その日の夜、俺は新良の宇宙船『フォルトゥナ』にお邪魔していた。
銀河連邦捜査局のライドーバン局長と話をしたいと、新良に頼んでいたのだ。
いつもの通り『フォルトゥナ』の操縦室のシートに新良とともに座る。ちなみに風紀の乱れを許さない青奥寺とにぎやかしの双党とレアの三人は別室でモニターしているはずである。
正面のモニターに、毛むくじゃらのインテリ系宇宙人が現れる。銀河連邦屈指のトップエリート、連邦捜査局のライドーバン局長だ。
『顔を合わせるのは久しぶりかな、ミスターアイバ』
「ええ、お久しぶりですライドーバン局長。今日は時間をとっていただいてありがとうございます」
『礼を言うのはこちらの方だよ。ミスターアイバのお陰で「フィーマクード」が去り、銀河連邦内を色々と刷新できたのでね』
「ああいう大きな裏の組織が消えることで、むしろ捜査局の仕事は増えたんじゃありませんか?」
『ミスターアイバの言う通り、今まで抑え込まれていた小物があちこちで動き出してはいるようだ。ただそのあたりは各地の警察機構の管轄でね。我々はむしろ中央に巣食っていた「フィーマクード」の協力者の追い込みに忙しくなっているところだ』
「あ~、そちらの方が大変そうですね。政治家などが相手だと特に」
『実はそうでもない。なにしろ彼らを守るはずの背後の組織が完全に消えたわけなのでね。巣から出てきたところを待ち構えて捕まえるだけの簡単な仕事だよ』
「局長も楽しそうですね」
というと、ライドーバン局長は牙をむき出して笑った。
『ふふっ、わかるかね? 今まで煮え湯を飲まされてきたこともある相手だからね。久々にストレスが解消されてすっきりとしているところなのだよ。そういう意味でもミスターアイバには感謝している』
「それはなによりです。ところで局長、今回連絡を取ったのは、先日会議を見ていただいたダンジョンについて話をしておきたかったからなんです」
『私もダンジョンについては非常に興味を抱いている。恐らくこちらも無関係でいられないというのも感じているところだ。是非話を聞かせてもらいたい』
真剣な目に切り替わる局長。さすがに話が早い。
「すでに新良……アルマーダ独立判事から情報はいっていると思いますが、地球には以前のものに加えて、新たに3つのダンジョンが出現しました。自分の方で管理をしていますが、数が増えたと同時に、質的にもさらに変化をしています」
『どう変化をしたのかね』
「以前は、ダンジョンの最奥部にいる主、ボスと呼ばせてもらいますが、ボスモンスターを倒すことでのみ、特別な道具や素材などが得られる状態でした。ですが今は、それ以外の、普通のモンスターを倒しても素材が得られるように変化しています」
『あの不思議なシールドを張る道具が、さらに多く手に入るということかな』
「いえ、ああいった特別な道具、自分は魔道具と呼んでいますが、あれはボスからしか出てきません。普通のモンスターから得られるのは、主に食材や金属、牙や革といった服飾品の素材、肝や毒といった薬になる素材などですね」
『それは……なんというか、不思議な話だな』
「たとえばこれです」
俺は『空間魔法』から、ミスリルの塊を取り出す。
「これはミスリルという金属ですが、これが一つのダンジョンから1日に200から300キロほど採取できます。この金属は魔力という特別なエネルギーを伝達する力に優れているのですが、ウチの『ウロボロス』によると、この金属を使うことでまったく概念の違う器機が作り出せるそうです。先日見てもらった結界の魔道具にもこの金属が使われています」
『未知の金属か。しかも技術革新をもたらすかもしれないものとなると、その価値は測り知れない。つまりダンジョンが現れると、その文明圏のあり方が大きく変化する可能性があると、そういうことになるわけか』
「そうなります。もっとも銀河連邦は科学が進んでいるので影響は小さいかもしれませんが」
俺の言葉にライドーバン局長は口に手を当て、目をつぶって考えごとをする仕草をする。少ししてから、ゆっくりと口を開いた。
