今日は勉強会を早めに切り上げ、約束のある16時に学園長室へと赴いた。
俺が学園長室に入ると、すでにアノンとノクスがそこにいる。
「1日目の授業お疲れさま。そっちの方は問題なかったか?」
「うん、特に問題ないよ。まさか僕が魔術学園で人に物を教えることになるなんて思ってもいなかったけれどね」
「人生そんなものだ。少なくとも悪い経験でないことは保証しよう」
飄々とした様子で答えるノクス。確かになんでも屋のような仕事を生業としていたノクスが国立魔術学園で教鞭をとることになるとは思ってもいなかっただろう。
ただ個人的な考えだが、教師という仕事もノクスに合っている気がする。少なくとも魔術薬の知識に関しては群を抜いているからな。俺が普段使っているポーションとマナポーションを完成させるための材料集めはノクスにも協力してもらったこともある。
「僕としても普段の仕事とは違って少し楽しめそうだよ。でも思っていたよりも生徒たちは素直で良い子みたいだね。ギークがこの学園の生徒は本当にヤバいって忠告してきたから、スラム街にいるチンピラみたいな生徒たちがいるのかと思ったよ」
「「………………」」
思い返してみればチンピラみたいだったな。
最初ノクスにこの話を持っていった時はまだ授業が荒れていて、授業を聞かないどころではすまず、反発する生徒も多かった。
「少なくとも今は教師に向かっていきなり魔法をぶっぱなすような生徒はいなくなったから安心してくれ。いろいろとあってこの学園も多少はまともになってきたはずだ」
「うむ。ギークのおかげでようやく真面目な生徒たちがしっかりと魔術を学ぶことができる環境になったのじゃ。これまでは妾の力不足で真剣に魔術を学ぼうとする想いが妨げられていたからのう」
アノンは学園長として頑張っていたようだが、実際に生徒に関われるのは教壇に立つ教師だからな。前世の学校でもそうだったが、校長先生や教頭先生は学校全体のことを見なければならないので、直接生徒へ指導をすることがほとんどできない。
そしてようやく環境がまともになってきたのはいいが、それは俺の目が届く一学年だけだ。この学園は三年制で、まだ上に二学年がある。ノクスがこの学園に来てくれたことだし、そっちの学年にも手を入れていきたいところだ。
「これまではいろいろと大変だったんだね。まだ初日だけれど、今のところは問題なさそうだよ」
「それは何よりだ。引き続きしばらくは魔術薬学の授業をしつつ、この学園の教師の情報を集めてくれ」
放課後ノクスには明日のための授業の他に、この学園に所属する教師の情報収集を依頼してある。ノクスの情報収集能力はアスラフの件で見せてもらったばかりだ。
俺と違って人当たりはよく、話しかけやすい外面をしているからな。すでに他の教師から飲みに行くお誘いなんかも受けているらしい。ちなみに俺にはそういったお誘いはほとんどなかった。俺の場合は臨時教師ということもあるのだろう。
どうやら生徒だけでなく教師の方も相手の身分を気にする者が多いらしいからな。特に侯爵であるガリエルを退学処分にしたあとはマナティみたいに俺に恩を売ろうと近寄ってきた教師もいたが、すべて断ってきた。まだ生徒たちに悪影響を与える教師も少なくなさそうである。
「了解したよ。……そういえば、ギークに無礼な口を利いていた生徒がいたね。ちょっと世間の厳しさを教えてあげようか?」
十中八九ゲイルのことだろうな。
「ノクスが気にする必要はない。少なくとも俺は教師に対する最低限の口の利き方さえすれば気にしないぞ。むしろあれくらい気概のある生徒の方が成長するものだ。魔術に関しては他の者以上に真剣に取り組んでいるみたいだしな」
「そうなんだね。ギークがそういうのならいいかな」
「ああ。ノクスも教師に対する無礼は多少許容してやってくれると助かる。ただし、真面目に魔術の道を進もうとしている生徒の邪魔をする者がいたら、その時は容赦なく処罰していいからな。手に負えない場合はいつでも俺に言ってくれ」
「……その際は妾にも一度相談してくれると助かるのじゃ」
まあ、俺も身分に関係なくいきなり生徒を処罰してきてアノンには迷惑をかけてしまったからな。とはいえ、ガリエルのように生徒をいじめている生徒が目の前にいたら自分を抑える自信はないが。
「了解したよ。そういった生徒を見かけた場合は2人に相談するね」
「そうしてくれると助かる」
常に冷静なノクスなら大丈夫だろう。
それにもしかするとこいつがキレたほうがある意味俺よりもヤバいかもしれない。正面からぶつかったら戦闘能力は生徒たちと同程度だからといって、実際の戦闘は別だ。
高水準の魔術薬学の腕を持つ者ならばいろいろと怖いやり方ができるのである。