「全員一致で、魔法の訓練をしたいということになりました」
放課後、剣道部柔道部合気道部を一通り回り、最後に『総合武術同好会』に顔を出すと、青奥寺から開口一番そんなことを言われた。
「あ~、たしかにそれはわかるが、それはこの道場じゃできないぞ?」
「もちろんわかっています。ですので、『ウロボロス』でやるのはどうかという話なのですが」
「いやまあやるなら『ウロボロス』の中だろうけど……そういえば新良の『ラムダ空間封鎖』は使えないのか?」
「さすがに毎日使うのは難しいですね。3日連続で使用すると『フォルトゥナ』のエネルギーがもちません」
「そうか。しかし『ウロボロス』でやるのはいいけど、それって同好会の時間じゃできないよな。さすがに放課後すぐ転送とかできないしなあ」
「なので、従来の同好会の時間は各自家に帰って勉強をして、食事をとって、夜8時ころから1時間活動するのはどうかと考えたんですけど」
「あ~なるほど。それならいいんじゃないか。時間的に皆大丈夫なのか? 親御さんも心配することもあると思うが」
と聞くと、青奥寺、双当、新良、レア、絢斗、三留間さんと雨乃嬢全員が力強くうなずいた。
「それぞれ仕事があるときは抜けますけど、普段は問題ありません。ただ先生には時間外での指導をお願いすることになってしまうのですが……」
そのあたりを気にするのはさすが青奥寺は真面目である。
「まあそこはいいよ。魔法の訓練は基本繰り返しだから指導するのは最初だけだし。そういえば夜は俺も『ウロボロス』でゆっくりした方が楽か。この際だから本格的に『ウロボロス』にリビングでも作るか……?」
と俺が言うと、双党と絢斗が鋭く反応した。
「あっ、だったら私住みます! 今居候の身なので!」
「それならボクもお願いしたいですね。その方が『白狐』としてもいざという時対応も楽ですし」
「いやそんなことさせられるわけないだろ。無茶言うな」
「ぶ~」
「残念だなあ」
「まあともかく、魔法の訓練についてはわかった。今日『ウロボロス』と相談して、明日からできるようにするわ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
まあ魔法の練習はどこかでしなければならないと思っていたし、『応魔』の脅威がはっきりした以上、今がいいタイミングだろう。
しかし住居の移動は考えてもいいかもしれないなあ。『ウロボロス』に住むかどうかはともかく、今のアパートは人をいれるには狭すぎるしな。
「ということなんだが、『ウロボロス』の貨物室でやってもいいか?」
夜、俺はアパートで、リストバンド端末ごしに『ウロボちゃん』に魔法トレーニングの話をしてみた。
『現在貨物室は「次元環」発生装置が置いてありまっす。イグナさんの研究室代わりにもなっているのでトレーニング場として使用するのは難しいと思いまっす。第二、第三貨物室も研究用の材料が入っていますので、撤去しての使用は難しいですね~』
「あ~そういえばそうか。ん~、だとするとどうするか……」
『それなら「ヴリトラ」を使うのはどうでしょうか~?』
『ヴリトラ』は、『ウロボロス』と同型の巨大戦艦である。俺が宇宙犯罪組織『フィーマクード』から強奪した船で、『ウロボロス』と同じく、現在は地球の衛星軌道上あたりの『ラムダ空間』に潜伏していて、地球上に『深淵獣』が出た時の対応部隊を任せている。
「そういえば『ヴリトラ』は強奪した後は一度も行ってなかったな。わかった、そっちのAIと連絡とってみるわ」
『私の方から、艦長に連絡をするよう通信しておきますね~。「ヴリトラ」の方も私と同じようにパーソナリティを作成してありますので~』
「あ、そうなの。というかそっちは俺の好みとか忖度してないよな?」
『私とは別のタイプにするように伝えてありまっす』
「ならよし。じゃあ連絡あるまで待つわ」
『ウロボちゃん』との通話を切って、1分しないうちに端末に着信があった。
『こちらリードベルム級戦闘砲撃艦「ヴリトラ」、提督、お呼びでしょうか?』
『ウロボちゃん』とは真逆の、落ち着いた大人の女性の声だった。個人的にはこっちの方がホッとするが、忖度と別のタイプでこれってことは、『ウロボちゃん』の中ではやはり俺って年下好きだと思われてるのだろうか。
まあそれはともかく、
「こちら相羽走だ。その『提督』っていうのはなんだ?」
『相羽様は艦隊を指揮する方ですから当然「提督」となります』
「いや別に俺海軍の将官とかじゃないんだが……」
う~ん、でも勇者って一応軍人とかのくくりなのか?