『……実はアルマーダ独立判事から、ミスターアイバの元で新しい航行機関が作られているという話は聞いている。もしその機関が完成して、こちらでも作れるということになれば、銀河連邦内でも未曽有の変化が訪れるのではないかと考えている。なにしろ移動にかかるコストというものは、未だに文明圏同士を隔てる最大の障壁だからだ』
「そうかもしれませんね。ただこれは、そちらにダンジョンが発生するという前提の話ですが」
『「深淵窟」がすでに発生している以上、ダンジョンが現れるのは時間の問題だろう。問題は我々がそれに対応できるかどうかだ。今のところ「深淵窟」に関しては、様々なコストをつぎ込むことで対応しているが、星や国によっては大変な負担になっている。それこそ小規模な国では国そのものが傾くくらいだ』
「そこまでですか」
『うむ。やはりこちらの技術で作られた兵器が有効でないのが相当に厳しいようだ。しかも今のところ、倒したことで得られる「深淵の雫」の有効な利用法も見つかっていない。ひたすら得るもののない戦いを強いられている状況だからな』
「確かに、それはそうですね」
地球だと九神家が『深淵の雫』を有用な物質に変える技術を持っていて、それが高値で取引されるからこそ『深淵獣』を討伐することを生業としている青奥寺家も存続できているというのが現状だ。
そういったルートがない場所では『深淵窟』はただ消耗と消費を強いられるだけのとんでもない疫病神ということになる。そしてそれはダンジョンもまったく同じはずだ。
と考えているところで、俺は隣の席の新良がじっと俺の顔を見ているのに気付いた。
その眼は相変わらず光がないが明らかになにかを言いたそうであり、そしてそれはモニターの向こうのライドーバン局長も同じであった。
まあさすがに俺もそこまで間抜けではないので、新良たちがなにを俺に求めているのかはわかる。というより、今日この話になるのは薄々わかってはいた。
「局長はウチの『ウロボロス』が、魔力というエネルギーを扱う武器を開発したこともご存じですね?」
『うむ。「魔力ドライバ機器」といういくつかの新技術を作り出したことは聞いている』
「では、その一連の設計図をお教えしましょうか。もしダンジョンができてミスリルなどが手に入るようになれば、それを使って『深淵獣』やモンスターに有効な武器が作れるようになると思います」
俺のこの提案を期待していたはずだが、局長はそこで言葉に一瞬詰まったような様子を見せた。
俺の隣で新良が「先生、いいのですか?」と聞いてくる。
「まあ、さすがに他人事でもないからな。銀河連邦には新良の家族も知り合いもいるんだし」
『それはそうですが、しかしあの技術は恐ろしいほどの価値を持つものだと思いますが』
「それについては銀河連邦が相応のお礼をくれるんじゃないのか? どうでしょうライドーバン局長?」
水を向けると、モニターの向こうの毛むくじゃらのスーパーエリートは、ふうと息を吐きだしてから答えた。
『うむ……。まずはその提案をしてくれたことに感謝をしよう。ただ、その提案は確かにこちらも期待していたものなのだが、さすがに私が判断できる範囲を超えているものでね。上に掛け合ってみなければ返事もできないものなのだ』
「あ~、言われてみればこれは捜査局が扱うようなものではありませんか」
『うむ。それにミスターアイバが対価として望むものをあらかじめ聞いておかねば上も判断はできないだろう。どのようなものを望むのか聞いてもいいかね』
「そうですね……」
と悩むふりをしたが、もとから想定内の話なので実はすでに決めてある。
「望むものは2つあります。一つは金属やラムダドライブ用の資源ですね。詳しくは『ウロボロス』がまとめていますが、話によるとリードベルム級戦闘砲撃艦2隻分だそうです。もう一つは『フィーマクード』の背後にいる『魔王』の話はしたと思うのですが、その『魔王』は、俺が生きているうちに地球に復讐をしにくると言っていたんですよ。で、もし大艦隊で来られたりするとさすがに私でも対処が難しくてですね。その時に銀河連邦の軍隊を派遣してもらえると助かるんですが、そういった約束をしてほしいというものです」
俺の言葉にライドーバン局長は言葉を失い、そして目をつぶって低くうなり始めた。