、ホムが大切にしていることが伝わってくる。僕はそれを手に取り、焼け焦げた魔導器をじっと眺めた。
「はい。新しい飛雷針をいただけたら、と思います」
「もっと良いものを作るつもりだったんだ。他にはないかい?」
受け取った飛雷針をポケットに入れ、ホムにもう一度問いかける。ホムは少し考えてから、僕の前にちょこんと座った。
「いつものように、頭を撫でてほしいです」
「もちろんだよ」
笑顔で頷き、ホムを抱き寄せる。洗い立ての石鹸の匂いのするホムの髪を大切に撫でていると、ホムが微かに身体を震わせたのがわかった。
「……泣いているのかい?」
問いかけながら、目の奥が熱くなるのを感じた。こんな小さな身体で、ホムはあの大闘技場での戦いを制したのだ。僕のために、なにより自分のために――
「……はい。でも、どうしてでしょう……?」
応えながらホムがそっと顔を上げる。涙に濡れたその顔には、ホムらしい笑顔が浮かんでいた。
「嬉しい時にも涙は流れるものだよ。……僕も嬉しいと思ってる」
「マスター……」
やれやれ。ホムにつられて僕の目からも涙が零れてしまっている。嬉しくて愛おしくて、どうしようもない気持ちを言葉では表現出来ずに、僕はホムを抱き締めた。
「……マスター。これからも、お傍にいても――」
「もちろんだよ、ホム。ホムがそうしたいと思う限り、ずっと一緒だ。僕たちは親子で、大切な家族なのだから」
ホムの言葉を遮り、ホムを強く抱き締めながら言う。
ホムはずっと不安だったのだろう。僕がそういうふうにホムを作ってしまったばかりに、自分の価値を見失わせてしまった。だけどホムはこうして自分の力で、乗り越えてくれた。
「家族……。わたくしは、ずっとマスターと一緒にいられるのですね……」
僕の腕の中でホムが声を震わせている。
「よく頑張ったね。君は僕の自慢の娘だ」
泣きじゃくるホムを宥めるように撫でながら、僕はそっと耳許で囁いた。
読了ありがとうございました。
アルスタ第三章これにて完結でございます。
お楽しみ頂けましたら幸いです。
次章は高校編の後編になります。
次回は動画コンテンツなども作る予定ですので、そちらも楽しみにして頂ければと思います。
引き続き応援よろしくお願い致します。