「まさかあれほど危険な魔道具をセラフィーナ伯爵家が隠れて所持していたとは思わなかったのじゃ……」
「昔国家間の戦争で使われていた危険な技術なはずだし、確か素材にも違法な薬物が使われていたはずだ。さすがにそういった魔道具は研究する気にもならないな」
今回森に設置された魔物を凶暴化させる魔道具についてはかなり危険な魔導具であった。魔術の研究は好きだが、元の世界やこの世界で平和に育った俺としては戦争の道具を生み出すつもりは微塵もない。
セラフィーナ伯爵家は昔から裏の方でも暗躍していたらしいから、もしかするとその関係で手に入れた魔道具なのかもしれないな。
「セラフィーナ伯爵家やアルベリオ男爵家の者はすべて拘束されたようじゃし、今回の件を引き起こした当事者たちはきっちりと処罰されるじゃろうな」
「ああ、それは何よりだ。俺だけでなく生徒たちも巻き込んだ報いは受けさせなければな」
あの老執事の望みは叶わず、俺やアノンが動いたことで今回の計画に加担していた者はしっかりと裁かれることとなった。
マナティのように自分たちが今回の件に関わりのないよういろいろと偽装していたようだが、記憶を読み取れる俺の前ではそんな小細工は無意味だ。貴族というものはそういった保身にだけは長けていて嫌になる。
主犯となったセラフィーナ伯爵家は当然廃嫡になると思うし、まだ処罰は決まっていないが、あの老執事はもちろんのこと、当事者である伯爵や多くの者は処刑されることになるだろう。
一歩間違えれば付近にいた多くの冒険者や村の住民の命が理不尽に奪われていたのかもしれないから、その処分も決して重くはない。あの傲慢な貴族の考え方なら、それこそ平民はいくら死のうと知ったことではないとか思っていそうだがな。
「……しかし、ギルが事の発端となったイザベラをかばうとはのう」
「別にかばったわけじゃない。俺が望んだのは当事者への厳罰だ。今回の件についてはイザベラが両親に頼んで引き起こしたのではなく、両親が暴走して引き起こしたことだからな」
事の発端はイザベラの冤罪事件だが、例の魔導具を使ってこの計画を立てたのはあの両親である。最初は娘のイザベラのためを思っての行動だったのだが、俺が平民の臨時教師であることと、俺の態度が気に食わなかったため、両親が今回の事件を引き起こした。
老執事の記憶を読み取ったことでわかったことだが、今回の事件のことまではイザベラ自身にも知らされていなかった。さすがに別のクラスとはいえ、同級生が死んでもおかしくないようなことを引き起こすまでは彼女も望んでいなかっただろう。
あの両親は自分の娘以外なら本当にどうなっても構わないとでも思っていたのだろう。何が起こっても、最悪の場合はあの老執事にすべての罪をかぶせてしらばっくれるつもりだったようだ。
どれだけ処罰をしたところで、こういった禍根をすべて消すことは難しい。それこそ一番の発端となったガリエルたちの件からここまで広がってしまったわけだからな。
ゆえに俺は事件の当事者以外の者の処罰については言及していない。かばったわけではなく、イザベラが関わっていないことをこちらから進言したくらいである。
反対に当事者であるにもかかわらず、罪を逃れそうな者に関しては俺の持てる権限を使ってきっちりと責任を取らせるつもりだ。
「……ギルが良いというのならそれで構わぬ」
アノンのやつには多少見透かされているのかもしれない。イザベラはまだ子供だし、あの老執事にも思うことがないわけでもない。
俺の暗殺が無理そうな状況であるならば、生徒の命でも構わないとあの老執事は命令されていた。今回の騒動で、生徒に被害があれば教師である俺の責任問題となっていただろうからな。
凶暴化したレッドオーガの群れは俺が引き連れてきてしまったようなものだが、あの群れがなくとも魔導ゴーレムやポーションがなければ生徒たちが負傷したり死者が出ていてもおかしくはない。
しかし、あの老執事は不意の一撃が失敗したあとも、あくまでも俺のみを狙い、生徒たちには一切危害を加えようとしてこなかった。
普通の裏の者であるならば生徒たちを人質に取ったり、俺がかばうことを知っていながら生徒たちへ攻撃をしたりしていただろう。もちろん生徒たちが狙われても守り切る自信はあったが。
イザベラと同じ年頃の生徒たちを傷付けたくなかったのか、俺のみを狙っていたと印象付けるためか、自分が敗れることをわかっていたのか。あの老執事の感情までは読み取れないため、今でも理由まではわからない。
正直なところ、家や家族を失って生き延びるくらいならいっそのこととも俺は思うが、それでもあの老執事はイザベラに生きて欲しいと願っているだろう。それも処罰の沙汰次第ではあるが。
「さて、明日は授業もあるし、生徒たちにどう説明したものかな」