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「なるほど、近代の魔術史はこういった流れなのですね。ありがとうございました、とても分かりやすかったです」
「とんでもないです」
イリス先生とノクスがこの勉強会に参加することとなり、いつものように各自で勉強や質問をしたりしている。今はエリーザがイリス先生に魔術史の内容を質問しているところだ。
イリス先生は最初生徒であるが第三王女でもあるエリーザに対して気を遣っていたが、訓練の甲斐あってか今は普通に喋ることができている。
確かに最初は真剣な表情で淡々と話すエリーザに委縮してしまう気持ちも分かる気はするが、話してみると単に根が真面目なだけだからな。
「イリス先生にもうひとつ質問がございます。最近の魔術史ではギル大賢者様のことについてよく取り上げられていますが、イリス先生はギル大賢者様の功績についてどのようにお考えですか?」
その流れでなぜ俺のことを聞くのかとも思ったのだが、もしかするとエリーザなりにギルの弟子という設定になっている俺のことを気にして質問をしたのかもしれない。生徒たちの一部には俺が弟子であることを伝えてあるが、イリス先生はそのことを知らないはずだ。
まあ、基本的に引きこもって研究を続けていただけだから、誰かに悪く思われたりそこまで恨まれているわけではないと信じたい。このあとここだけの話ということでイリス先生からボロクソに言われてしまったら、さすがの俺でも勉強会に誘えなくなってしまいそうだ。
「ギル大賢者様ですか? 授業でも少しだけ触れましたが、彼はこれまでの魔術の体系や基本的な概念に捉われない考え方を基にして、これまでの魔術理論や魔道具などの発明を100年以上進めたと言われております。このバウンス国にて歴史上一番の天才だ言っても良いと思います!」
「………………」
相変わらず自分のことをそう言われるのはむずかゆい。天才というより前世の知識や経験があり、まだ赤ん坊のころから魔術を学ぶことができたおかげなんだがな。
「彼のおかげで、ここ数年の間で私たちの生活がとても豊かになりました。ギル大賢者様のすばらしいところは発明した魔術理論や魔道具を自分たちだけで独占しようとせず、平民や他国の者に対して分け隔てなくその恩恵を与えてくれたことだと思います。長い魔術史の歴史の中で私が一番尊敬している人物でもありますね」
「………………」
さらに背中がかゆくなってきた。本人を前にしてなんの拷問なんだろう……。
「皆さんもご存知かもしれないですが、ギル大賢者様はこの学園の卒業生なんですよ。私もそんな学園に教師として勤めることができて誇りに思っています。だからこそ、ちゃんと授業ができなくて不甲斐なかったです……」
「イリス先生もギル大賢者様を尊敬しているのですね、安心しました。実は私もギル大賢者様がこの学園の卒業生ということもあって、この魔術学園を選びました」
「実は私もです」
「そうなんですね! エリーザさんやシリルさん、生徒の進路にまで影響を与えるなんて本当にすごい人です。この学園を卒業したことと、男性であること以外は謎に包まれているのもミステリアスですよね!」
「ええ、本当にどんな人なのでしょうね?」
「………………」
シリルがちらりとこちらを見ながらそんなことを言う。弟子であるかも話すか難しいところだな。
とりあえずイリス先生が俺に悪い印象を持っていないことについてはほっとした。世の中どんなことで人に恨まれるか分かったものではないからな。
……ノクスのやつは先ほど以上に腹を抱えて笑うのを堪えている。あいつだけが俺がギル本人であることを知っているから、イリス先生が何も知らず、生徒たちが俺を弟子だと思っている現状が見ていて面白いのだろう。
確かに外野から見たらどんな状況だよ、と突っ込まれるかもしれない。うむ、この話題はもう止めてもらったほうが良さそうだ。
「だいぶ話が脱線しているようだから、勉強に戻ったほうがいいだろう。もうすぐ初めての試験だからな。真面目に授業を受けているから大丈夫だとは思うが、各自でしっかりと準備をしておくように」