地上に戻ると、白銀の少女となったルカラスがすごい勢いで寄って来た。
「おおハシル、もしかして決着したのか?」
「いや逃げられた。というかすでに逃げた後だった」
「むう、やはりか。大した魔力も感じなかったからの」
「ただ少しだけ姿は見たよ。コピーだったけどな」
「コピー? ああ『複製』のスキルか。しかしやはり『魔王」なのだな?」
「向こうの言い分だと、『魔王』の魂……いや、記憶とか能力とかを引き継いだ、『導師』という別の個体らしい」
「なるほど。しかしもとより『魔王』とは滅ぼされるたびに生まれ変わる存在であるし、結局は『魔王』ということだな」
「あ~……そういえばそうだな」
半年前の話なのに忘れていた。
『魔王』は滅ぼされても、その力は長い年月をかけて再び集まり新たな『魔王』となるという特性があった。だからこそ俺は、その力を『隔絶の封陣』で別の世界に飛ばしたのだ。もっともそれが自分の身体に入ってくることになるとは思ってなかったが……。
まあそれはともかく、そんな形で新たに生まれた『魔王』は、前の『魔王』の経験や記憶を引き継いではいなかったようだ。実際俺が戦った『魔王』は、そのようなそぶりは見せていなかった。
「とすると、前の記憶があるらしいことを言っていたあの『導師』は、普通の『魔王』より面倒な相手かもしれないな」
「なんと、それはまた気になる話だの。それでその『導師』とやらはどこに逃げたのかわかるのか?」
「恐らくこの世界にはいない。『次元環』で逃げたことをほのめかしていたからな」
「ではどこに?」
「俺たちの世界に行ったんじゃないかな。向こうでも黒幕としていろいろとやっていたみたいだからな」
俺の言葉に、青奥寺と雨乃嬢、三留間さんや清音ちゃんは多少不安げな顔を見せた。新良と九神、宇佐さんが特に表情を変えていないのは性格だろう。双党と絢斗が少し楽しそうなのはどうかと思うが。
なお異世界組としてはカーミラは多少困ったような顔をしているが、リーララは完全に無関心を決め込んでいるので、このまま異世界に置いていってもいいかもしれない。と思ったら清音ちゃんに「どうせおじさん先生がいるから大丈夫でしょ」とか慰めているので許してやろう。
「で、ハシルはどうするのだ?」
「一応向こうの世界で探してはみるが、もしかしたら不可能かもしれないな」
「なぜだ? あの『ウロボロス』とやらを使えば見つかるのではないのか?」
「『フィーマクード』とつながっているなら、銀河全体が逃亡場所になり得ます。その場合探すのは実質不可能かと」
そう言ってきたのは新良だ。俺の懸念もまさにそこにある。宇宙レベルでのかくれんぼになったら探しようがない。奴が言ったように、向こうが攻めてくるまで待つしかないのだ。
「我にはよくわからぬが、ハシルがうなずいているならそうなのであろうな」
「そこはおいおい考えよう。それより『赤の牙』……さっきの四人組はどうした?」
「それならあちらの方で寝ておる」
ルカラスが指差す方を見ると、たしかに四人組が全員大の字になって寝転がっていた。一応呼吸はしているみたいだが、全身ボロボロだ。これであいつらも自分が絶対勝てない相手が『魔人衆』以外にもいると知ることができたろう。
「お疲れさん。しかしどうするかな。野放しにするのは……ちょっと無理か」
なんか一度生かしてしまったせいで妙に情が湧いてしまった。正直叩けばホコリがでまくるような連中だろうが、彼らの思想信条に反しなければ信用できそうな連中でもある。ただ恐らく、その思想信条のゆえに、この国、この世界ににとどまるのは難しいかもしれない。なにしろ彼らはこの世界を暴力に近いもので変えようとした、いわばテロリストに近い存在だ。
「ちょっと三留間さん、手伝ってもらっていいかな?」
「は、はい。なんでしょうか?」
「あの四人を回復してやってほしいんだ」
俺は三留間さんを連れて四人組のところに歩いていく。イケメン顔が見るも無残に焼けただれたリーダーのランサスが、目だけでこちらを見てくる。
「……完敗だ。好きにしたまえ」
「ずいぶん潔いな。ただそうか、好きにしていいならそうさせてもらうかな。三留間さん頼む」
「はい先生」
三留間さんが4人に手をかざすと、癒しの力が可視光となって広がっていくのが見える。
