「授業の仕方ですか?」
突然そんなことを言うイリス先生。
一体どういうことだ?
「ギ、ギーク先生の噂はいっぱい聞いています。授業はとてもわかりやすくて、生徒たちを相手にいつも堂々としていて本当にすごいと思います! わ、私は人前で話すことがすごく苦手で、かなりのあがり症なんです……」
「なるほど……」
確かに今も声は小さく、視線は泳ぎっぱなしだ。ノクスから資料をもらった時は少し大袈裟か、あるいは病気かなとも思ったが、ただ単にイリス先生の性格上の問題だったか。
……というかよくそれで教師になれたな。
「ギーク先生がこの学園に来てから、生徒たちはとても大人しくなって、真面目に授業を受けてくれるようになりました。た、たったひとりで3教科も生徒たちに教えていて本当にすごいです。せっかく生徒たちにすばらしい魔術の歴史を教えられる機会があるのに、私のせいでその面白さを生徒たちに伝えられないのは本当に申し訳なくて……。お願いします、どうか私に教師としての教え方を教えてください!」
イリス先生が俺に向かって頭を下げる。
ふむ、平民かつ臨時教師である俺相手に素直に頭を下げるとは貴族の者にしては珍しい。そして自分に足らないことがあるとわかっていて、自らそれを積極的に補おうとするその心構えは非常に好感が持てる。
「わかりました。俺にできることなら手伝わせてもらいますよ」
「ほ、本当ですか! ギーク先生、ありがとうございます!」
アノンとノクスと相談をして、むしろこちらの方から改善を申し出ようとしていたところだ。
さて、まずは2人に相談をしてイリス先生の情報を集めるとしよう。
「へえ~自分からギークに頭を下げるなんて伯爵家の娘なのに珍しいね。確かに前の学園長が雇った教師だけれど、ちゃんとやる気もあるみたいだよ」
「そうだな。自分のためというより、生徒たちに申し訳なさそうにしていた。もちろん何か裏があるかもしれないから、ノクスにはその裏取りを頼みたい」
「オッケー、すぐに調べるよ」
イリス先生の申し出を受けたが、とりあえず明日からということにしてもらい、いつものように学園長室でノクスとアノンと一緒に相談をしている。
俺の目からはイリス先生の言っていることは本心からのように見えたが、最近性根の腐ったやつばかりを相手にしていたせいで、素直に信じることができなかった。そのためノクスにはなにか裏がないかを探ってもらう。
「イリスか。確かに少し内向的な性格じゃが、生徒のことを思っていることは間違いないと思うのじゃ。妾にも生徒たちのことで何度か相談にきたこともあったぞ」
「ふむ、なるほど」
一応イリス先生には他の少人数の教師にそのことを伝えて協力してもらってもいいか確認を取っておいた。まあ、さすがに学園長に直接相談しているとは思ってもいないだろうけれどな。
学園長であるアノンには授業の仕方を教えてくれたとはいえなかったみたいだが、生徒のためを思って多少の行動はしていたみたいだ。
俺もいろいろとやることはあるが、向上心のある同僚に対してなら協力を惜しむつもりはない。今日も残業になるが、生徒たちも日々頑張っているわけだし、俺も俺なりに頑張るとしよう。
「それにしても、授業の仕方か。授業の仕方はこれまでの経験が大きいけれど、イリス先生の場合はそれ以前に人とちゃんと話す練習をして上がり症を克服した方が良い気もするな」
前世で教師になるためには教育学部へと進み、必要な科目を履修し、実際に母校などで教育実習を行ってから教員免許を取る必要がある。その過程で授業の進め方や生徒のトラブル対応などを学んでいくのだが、当然この異世界にそんなしっかりとした教育者の教育機関はない。
独学で学んだり、自身が学園で教師から教えてもらったことを参考にし、同僚たちから学んだことを経験しながら教師として成長していく。
とはいえ、イリス先生はその前段階の人とのコミュニケーション能力が足りてないとみた。
「そうだね。その辺りは僕も力になれそうかな。調査が終わって問題なさそうなら僕も手伝うよ」
授業内容ならともかく、そういったことは潜入捜査や情報集めの得意なノクスの方が向いていそうだ。
「悪いな、ノクス。感謝しているぞ」
「ギークの頼みだからさ。それに生徒たちの成長を見守っていける教師って仕事も意外と悪くないね」
「ああ、そうだな」
ノクスも少しずつ教師のやりがいを感じてきてくれたようだな。多感な若人たちがみるみるうちに成長していく姿を身近で見ていくことができるのはとても嬉しいことだ。
なんでも器用にこなすノクスは物覚えもいいし、対応力もある。コミュニケーション能力は俺よりも高いし、教師に向いているのかもしれない。