三日月の大刀を両手で構えるスキンヘッドの大男、ゼンリノ師。
その顔は相変わらず菩薩みたいに表情が薄く、一方ローブの下は筋肉の塊で、そこだけを見れば純粋な剣士タイプの男に見える。
「参るぞ、勇者とやら」
「来るなら相手をするしかないな」
俺が『空間魔法』から『魔剣ディアブラ』を取り出すより早く、ゼンリノ師は三日月刀をその場で振りぬいた。
刃から走るのは三日月型の光の刃。俺はその飛び道具を『ディアブラ』で払いのけ、『高速移動』で突っ込む。
大上段からの一撃、だが俺の全力に近い一撃をゼンリノ師は三日月刀で受け止めると、刃をくるりと返してこちらの体勢を崩しにくる。
俺はそれに逆らわず、あえて身体を流しつつ、首を狙う三日月刀を髪一本の差で躱す。そのまま『ディアブラ』を跳ね上げて、お返しにゼンリノ師の太い首を狙ってやる。
「ぬうッ!」
それを器用に三日月刀で受け止め、力ずくで押し返してくるゼンリノ師。剛柔一体の剣技は、俺が戦ったどの剣士よりも優れていると言えるほどだ。正直『ディアブラ』の直接攻撃を複数回受け止めることができる時点で、この男は恐るべき化物である。
そのまま剣を何度か合わせるが、終わりは唐突にやってきた。
それは剣技の差ではなく、単純に武器の差であった。ゼンリノ師の三日月刀が俺の『ディアブラ』の前に屈したのだ。
俺が袈裟に振り下ろした『ディアブラ』が、受け止めようとした三日月刀ごとゼンリノ師の身体を切り裂いた。
「これが勇者か。やはり導師のおっしゃる通り、恐るべき存在」
半分になった身体でそう言い残すと、ゼンリノ師の身体は砂になって高価そうなカーペットの上に崩れ落ちた。
どうやら『魔王』が『コピー』で生み出した分身だったようだ。能力まである程度『コピー』する厄介なスキルだから、本物かどうかの見分けが付きにくい。
部屋を見回すとすでに総統の姿はなかった。転送で移動したのだろう。
『ミスターアイバ、助かりました』
それまでソファでぐったりとしていた白い人型の靄、メンタードレーダ議長がふらつきながらも立ち上がった。
「精神になにかされていたのでしょうか?」
『ええ、そのようです。メンター人の精神に干渉する力を持つ者がいるとは驚きです。恐らくは私の記憶を覗いて、我々の持つ力の秘密を暴こうとしたようですね』
「なるほど、たしかに『魔王』にとっても、メンター人の能力は気になるところかもしれません」
『しかし総統と十分に話ができなかったことが悔やまれます。それはともかく、この星を脱出するのですね』
「ええ、早速とりかかりましょう」
俺たちが動き出そうとすると、ほぼ同時に部屋の中に警報が鳴り響いた。
『侵入者あり。スパイであるエルクルド人を至急排除せよ。メンター人は可能な限り生きたまま確保せよ』
まあお約束の展開である。
『どうなさいますか? ここも力ずくで?』
「いえ、人質を取ります。メンタードレーダ議長のお陰で総統のお嬢様がすぐそこにいますので」
『ああ、そうでしたね。素直そうな娘さんでしたので、利用するのは少し心苦しいですが』
メンタードレーダ議長を連れて廊下に出ると、依然として衛兵と、それからエルフお嬢様と護衛メイドが『拘束』魔法で固まっていた。
俺と議長の姿を見て、お嬢様が目を丸くした。どうもなにか言いたいことがありそうだ。
口だけ『拘束』を解いてやると、お嬢様はすさまじい勢いで喋り出した。
「貴方は何者なのですか!? それにそちらはメンタードレーダ様ではありませんか! その方を拉致して一体なにをなさろうと言うのです!? それよりまずはその奇妙な力を解いて全員を自由にしなさい! さもなければ、このような無礼な行いは必ず罰せられることでしょう!」
「あ~、済みませんね。メンタードレーダ議長をさらったのはお嬢様のお父上のほうなんですよ。自分はさらわれた議長を救出しにきた正義の味方です」
「そのようなでたらめが通用するとお思いですか!?」
『いえお嬢さん、私は総統閣下の命を受けた海賊にさらわれたのですよ。それは間違いありません』
議長の念話に、一瞬ビクッとなって黙りこむお嬢様。どうもこのお嬢様は箱入り娘状態で育てられたみたいだな。
「そんなわけで自分たちはこの星からおいとまさせていただきます。ただそれには、お嬢様に少し協力をしてわなければなりませんが」
「な、なにをさせるつもりですか!?」
「普通に人質になってもらうだけです。大丈夫です、あなたのお父上と違って、最後は家に戻して差し上げますから。ではちょっと失礼」
俺はそう言って、エルフお嬢様の身体を左肩に担いだ。『拘束』魔法で身体を棒のように固くできるので簡単に担ぐことができたりする。まあ荷物扱いは深窓の令嬢への扱いとしては最低の部類だが。
「なにをなさるのですか無礼者! このような扱いは許されませんよ! リ・ザ、助けて!」
