『クリムゾントワイライト』アメリカ支部の本部地下はダンジョンになっていた。
その地下一階のボス部屋にボスモンスターの姿はなく、代わりに『クリムゾントワイライト』の構成員100人ほどがたむろしていた。
彼らは俺たちの姿を見て一瞬ザワついたが、俺が誰であるか気付いてすぐに静かになった。
なにしろ俺は以前、彼らの前で支部長スキュアを完全に抑え込んでいる。その力を知っていればなにをしに来たか様子を見る態度にもなろうというものだ。
それにプラスして、同行しているイグナ嬢もランサスも元は向こう側の人間である。特にイグナ嬢は知り合いもいるのではないだろうか。
「あ~済まん、お前らの中で一番上の奴は誰だ?」
俺が声を掛けると、30代くらいの男が前に出てきた。微妙に耳がとがっているのでハーフエルフだろう。
「支部長の補佐をしているバーゼルだ。貴方は以前ここに来たアイバさんだな」
「そうだ」
「それと、そちらはイグナと……『赤の牙』のランサスか。どちらも行方不明と聞いたが」
「俺の方で保護して使ってる。この2人はもうお前たちの側には行かないから気にするな。それよりここはもとはダンジョンじゃなかったはずだ。なぜこんなことになってる?」
「それは……」
バーゼルは一瞬話すのをためらったが、相手が俺であると思い出したのだろう、頭を振ってから話し始めた。
「今日の朝早くに、魔人衆の一人『ゼンリノ師』がやってきた。正確には『ゼンリノ師』のコピーだそうだが、本人に近い能力を持った存在だ」
「ふむ」
「『ゼンリノ師』は、スキュア支部長となにかを話していたようだ。残念ながら私はその場にいることを許されなかったので詳しい内容はわからない。ただその後しばらくして、急に地下がこのようにいきなり変化した。スキュア支部長は、アイバさんが今言った『ダンジョン』という言葉を確かに口にしていた」
「で、スキュアと『ゼンリノ師』はどこへ行ったんだ?」
「このダンジョンの一番奥まで行くと言って、この部屋の先にある階段を下りていった。我々はここで待てと言われたが、正直途方に暮れている。生活に必要な施設も含めて、全てこのように変化してしまったからな」
「そりゃ災難だな。上の家に行けばなんとかなるんだろ?」
「外をうろついているモンスターは我々では手に余る化物だ。幸いこの部屋には入ってこないので助かっているが……」
「あ~そうか」
目の前にいる連中は全員戦うことができる雰囲気はある。魔法が使えるものも多いだろう。ただBランク上位のモンスターと戦えるかというとかなり厳しいだろう。数で押せば行けなくはないが、相当に被害も出るはずだ。
とはいえこちらもコイツらの面倒を見てやる義理はないし、今はスキュアたちの狙いを探る方が先だ。
「とりあえず俺たちはスキュアの後を追う。そのうち解決するだろうからしばらくはここから動かないほうがいいぞ」
「……ああ、そうするしかなさそうだ」
バーゼルが幾分落胆したような顔で答える。
するとランサスが後ろから声を掛けてきた。
「アイバさん、私も少し彼と話をしていいか?」
俺が「構わないぞ」と許可を出すと、ランサスはバーゼルの前に立った。
「スキュアについて聞きたい。彼女は依然として、『導師』の考えに完全に同調しているのだろうか?」
「どういう意味だ? 支部長が『導師』を裏切っているというのか?」
「そうではない。私もそうだが、この支部の人間は『導師』から見捨てられた状態にあったはずだ。それでもスキュアは『導師』への忠誠は変わらない様子だったのだろうか」
「……それは……」
確かに『導師』こと『魔王』が銀河のどこかの星に逃げた時に、こいつらは一度見捨てられている。それはスキュアもこいつらも理解していたはずで、『魔王』に対する思いにも変化があってもおかしくはない。
バーゼルも口ごもっているところを見ると、彼自身思うところがないわけでもなさそうだ。だがその逡巡を打ち消すように、バーゼルは首を横に振った。
「……スキュア支部長は特に『導師』様への不服や不満は口にはしていなかった。いつか連絡が来るだろうと信じていたようだ。もちろんそれは我々もだ。そして実際に今回、コピーとはいえ『ゼンリノ師』がこちらへ来た。ゆえにスキュア支部長も我々も、『導師』様への忠誠は以前のままだと考えてもらっていい」
「そうか……」
「それよりランサス、君はなぜそちら側にいる。『導師』様に見捨てられたからか?」
逆に質問され、ランサスは少しだけ目を見開いたが、すぐに「いや」と口にした。
「私はこのアイバさんに命を何度も助けられた。ゆえに彼に従うことにしたのだ。元の世界に未練がないとは言わないが、こちらの世界で生活をしていてその思いも薄れてきている。なにより『導師』がどのような存在なのか、アイバさんには色々と教えられ、決して我々が望む世界を作り出すものではないと知った。ゆえに私と『赤の牙』がそちら側に戻ることはない」
「その程度のことで……。それに『導師』様がどのような存在かなど、なぜアイバさんにわかると言えるんだ?」
「君はこのアイバさんの力を知らないのか?」
「クゼーロ支部長を倒したこと、スキュア支部長も、あの達人バルロも敵わないということは知っている。スキュア支部長も絶対に敵に回すなと言っていた」
「そうだ。そして我々は、それだけの力を持つ者をもう一人知っているだろう」
「『導師』様だな。それが……?」
「アイバさんは過去に『導師』と戦った人間なのだそうだ。そしてその時、『導師』は『魔王』と呼ばれていたという。世界の全てを支配するためだけに活動する、まさに悪魔の王のような存在だったそうだ」
「バカな。そんな話を信じるのか」
「アイバさんは信じるに足る力を持っている。それに少なくとも、『導師』はあちらの世界に破壊をもたらそうとしていた。アイバさんがいなければ、あちらの世界はすべて破壊されていただろう。『導師』がババレント侯爵に作らせた、『特Ⅲ型』のモンスターによって」
なんか懐かしい話を持ち出してきたが、確かにあの『ヘカトンケイル』は、俺や『ウロボロス』、ルカラスがいなければ大陸上のすべての国を蹂躙していただろう。
逆に言えば、それは『導師』こと『魔王』がロクでもない奴であることの証明でもあった。
「そのようなこと……。証拠もなしに……っ」
「あちらの世界で話を聞けば真実とわかることだ。ここでは『導師』は決して我々が望む世界をもたらす存在ではないと、それだけは伝えておく」
ランサスはそう締めると、俺の方へ来て「すまない、時間を取った」と頭を下げてきた。
「あいつらも説得する気か?」
「私が知りえた真実を話しただけだ。救われる道を選ぶかどうかは彼ら次第だな」
「まあそれくらいはしてやってもいいか。世話好きなんだな」
「ウチのメンバーは世話を焼かせる奴が多くてね」
その後俺たちはバーゼルたちに別れを告げ、奥にある階段へと足を踏み入れた。
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【お詫び】
所用により次回9月23日の更新はお休みいたします。
26日より更新再開いたします。
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