その後も中ボス部屋で甲型ゴリラを倒したりしながら進んでいくと、目の前に大きなガラスの扉が現れた。両開きの自動ドアを模しているようで、進んでいくとひとりでに扉が開き俺たちを招き入れた。
「広い……ですね」
青奥寺がもらしたように異様に広い部屋だった。天井までは20メートルはあるだろうか。床面積はサッカーコートぐらいありそうだ。
当然この広さには意味があるはずだ。意味というのはもちろん……
「それだけデカい奴が出てくるんだろうな」
「前に見たミミズ型より、ということですか?」
「多分な。実はすでに別の場所でデカい『深淵獣』は二回見てるんだ。一つは『特Ⅱ型』だった」
「『特Ⅰ型』の上があるんですか?」
青奥寺が少し驚いた顔をする。『Ⅰ型』というくらいだから『Ⅱ型』がいるだろうというのは予想はしていただろうが、それでも実際出たとなると話はまた別である。
「ああ、でもここのはさすがに違うと思うが――」
と話しているうちに大量の黒い霧が現れて、それが晴れると予想通り巨大な『深淵獣』が姿を現した。
それは一見するとドラゴンに近かった。ただし背中の翼は小さく、どう見ても飛べるようなものではない。頭部は角の付いた彫りの深い爬虫類顔ではなく、十字に裂けた口があるだけののっぺりしたミミズみたいな形状である。全身は一応鱗に包まれているので全体的にはやはりドラゴンっぽくはある。
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深淵獣 特Ⅰ型
古のドラゴンに類似した巨大深淵獣。
強力な顎を持ち、獲物と見たものすべてを食らい尽くす。
捕食を繰り返すことで進化し、より完成体に近づいていく。
完成体は『特Ⅱ型』となる。
鱗は古のドラゴンの鱗に近い強度を持ち、物理・魔法両方に強い耐性を持つ。
唯一の弱点は口の中。
特性
打撃耐性 斬撃耐性 刺突耐性 魔法耐性
スキル
突撃 吸引 咀嚼 ブレス(炎) テールアタック
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「ドラゴンに近い『深淵獣』みたいだな。尻尾とブレスに注意してくれ」
「ブレスとは何でしょうか?」
おっと、完全に麻痺してるが『ブレス』とか普通の言葉じゃないんだよな。
「口から火を吐くんだ。口の中が光ったら全力で横かあいつの真下に逃げること」
「火……わかりました、気を付けます」
シャァァァッ!
ドラゴンもどきが長い首を振り上げて威嚇のポーズをとる。
青奥寺は構えながらゆっくりと近づいていく。あの巨体を目に臆せず近づいていけるんだから大した胆力だ。
とりあえず俺はフォローに回る。『深淵窟』の攻略はあくまで青奥寺が主体だし、彼女に経験を積ませることが今はなにより重要である。
青奥寺がじりじりと近づいていくと、ドラゴンもどきがいきなり噛みつきにきた。思ったよりも動きが速い。四つに開いた口が一瞬で青奥寺に迫る。
「シッ!」
青奥寺の口から鋭い呼気がもれる。『疾歩』と同時にムラマサを一閃、巨大な顎の一つを斬り落とし、自身は5メートルほど横に移動する。攻撃と回避、同時に行う技だ。
シヤァァッ!
ドラゴンもどきは驚いたように首を引っ込め、代わりに身体を横に回転させる。長い尾による払い攻撃。まともに食らうと自動車に跳ね飛ばされたくらいのダメージを負うだろう。
青奥寺は『疾歩』で距離を取り、その尻尾の一撃をやりすごす。
ドラゴンもどきはそのまま1回転して元に戻る。その閉じた口から剣呑な光が漏れている。
「ブレスだ、避けろ!」
「はいっ!」
横に逃げると思ったのだが、青奥寺は正面に『疾歩』で突っ込んでいった。どうやらさっきのアドバイス通り足元に入るつもりらしい。
ゴバァッ!
ドラゴンもどきが長い首を突き出して大口を開いた。そこから迸るのは紅蓮の炎だ。
しかしその炎のブレスが青奥寺を包むことはなかった。彼女はすでにドラゴンもどきの太い足の間に入り込んでいる。
「しぃっ!」
裂帛の呼気とともに、ムラマサを水平に一閃させる。『魔力刃』も併用しての一撃で、ドラゴンもどきの足を鱗と骨ごと一気に切断した。
ギァッ!?
叫び声をあげて横に体勢を崩すドラゴンもどき。青奥寺はすでに倒れるのとは反対側に脱出している。
大音響とともに巨体が地に落ちる。青奥寺は素早く長い首の横に回り、大木のような太い首にムラマサを大上段から振り下ろす。
見事刃が首の半ばまで食い込んだが……そこで止まってしまったのは骨までは斬れなかったからだろう。
ドラゴンもどきが首を振る。青奥寺はムラマサを引き抜こうとして間に合わず、太い首に弾かれて吹き飛んだ。
「ちょっと詰めが甘かったな」
俺は『高速移動』で青奥寺の身体をキャッチ、そのまま片手で抱えつつ、ミスリルの剣でドラゴンもどきの首を落とした。
首が泣き別れになったドラゴンもどきの巨体が黒い霧となって消えていく。斬った時の感触からすると相当に防御力は高そうだ。『特Ⅰ型』でも上位の『深淵獣』ということだろう。
「すみません、最後勝ちを意識してしまいました」
身体を下ろしてやると、青奥寺は俺に寄りかかったまま謝った。
まだ吹き飛ばされたダメージがあるのかもしれない。一応回復魔法をかけてやる。
「全体的にはよく戦っていたと思うぞ。足は切断できていたし、『魔力刃』の出力をもっと上げれば首も落とせるようになるだろう」
「はい。でもちょっと悔しいですね」
「まあ今のは本来なら一人で討伐するモンスターじゃないからな。悔しいのは分かるけどな」
「ありがとうございます。でも先生の横で戦えるようになりたいですから、あれくらいは一人で倒せるようになってみせます」
そう言って俺を見上げる黒髪少女。う~ん、なんかいつもと眼力の方向性が違うような……? やはり処刑タイムというわけではなさそうだ。
いやそれ以前にちょっと顔が近いな。『深淵窟』も消えたようだし、身体は離していただかないと困ってしまう。
「さて、じゃあ帰るか。青奥寺ももうダメージは残ってないだろ?」
「先生の魔法のおかげで痛みはありません。ただ少し身体に力が入らなくて……もう少しこのままでお願いします」
とか言う割には俺の服を掴む力はかなり強いんだが……。というかちょっと強張ってる感じもするし、なんか無理に俺につかまってないかこれ。そもそも青奥寺って双党とかカーミラと違って男に抱き着くようなタイプじゃないしなあ。なにか思う所があるんだろうか。
まあそんなわけで10分ほど青奥寺の身体を支えてやったわけだが、ここが潰れた店の中で助かった。だって教師が教え子の女子と抱き合ってるなんて、人に見られたら完全アウトだもんなあ。