さて翌日朝、俺が『統合指揮所』の艦長席でお茶を飲みながら今日の予定を考えていると、リストバンド端末に着信が入った。
女王陛下のところに行っているカーミラからである。
「おはよう。どうした?」
『おはようございますねぇ先生。ちょっと聞きたいんだけどぉ、今朝「赤の牙」っていうグループからババレント侯爵を引き渡したいって連絡が入ったのよぉ。これって先生が裏から手を引いているのよねぇ?」
「早いなあいつら。あ~、そいつらに関しては、手引きしたっていうか、助言したって感じかな。そいつら手配されてるだろ? 侯爵捕まえて連れてけばその手配取り消しできるぞって教えてやったんだ」
『なるほどねぇ。でも「赤の牙」って「魔人衆」でも腕利きの連中でしょ? ラミーエルも罠じゃないかって警戒しているのよぉ』
「『赤の牙』が『魔人衆』に置いて行かれたって話を教えてやったらどうだ? まあどうしてもって言うなら俺の話を出してもいいが、あまり女王陛下に貸しを作った形にはしたくないんだよな。そこは上手くやってくれ」
『分かったわぁ。まあでもこれで侯爵に関しては解決ってことになるのかしらねぇ』
「とりあえずこれ以上のドンパチはしないで済むだろ。後はいろいろ戦後処理があるだろうが、そこまではな。こっちも明後日には帰らなきゃならないし」
『そうねぇ。『赤の牙』に関しては手配が取り消されたらどうするのぉ?』
「あいつらがこの世界にとどまりたいんならそうさせてやるが、やることがないなら向こうの世界に連れていって仕事をさせるさ」
『了解。ラミーエルが気にしてるようだったらそれとなく伝えておくわぁ』
「頼むわ」
う~ん、俺の勇者的な思い付きによってとりあえずこっちの世界の面倒事は解決してしまったようだ。まさか侯爵もこんな形で人生の幕引きになるとは思ってもいなかっただろうが、まあ勇者が関わってしまった以上どこかで理不尽は起きるものだ。いさぎよく諦めてもらおう。
俺がひとりニヤケていると、白銀髪の少女ルカラスが入ってきた。
「おおハシルよ、今日もいい天気だな」
「ここは雲の上だから常にいい天気だぞ」
「ハシルは情緒というものを学ぶ必要があるようだな。それより今日はどうするのだ? 王国もしばらくは落ち着かぬであろう?」
「ああ、今連絡があって、侯爵が捕まって女王に引き渡されることになったみたいだ。とりあえずこれ以上の騒ぎは起きないだろ」
「なんと!? もしやハシルがやったのか?」
「いや、お前が懲らしめた連中だよ。あいつらが『魔人衆』から見捨てられた腹いせにやったらしい」
「……なるほど、そう仕向けたか。ハシルも随分と腹黒くなったものだ。まあしかし、すべて自分で解決しようとしていた頃よりはよい。さすが我がつがいよ」
ルカラスは感心したようにそう言いつつ、俺の腕をとって自分の胸を押し付けるようにしてきた。いきなりの不意打ちに、さすがの勇者も戸惑ってしまう。
「ちょ……お前何やってんの!?」
「ほう、やはりこれが効くのか。双党とやら、なかなかの策士のようだな」
「双党の入れ知恵か。あとでお仕置きが必要だな」
腕を振りほどこうとするが、さすが古代竜、簡単には振りほどけない。そうこうしているうちに扉が開いて青奥寺たち3人組が入ってきた。
俺と、俺にくっついたままのルカラスの姿を見て、青奥寺と新良の目から光が失われていく。いや新良は元からか。それと下手人である双党は当たり前のようにニヤニヤしはじめた。
「先生おはようございます。ルカラスさんとは仲がいいんですね」
抑揚のない青奥寺の言葉に、勇者の勘が警報を鳴らす。久々の処刑人警報である。これはマズい。
「先生、ルカラスさんとは本当につがいなんですか?」
これは新良だ。普段通りに感情の抑制された声だが、やはり勇者の勘にビリビリと反応する。
