「次は姿勢を正しつつ、俺の目をそらさずに見てください。基本的に授業をする時も板書をしている時以外は他の生徒のことを見てあげて、反応などを確認したほうがいいですよ」
俺も板書をしたり、教科書を読んでいる時以外は顔を上げ、生徒たちの様子を見るようにしていた。
意外と生徒たちからの反応でもわかったりすることが多くある。みんなわかりにくそうな表情をしていたら、もう一度わかりやすく説明し直してあげたりな。
「う……うう……」
「イリス先生、目線がまた泳いでいますよ。まっすぐに俺の目を見てください」
「ひゃ、ひゃい!」
イリス先生の眼鏡越しにその蒼い瞳をまっすぐ見る。まずは俺で慣れてもらう。
だが、すぐにイリス先生は顔を赤くして俺の瞳から視線をそらしてしまう。確かにあがり症の人がまっすぐ視線を合わせるのは難しいかもしれないが、俺ひとりで恥ずかしがっているようでは大勢の生徒たちの目の前で教鞭を振るうのは難しいからな。
イリス先生は何度も視線を外しながらも、頑張って俺を正面から視線を合わせようとしてくれている。
「異議ありです!」
「……いきなりどうしたんだ、エリーザ?」
なぜかエリーザが突然手を挙げて俺とイリス先生の間に割って入ってきた。
それでもちゃんと挙手をしているのはエリーザらしいというべきか。
「初めは異性かつ同年代であるギーク教諭と視線を合わせるという練習は少しハードルが高いのではないでしょうか? ここは女性で年下の生徒である私と練習を始めるというのはいかがでしょう?」
「私もエリーザさんに賛成です。まずは私たち生徒たちと練習した方がイリス先生もやりやすと思います」
「ふむ、なるほど……。確かにエリーザとシリルの言う通りだな。ありがとう、助かるよ」
実際に授業を受けるのは年下の生徒たちだし、俺は気にしないが、普通は異性であることを多少なりとも意識してしまうものかもしれない。
「いえ、とんでもありません。やはりシリルさんの言う通り、いろいろと危ないところでした」
いや、別に危ないことは何もしていないけれどな。二人とも午前中に俺のいないところで何かしら示し合わせてでもいたのだろうか?
「ギーク先生、姫様の代わりに私ではいかがでしょうか?」
そう言いながらソフィアが手を挙げる。
俺もエリーザはハードルが高いと思っていたところだ。普段あまり気にしていないが、彼女はこの国の第三王女だからな。
ベルンの方も手を挙げようか迷っていたようだが、異性であることを気にしてか少し迷っていたようだ。
「わ、私もやってみたいです!」
ソフィアにお願いしようかと思っていたところにメリアも手を挙げてくれた。
「私も他の人といっぱい話すのは少し苦手なので、練習してみたいです!」
「あ、ありがとうございます、メリアさん!」
ふむ、確かにメリアも上がり症というわけではないが、少し内気な性格をしている。先日メリアの村の騒動があったあと良くなってきた傾向はあるが、戦闘訓練や一部の高圧的な生徒がちょっと苦手らしいからな。
もしかすると多少はイリス先生の気持ちが分かるのかもしれない。
「それじゃあメリアとソフィアで交代して協力してくれると助かる。他の者もそろそろ自分たちの勉強に戻ってくれ」
まずは2人にお願いすることにした。ソフィアも最初は俺に突っかかってきたが、最近は丸くなってきたことだし問題はないだろう。
生徒たち自身の勉強もあることだし、これくらいから始めていくとしよう。
「よし、今日はこんなところだな。みんなありがとう」
17時になって勉強会が終了する。
今日はソフィアとメリアが交代でイリス先生と視線を合わせる練習をした。途中から防音の魔術も使って周囲に音が漏れないようにしてイリス先生に声も出して会話をしてもらう練習も追加した。
実際に防音の魔術を使って、他の者には声が聞こえないことを見せると、イリス先生も恐る恐るだが声を出すようになった。病気とかではなく、地声が小さいようだったので、少し声量を上げることを意識してもらう。
さすがにたった1日で完璧に改善されるほど甘くはなかったが、これまでよりはマシになっただろう。こういうのは積み重ねも大事であるからな。
「メ、メリアさん、本当にありがとうございました!」
「と、とんでもないです! 私の方こそありがとうございました!」
イリス先生とメリアがお互いに頭を下げ合っている。やはり少し似たところがある2人だ。
「み、みなさん! 協力してくれて本当にありがとうございました!」
「とんでもないです。明日は私もお手伝いしますね」
「僕もできることがあれば協力します」
ソフィアはエリーザと一緒に少し前に帰ったが、その際にも生徒であるソフィアに対して礼を伝えていた。そして今もきちんと頭を下げている。
たとえ教師であっても生徒に礼を言えることは大事だ。
そのまま生徒たちを見送った。