指名された護衛メイドは、残念ながら指一本動かせず、すごい目つきで俺を睨みつけてくるだけだ。
だがその時俺は気付いてしまった。よく考えたらお嬢様を拉致するのに、それを世話する人間がいた方が楽ができるということに。
俺は有無を言わさず護衛メイドを反対の肩に担ぎ上げると、全員に『アロープロテクト』の魔法をかけ、そして廊下を歩き始めた。
「ダイアルビーお嬢様が人質に取られている! 絶対に撃つな!」
ビルの1階ロビーには大勢の兵士が詰めかけていた。
全員が自動小銃を手にしているが、こちらに人質がいるので銃口を向けることすらできない状態である。
隊長と思われる兵士が、リストバンドに向かって「総統閣下、お嬢様が人質にとられており対象への攻撃が不可能です。ご指示をお願いいたします」などと連絡をしている。
もっともこちらはそれを待つ義理はないので、そのまま出口へと歩いていく。
「俺たちの邪魔をすればこのお嬢様の首はすぐに落ちるぞ。さっさと道を開けろ」
と脅すが、時間稼ぎのつもりか兵士たちの動きが妙に遅いので、風属性魔法で軽く吹き飛ばす。近くの兵が銃を向けてくるが、「撃つな!」という隊長の命令に銃口を下に向けた。
玄関を出て、広大な庭園をさらに歩いていく。
あちこちから重装備の兵士たちが現れ、周囲を囲むようにしてこちらの様子をうかがってくる。更に上空には複数のドローン、そして庭園の外には装甲車までが次々と集まってきた。
『ミスターアイバ、あのドローンは精密狙撃タイプです』
「飛び道具は全部無効化できますが、万が一のために落としておきましょうか」
俺は『並列処理』スキルで『ライトアロー』の魔法を瞬時に50発放ち、すべてのドローンを叩き落とす。懲りずに次々と飛んでくるが、それらはすべて同じ末路を辿った。
当然周囲の兵士たちは驚愕の表情を浮かべている。
なにしろ俺は両肩に女性二人を担いだままなのだ。それなのになにもない空間から光の矢が発射されて百発百中でドローンを撃ち落としていたら、驚かないほうがおかしい。
「お前ら、あのドローンと同じになりたいか?」
いいタイミングかと思って脅すと、庭園の出口方向を固める重装備兵士たちに動揺が走った。
だが、
「隊列を崩すな!」
と一喝しつつ、隊長格のエルフ兵士が前に出てきた。
「当方、総統麾下親衛部隊の一番隊隊長、ロゴ・スだ。そちらの力は理解した。要望はなにか!」
おっと、やっとマトモに対応しようとするやつが現れたか。
「2つある。一つはこちらのメンタードレーダ議長を連れてこの惑星から離脱すること。そしてもう一つは、そちらの軍が接収したリードベルム級戦闘砲撃艦『ウロボロス』の返還。それがなされるまでこちらのお嬢さんの身柄は預からせてもらう」
「ならば少し待て。まずは往還機の手配をする!」
「いや、それはすでに済んでいる。こちらのお嬢さんが使う予定だった白い往還機がまだ空港で待機中のはずだ。それを使う」
「ならば確認を取る」
「取るのは勝手だがこちらも勝手に空港までは行かせてもらう。少しでも邪魔をすればこのお嬢さんの身体を切り刻む。だが安心しろ。なにもしなければ、お前らのボスと違って人質は返してやる」
「貴様……! いや、だめだ、確認をするまで……」
「待つつもりはない」
俺はさらなる脅しの意味も含めて、風属性魔法で50人ほどの兵士を吹き飛ばした。医療が発達しているらしいから、骨折くらいならすぐ治療されるだろう。
ついでに再び飛んできた狙撃ドローンを『ライトアロー』で叩き落として、庭の外に停まっている装甲車の一台に近づいていく。
装甲車は俺たちが近づくの見て離脱しようとしたようだが、狙った一台の動きを『拘束』魔法で止めてやった。
兵士が乗り降りする車両後端のドアを『掘削』でこじあけて乗り込む。
お嬢様とメイドを椅子に座らせてやり、さらに逃げようとした運転手を捕まえて『洗脳チップ』を首にペタリ。
「このお嬢様の往還機が停まってる空港まで行け」
と命じると、装甲車はスルスルと動きだした。
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26日より別に連載している「おっさん異世界最強」のコミカライズが「カドコミ」にて連載開始されております。
第1話はカラーページありの80ページオーバーの大分量、マンガ家来須眠様の手によって描かれるソウシ氏たちの活躍、是非ご一読ください。
また8月16日に書籍「月並みな人生を歩んでいたおっさん、異世界へ ~二度目の人生も普通でいいのに才能がそれを許さない件~」3巻が、そして8月25日に「異世界帰りの勇者先生の無双譚 ~教え子たちが化物や宇宙人や謎の組織と戦ってる件~」の4巻が発売になります。
こちらの方もチェックしていただけると嬉しく思います。
よろしくお願いいたします。