「つがいってのはコイツが勝手に言ってるだけだって。そもそも俺にとってルカラスは巨大なドラゴンなんだよ。そんな感情持ってるわけないだろ?」
「しかし今は違いますから、その感情も変わるのでは?」
「そんな簡単に変わらないから。俺をなんだと思ってるの?」
「でも先生は可愛い娘なら誰でも落としにいきますよねっ?」
ニヤニヤしたままの双党は、さらに罪を重ねる発言をする。
「そんなことをした覚えはな――」
「やはりそうか。ハシルはハーレム希望なのだな。そういえば旅の途中でも女と知り合えないなどと愚痴をこぼしていたな」
「えっ、ルカラスさん、やっぱりそうなんですかっ?」
「うむ。どうも王や宰相と言った権力者がハシルから姫などを遠ざけておったようだ。それを愚痴っておった」
「愚痴ってたわけじゃなくて、近づけないようにしてたのは何か意図があるんじゃないかって考えてただけだ。冤罪を生み出すな」
「知らぬな。それよりハーレムにしたいならそう言え。我がきちんと女子たちには話をつけてまとめておいてやろう」
「だから余計なお世話だっての。いいからもう離せって」
まったく、あのルカラスがこんなことを言い始めるようになるとは思ってもみなかったな。おかげで青奥寺たちには白い目で見られるし、さすがにこの事態は俺としても想定外だ。
ルカラスがようやく腕から離れると、代わりに青奥寺が俺の横にやって来た。あれ、もしかしてもう処刑の時間?
「先生はハーレムがいいんですか?」
「はい?」
「先生はハーレムがいいんですか?」
「いや、聞こえなかったわけじゃなくて、なぜ青奥寺がそういう質問をするのか理解できなかっただけなんだが」
「それは今はいいじゃないですか。それよりどうなんですか?」
「いや俺は普通に日本人だからな。結婚は一人としかするつもりはないけど」
「本当ですか?」
うん、青奥寺の刺すような眼光がむしろ心地よい……はずはないな。
まあ自分の担任がハーレム希望とか口にしてたら女子生徒としてはありえない話だろうし、今回は仕方ないか。すべてはルカラスが悪いのである。
そう思って「本当だ」と答えようとすると、金髪縦ロールお嬢様の九神が青奥寺の横に歩いてきて青奥寺の肩に手を置いた。いつの間にか部屋に入ってきていたらしい。
「美園、その質問は無粋ですわ。先生ほどのお力を持つ方が一人の女に縛られるはずがありません。一夫一妻制など所詮後からできた制度にしか過ぎないのですから、思考がそれに縛られるのは愚かというものですわよ」
「世海……、世海は一夫多妻がいいというの?」
「いい悪いではありませんわ。思考が縛られる必要はないという話をしているのです。先生という規格外の存在を、法律や常識などという狭い枠で考えるのはナンセンス、そういうことが言いたいのですわ」
「何を言っているのか分からないけど。別に私も先生を縛ろうとか、そういうつもりはないから」
「なら結構。先生もそれでよろしいですわね?」
「あ、ああ」
いやなにがよろしいのか分からないし、九神の言っていることも一見深いようでいて実はただの暴論のような気もするしで、俺はあいまいにうなずくしかなかった。そもそも処刑に……青奥寺が納得しているみたいなので、それを混ぜっ返す気など毛頭ない。
「うむ。セカイとやら、お主は見どころがあるようだ。このルカラスに任せておけばお主にも悪いようには……いだだだだっ!? ハシル、何をする!?」
まあただルカラスにはお仕置きが必要だということは分かる。それとそこで笑ってるツインテール小動物系女子もだな。
こっそりと逃げようとしていた双党を青奥寺がガシッと掴んでくれたのはありがたい。俺はルカラスのこめかみをぐりぐりしつつ、双党にも笑顔を向けてやった。