「まだ攻撃は始まってないみたいだな」
『はい、『ウロボロス』に接近しつつ、『ウロボロス』に対して通信を行っているようです』
新良が操縦室から返事をする。
「それじゃ相手をしてやらないとな。急いで『ウロボロス』に接舷してくれ」
『了解。通常航行の最大速度でウロボロスに向かいます』
客室のモニターの映像が、フィーマクードの艦隊から、『ウロボロス』と3隻の強襲揚陸艦のほうに移動する。
その艦影がだんだんと大きくなってくると、艦内に警告音が鳴り響いた。
『フィーマクード艦隊の前列艦からの攻撃です。ソリッドキャノンが10発射出されました』
「狙いはこっちか?」
『はい、『フォルトゥナ』を狙っています』
「なら安心だ」
敵が聞いたら耳を疑うようなセリフだろうが、俺の『隔絶の封陣』は物理攻撃絶対無効の魔法だからな。
客室のモニターに何度も激しい光が映り込む。ソリッドキャノンという名の大型ミサイルが着弾しているのだが、音も振動も一切こちらには伝わらない。
『間もなく『ウロボロス』に接舷します』
「了解」
モニターにはすでに『ウロボロス』の赤黒い船体が全面に映っている。俺は『隔絶の封陣』の範囲を一気に広げ、『ウロボロス』と『フォルトゥナ』両方を包み込むようにする。同時に近くにあった強襲揚陸艦3隻を『空間魔法』にしまう。
しかし改めて考えてみると、俺の魔法の力は完全に勇者パーティーの賢者を超えてしまった感があるな。『隔絶の封陣』自体は勇者専用魔法ということでかなり省魔力なのだが、それでも全長600メートルの宇宙戦艦をそのまま包み込めるのはおかしいと言わざるをえない。しかもたぶんまだ余力があるのだ。
『接舷完了、アンカーにより本艦を『ウロボロス』に固定しました』
「了解。『ウロボロス』、聞こえるか?」
俺がリストバンド端末で呼びかけると、『ウロボちゃん』はすぐに反応した。
『あっ艦長お待ちしていました~』
「そっちに転送してくれ。ここにいる4人全員だ」
『了解でっす』
その答えと同時に、俺たちの身体は光に包まれた。
『ウロボロス』の中枢区……『統合指揮所』へと俺たち4人は転送された。
壁の平面モニターには周囲の景色やフィーマクードの艦隊が映し出されており、中央の3次元モニターには『ウロボロス』とフィーマクード艦隊の相対位置がそれぞれアイコンの形で示されていた。
俺たちがモニター表示を見ていると、銀髪猫耳アンドロイドの『ウロボちゃん』がやってくる。その表情は心なしかホッとしているようにも見える。
『艦長が間に合ってよかったでっす。さすがにあの艦隊に飽和攻撃を仕掛けられたら、本艦の防御シールドも5秒くらいしかもちませんでした~』
「意外と危なかったんだな。それで今どんな感じなんだ。向こうの艦隊の規模は?」
『リードベルム級戦闘砲撃艦『ヴリトラ』を旗艦にして、ガルガンティール級戦闘艦8隻、トライレル級砲撃艦14隻、ミッドガラン級駆逐艦24隻、バルバレオ級強襲揚陸艦8隻の全55隻でっす。完全に惑星攻略級の艦隊ですね~」
「う~ん、そう言われてもよくわからんな」
ちらと新良を見ると、普段無表情な顔がちょっと青くなっている。
「フィーマクードは宇宙艦艇を100隻前後保有していると言われていますので、その半数を差し向けてきたということになります。確かに惑星攻略をするレベルの艦隊です。実際にフィーマクードに陥落させられた惑星もありますので」
「要するに本気ってわけか。『ヴリトラ』がいるってことはボスも来てるんだろうしな。ところで『ウロボロス』、向こうから通信が入っているって話だったけどどうなった?」
『さきほどの攻撃の時に中断されました~。どうやら艦長とお話をしたいみたいでしたよ~』
「ふぅん。こっちからつなげられるか?」
『可能でっす』
「じゃあやってくれ。ただし顔出しはNGで」
『わかりました~。音声のみのオープンチャンネルで呼びかけまっす』
数秒の後、艦内スピーカから『……やはりさきほどの船に乗っていたか』という、低い男の声が聞こえてきた。
以前惑星ファーマクーンで聞いた時は電子処理されていたが、そのしゃべり方から犯罪組織フィーマクードのボスの声であることは間違いない。
「ハロハロー、こちらアンタッチャブルエンティティ、そちらフィーマクードのボスで間違いありませんかね」
『……その通りだアンタッチャブルエンティティ。お前に奪われたものを返してもらいに来た』
「それはお疲れさまです。でもそちらの目的はこの船だけじゃないんでしょう?」
『腹いせに未開惑星を一つ、まるごと滅ぼそうかと思っている。我々が必要な資源もそこにあるようなのでね』
「ずいぶん野蛮ですね。先進的な文明圏のやり方とは思えません……と言いたいところですが、ありがちといえばありがちか」
『歴史的にはよくあることだよ。さて挨拶はこのくらいにして、これからの話をしよう。まず現実として、現在のところ君とこちらの間には圧倒的な戦力差がある。それはいいかね?』
「1対55ということはわかりますね。それがなにか?」
『この数の差は絶対だ。どう考えても君に勝ち目はないということはわかるだろう。奇襲して『ウロボロス』を奪った手並みは大したものだが、正面からの戦いとなればどうにもならん。君がいくらアンタッチャブルエンティティだったとしてもな』
「まあ艦隊戦だけをやればそうなりますね」
これはウソだが相手に合わせておこう。どうも向こうもなにかを考えているようだ。
『しかしこちらも金と時間をかけた『ウロボロス』を宇宙の塵とするのは本意ではない。そこで取引をしようと思うのだが、聞くつもりはあるかな』
「内容によりますかね」
『よろしい。なに簡単なことだ。そちらの『ウロボロス』とこちらの『ヴリトラ』、その2隻を接舷させ、白兵戦にて決着をつけないかということだ。君が負ければもちろん君は命を失う。君がこちらを制圧できれば、私を人質にしてフィーマクードを交渉をすることができる。まあその後の立ち回りは多少難しいだろうが、確実に死ぬ今よりはまだマシだろう。いかがかな?』
「なるほど……面白いゲームですね」
『そうだろう? 互いに得るものがあるゲームだ。こちらとしてもかなりのサービスとなるがどうかね』
「……いいでしょう。それを受けましょう」
『よろしい、賢明な判断だ。ではすぐにガイドビーコンを送る。それに従って接舷させたまえ。それと妙な動きが感知されれば瞬間的に飽和攻撃を加える。言うまでもないとは思うがな』
「なにもしませんよ。割のいいゲームを断る理由がありません」
『そう願おう。では、次に会う時まで』
『通信切れました~。艦長、今のは本気ですか?』
『ウロボちゃん』がウルウルした目を向けてくる。え、今その演技いる?
「もちろん本気だ。むしろありがたい申し出だな。なにしろタダでもう一隻宇宙戦艦をくれるって話だし」
「そんなお話ではなかったと思いますが」
呆れ顔の新良と、溜息をつく青奥寺とニヤニヤする双党。
まあ向こうが圧倒的に優位だと思っている以上、罠ってことはないからな。せいぜい強い兵隊がいっぱいいるってだけだろう。
俺にとっては渡りに船みたいな話だし、とりあえずは乗っかってやろう。もっとも向こうがピンチになったらその時は牙を剥いてくるだろうが、そこからが本番だな。