うん、これは完全に『聖女』そのものだな。俺が召喚された時代にいたら教会が全力で囲いに来ただろう。いや、それは今の時代も同じかもしれない。
見る間に『赤の牙』の四人の身体が修復されていく。しかし火傷などが治るのは分かるが、炎でチリチリになった髪の毛まで元に戻るのは完全に『回復魔法』の域を超えて、『奇跡』の領域に一歩足を踏み入れている。
「……なんという力だ。これほどの『回復魔法』など聞いたこともない」
「なんだこれ、尻尾の毛まで元通りって、そんなんアリかよ」
「髪は女の命だから戻るのはありがたいけど、ここまでされたら後が怖いね」
「……聖女、か」
ランサスは目を見開き、獣人少年のレグサは自分の尻尾をなで、陰気な美人のロウナは髪をもてあそび、ドレッドヘアの鬼人族ドルガはぼそっと危険な言葉を口走っている。
最初に立ち上がったランサスが、まっすぐにこちらを見てくる。
「貴殿はなぜ我々を何度も助ける? 今回は協力するという約まで破ったと思うのだが」
「それをこれから遂行してもらおうって話だ。まず確認だが、お前達はこの世界にはもう居場所はない。『導師』はすでにどこか遠いところに逃げたしな。それは理解してるか?」
「そうだな……」
ランサスが3人の方に目を向けると、レグサは不貞腐れた顔をし、ロウナは肩をすくめ、ドルガは無表情を貫いた。
「……理解はしている。『導師』が別の場所に拠点を移すという話は聞いていた。それに置いて行かれたなら、我らにはもう居場所はなかろう」
「お前らもこの国やこの世界にいろいろ思いがあるんだろうが、もうそれを実行する手立てもない。かといってそういった思想的なものを捨てるのも無理だろう。だからまあ、この国の司法に任せるというのも考えた」
「それならこの場で死なせてもらったほうが良いのだが」
「というわけでさっきの話に戻る。お前達は過去を捨てて、これから俺の元で働いてもらう」
「……」
4人は各々違う表情をしたが、当然ながら即言うことを聞くという雰囲気ではない。
「安心しろ、やるのはモンスター退治が主だ。要するに冒険者みたいなもんだな。それだけやってりゃ生きることは保証してやる」
「場所はどこだ?」
「俺たちの世界に来てもらう。一度来てるから大丈夫だろ?」
「それは……なるほど」
「ある意味お前らの尻拭いをお前らにさせるってだけの話だ。せいぜい俺から受けた恩を返すまでは働いてもらう」
ランサスはもう一度仲間を見る。ロウナが「ランサスが決めなよ」と言うと、レグサは渋々、ドルガは無言でうなずいた。
「……わかった、その申し出を受ける。三度命を救われたことに感謝する」
よし、これで奴れ……使える手下をゲットだ。腕は間違いないし、ランサスとドルガは頭も良さそうだ。『魔人衆』としても使える駒だったはずだが、ちょっと俺に関わり過ぎたのが運の尽きだったな。
俺が内心ニヤけていると、いつの間にか金髪ロールお嬢様が隣に来ていた。
「先生、お話を聞いていたのですけれど、彼らは先生が認めるほどの人材ということでよろしいのでしょうか?」
「ん? ああ、強いぞコイツらは。宇佐さんと同等の力があるし、そっちの女は暗殺専門、そっちの大男は魔法のスペシャリストだ」
「話を聞くだけで恐ろしく感じるような人材ですけれど……。もしよろしければ、九神で雇うことを考えてもよろしいでしょうか? 身元の保証なども九神の力を使えば可能ですし」
なるほど、次期九神家総帥としてはこういう貴重な人材は確保したいということか。荒事専門みたいな奴らだが、ボディーガードとしては極めて優秀ではあるだろう。しかも身元の保証付きとなると、俺にとってもコイツらにとっても渡りに船に近い話だ。
「しばらく使ってみて信用できそうなら紹介しよう。多分大丈夫だと思うが」
「よろしくお願いしますわ。九神としても、優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいですから。もちろん先生を含めて、ですけれど」
俺に意味深な目を向けてから、九神はメンバーの方に戻っていった。
「なあ勇者さんよ、あの女は大丈夫なのか? 見た感じ若いけど貴族とか大商人の娘だろ。あの手の奴は苦手だぜ」
おっとレグサ少年、それは鋭い意見だ。多分君の思った通りの人間だよ。
まあでも権力者に近い人間としてはまっとうな方だと思うからな。せいぜい気に入られるようにしたほうが自分のためだと忠告しておこう。