―― 青奥寺家 居間
「はぁ~、なんか久しぶりに会ったのに、美園ちゃんの前でかっこ悪いところばかり見せちゃった……」
「師匠は今回暴走しすぎだったと思います。反省してください」
「そうだけど、美園ちゃんが知らないうちに強くなってたのがショックだったの。しかも男の先生に手取り足取り教わってなんて私だってビックリするから」
「勝手に変な妄想を付け足さないでください。それに戦場であの失態は問題だと思います」
「う~、それは反省してるから。もし相羽先生がいなかったら2人ともタダじゃ済まなかっただろうし」
「そうです。いくら苦手でも深淵獣の前で気を失うのは死んだも同然です。先生にはあとでよくお礼を言っておいてください」
「は~い。でもホントにあの人はどういう人なの? 異世界の勇者、だっけ?」
「本人はそう言ってますね。能力も性格も行動も、確かにそう言われるのが一番ぴったりな気がするのも確かです」
「そうなんだ。確かに私のことも責めたりしないし、『早乱』も強くしてくれたし、優しそうな感じはするかも。強くて優しくて、見た目もそんなに……あ~、寝取られそう……」
「だからそれはやめてください。先生はそういう人じゃありませんから」
「……そうか、寝取られる前に私が防波堤になれば……って、それをやると最悪いとこ丼に……?」
「なんですか『いとこ丼』って……あ、言わなくていいです。どうせロクな意味じゃないのは分かってますから」
「え~……、美園ちゃん師匠に対して急に当たりが強くなってない? 昔はそんなこと言わない子だったのに。あ~、やっぱり精神的寝取られが発生してるんだぁ……」
「はぁ……。先生の魔法で性格って変えられないのかな……」
―― 総合商社『九神』 社長室
総合商社『九神』、本社ビル最上階の一室。
重厚なデスクのむこうで椅子に座るのは、『九神』社長にして九神家現当主の『九神仁真』。
50にして直下3千人、グループで1万5千人を超える従業員のトップに立つ男は、目を細めて目の前の青年を見据えた。
「藤真、今お前が言ったことはすべて事実なのか?」
刺すような視線にさらされながら、青年――『九神 藤真』は鼻をならして頷いた。
「ああそうだ親父、今言ったことは全部本当だ。ここに証拠もある。権之内」
「は」
藤真青年の後ろに控えていた中年の男がアタッシュケースを持ち上げ、社長の仁真に中身が見えるように開く。
ケースの中に10個並んでいるのは黒光りする拳大の珠。九神家が扱う裏の商材『深淵の雫』、それを見て仁真は眉を厳しく寄せた。
「確かに乙型の雫。なるほどその数を揃えるのは普通には無理だろうな」
「そうだ。だが俺が考えたやり方ならこれをいくらでも量産できる。九神はさらに発展し、世界を牛耳ることもできるだろう」
藤真青年は両手を広げ、陶酔したような声色でそう言い放つ。父親の目に憐みの光が宿ることも気付かずに。
「『深淵核』で『深淵窟』を開き、手の者を使って雫を回収する、か。藤真、乙型を倒せる者などどうやって集めた?」
「それは企業秘密だよ。父親が相手でも簡単に教えることはできない。親父なら理解できるだろう?」
「ならば言い直そう。九神家の当主として九神藤真に聞く。九神家の禁忌を利用する力をどうやって手に入れた? 答えによってはお前は破門にしなければならん。心して答えよ」
その時初めて仁真の強い視線に気づいたのか、藤真青年は広げた腕を下ろした。
「親父、もう『深淵窟』を開くことが禁忌ではないと理解してくれないか。開いたところで自らの力で閉じることができればなんの問題もない。科学技術と同じだ、技術は常に進歩しているんだ」
「たわけ。『深淵窟』は開くことそのものに障りがあると前から言っているだろうが。閉じられるから良い、という話ではないのだ」
「その『障り』とやらも解決すればいいだけの話だろう。なぜそんな簡単なことも分からないんだ。現状に甘んじているだけが当主の務めではないよ」
仁真はそれ以上息子とのやりとりを諦めたのか、後ろの中年男に視線を移した。
「権之内、お前がついていながらなぜこのような愚かな行為を止めなかった」
「若の考えに賛同をしたからでございます」
「なんだと……」
答えを聞いて絶句した仁真は、しばらく瞑目した後に再び口を開いた。
「分かった、その話はとりあえず聞いておく。ただしどうするかはすぐには決められん。その雫の品質を確かめる必要もある。それは秘書に預けていけ」
「ふん、最初からそう言えばいいんだよ。誰が考えても利益のある話でしかないんだしね。親父が当主として正しい判断をすることを期待してるよ」
そう言うと、藤真青年は中年男――権之内を連れて退室した。
2人の姿が見えなくなると仁真は背もたれに体重を預け、深いため息をついた。
「世海の言う通り、か。しかし権之内が信用できないとなると……やはり東風原に相談するしかないか。あちらも今大変なようだがな……」