『あっちの世界』じゃ一応国から金貰ってたりはしたからなあ。
『「ウロボロス」から事情は聞いております。当艦の貨物室をトレーニング場としたいとか』
「ああ、そうなんだが、一度そっち見に行くか。転送してもらっていいか?」
『了解しました。「統合指揮所」に転送します』
光に包まれて転送された先は、『ウロボロス』のものとほぼ同じレイアウトの『統合指揮所』だった。
すでにアンドロイドクルーが20名ほどいて、俺の周りに整列して敬礼をしている。
なおアンドロイドクルーは普通の人間のようなスタイルだが、耳が尖って左右に突き出しているのでエルフを模しているようだった。ちなみに全員女性タイプで、皆女性仕官用の軍服を着ている。本物のエルフ同様全員美人である、と言いたいところだが、実は『あっちの世界』ではあまりエルフの女性は見たことなかったりする。
そのクルーの中で、一人だけ階級の高そうな服を着ている、背の高いスレンダー美人が前に出てきた。彼女だけ肌が褐色で、いわゆるダークエルフを模しているようだ。銀髪を後頭部でシニョンにまとめている、秘書のような雰囲気のアンドロイドである。
『この姿ではお初にお目にかかります、「ヴリトラ」のパーソナリティ「ヴリトラちゃん」です。よろしくお願いいたします』
「お、おう。よろしく頼む。……なんで『ヴリトラちゃん』なんだ?」
『「ウロボロス」に合わせただけですが、なにか問題が?』
無表情に首をかしげる『ヴリトラちゃん』
「いやまあいいけど。しかし知らんうちに船員とかまで揃ってるんだな。ああ、それからいつも『深淵獣』対策はお疲れ様」
『ありがとうございます。提督のお役に立てて嬉しく思います』
「あ~、その、他のクルーは仕事に戻っていいぞ。俺は基本いないものとして扱ってくれ」
『そういうわけには参りません。さて提督、まずは貨物室までご案内します』
「わかった、よろしく頼むよ」
ダークエルフ美人型アンドロイド『ヴリトラちゃん』の後について『統合指揮所』を出る。
『ヴリトラ』の内部は俺が乗り込んで強奪した時に結構傷がついていたはずだが、すべて綺麗に修復されていて、むしろ新品のようになっていた。
時々アンドロイドクルーとすれ違うが、全員敬礼をしてくるので、俺も自然と敬礼を返すようになってしまった。
『平時では提督の返礼は不要です』
「そうなの?」
『そうしないと大変でしょうから』
「まあそうか。しかしずいぶんと綺麗に修復したもんだな」
『資材は豊富にありましたので。戦闘用クルーには一部提督のお持ちになった希少金属等も使用させていただいております』
「そりゃ結構。そういえば貨物室は荷物があるんじゃないか?」
『はい。そこは提督に相談するように「ウロボロス」に言われました』
「ああ、片付けろとかかな」
そんな会話をしているうちに船底付近にある貨物室に着く。中に入るとそこは学校の体育館みたいな広大な倉庫になっていて、大小のコンテナがずらっと並んでいた。パッと見ただけでも2トントラックのコンテナくらいの奴が50以上は積みあがっている。
「これはなにが入ってるんだ?」
『半分は汎用食料ペレットですね。残りは10種類ほどの汎用素材ペレットです。調理システムや汎用工作システムによって各種製品に成形されます』
「なるほど、材料だけあって、あとは必要に応じて艦内で製造するわけか」
『そうなります。1200人ほどのクルーを1年間まかなう分が備蓄されています』
「そりゃすごい。で、これは劣化したり腐ったりはしないのか?」
『30年の品質は保証されています。ただ素材ペレットはともかく、食料ペレットは今後消費される予定がありません』
「あ~、アンドロイドしかいないからな。わかった、食料のほうだけ俺がしまっとくわ。教えてくれ」
『了解しました』
というわけで、指示されたコンテナを次つぎと『空間魔法』に放り込んでいくと、貨物室の三分の二くらいは空き空間になった。
「とりあえずこれでトレーニングには使えるな。あとなにか要らないものとかあるか? 必要なものでもいいが」
『宇宙船の残骸などがまだあれば、いただきたいと思います』
「了解」
他の貨物室にも行って、食料ペレットをしまって代わりに宇宙船の残骸を取り出して山にする。ちなみにこの残骸は以前宇宙艦隊決戦をした時に回収したものだ。
『ありがとうございます。これで備品を製造できます』
「よし、じゃあ明日生徒を連れてくるから転送とかを頼む。世話係も2人用意しておいてくれ」
『了解いたしました。くつろいでいただけるように準備いたします』
慇懃に礼をする秘書ダークエルフ『ヴリトラちゃん』
なんかこうやってなんでもお願いを聞いてくれる存在がいると、自然と偉そうになってしまうなあ。
こういうのは勇者としてはよくないから、青奥寺たちには俺のことをしっかり見張っててもらおう。人間謙虚さを忘れたら堕落していくだけだ。そういうのは『あの世界』でよ~く見てきたから、自分に関しては抑えておかないとな。