「虚空よ、己を閉ざせ。万象一切を遮り、絶対の領域をここに刻みこめ、『絶空の隔壁』」
パキンッ。
最後の防御魔法が割れると同時に俺の空間魔術が完成する。水撃砲はそのまま威力を落とすことなく、俺の方へ襲い掛かってきた。
「なっ!?」
しかしその水撃砲は俺の目の前の空間によって弾かれた。
空間魔術によって目の前の空間ごと凍結させる、ある意味絶対の防御。どんなに威力のある魔術であろうとも、凍結された俺の目の前の空間は事象による変化を一切受け付けない。
ユリアスは最後の力を込めて水撃砲の威力を強めるが、しばらくしたあと水撃砲が止まり、水龍もそのまま消えていった。
「……降参します。僕の完敗です」
そしてユリアスは両手を挙げ、降参の意を示した。
「「「………………」」」
決着はついたのだが、観客である生徒たちも含めて長い沈黙が続く。
おそらく生徒たちはユリアスが使用した水魔術を見て、驚きを禁じ得ないのだろう。先ほどの水魔術は一流の魔術師が使用する魔術と遜色なかった。下手をすれば第一学年であの規模の水魔術を使用できる者は他にいないかもしれない。
水魔術しか使えないとユリアスは言っていたが、水魔術のみを鍛錬してきたからこそこの歳であそこまでの領域に踏み入ることができたのだろう。もちろんそこへ至るためのユリアスの水魔術の才能と鍛錬は素直に称賛に値するものだ。エテルシア魔術学園の神童と呼ばれていることも、この場にいる誰しもが納得しただろう。
「………………」
ユリアスの方はというと、うつむいて無言のままだ。
……しまったな、少しやりすぎて自信を失わせてしまったか? もちろんそんな内容ではない模擬戦の内容だったのだが、この年頃の青年の心の機微は繊細なものである。
「落ち込む必要などまったくないと思いますよ。先ほどのリヴァイアサンロアは実に見事な水魔術で――」
「す――」
「す?」
長い沈黙の後、俺の言葉の合間に出てきた言葉は意味がわからなかった。
「すごいです!! さっきの魔術は一体なんなんですか!」
ユリアスを元気付けようと先ほどの模擬戦の感想を述べようとしたところ、ユリアスが興奮した様子で俺の方へ詰め寄ってきた。
「僕の魔術を無詠唱の防御魔術だけで防いだのにも驚きましたし、最後の魔術は初めて見ました! 全力を込めたのにビクともせずに手応えがまったく感じられなかったです! それにギーク先生が使う魔術はすべて無詠唱なのに威力がとても高かったです! もしかしてあの指を弾くことと何か関係があるのですか?」
「ち、ちょっと落ち着いてください」
ユリアスが矢継ぎ早に質問をしてくる。その目はキラキラと輝き、魔術への好奇心に満ち溢れていた。
どうやら落ち込んでいたわけではなく、先ほどの模擬戦で見せた俺の魔術に衝撃を受けていただけらしい。
「あっ、失礼しました! 私のことはユリアスでいいですし、ぜひ普通に話してください。それにしても、まさかあの魔術が本当に真正面から防がれると思っていませんでした。エテルシア魔術学園でも真正面から受け止めることができたのは学園長だけでしたので!」
一応は俺から少し離れてくれたが、未だに興奮した様子だ。確かに戦闘が専門の教師であっても、先ほどの魔術を真正面から防ぐのはなかなか難しいだろう。
そして本人がそう言っていることだし、あまり身分を気にしている様子はないので、遠慮なく普通に話させてもらうか。
「ユリアスの質問に答えるが、先ほどの魔術は俺のオリジナルの魔術だ。空間ごと固定する特別な魔術なので、他の人には秘密にしておいてくれるとありがたい」
「オリジナル魔術ですか!? すごい、そんな魔術まで使えるのですね! 確かに他の魔術とは性質が違っていた気がしまし、それに魔術名もすごく独特でした!」
魔術の研究がある程度進んでいるこの異世界ではオリジナル魔術を新しく作り出すことは結構な難易度となっている。魔術も魔道具の特許と同じように登録をすることが可能だが、こちらは魔道具とは異なり、登録した際にその魔術に応じた対価が与えられ、魔術式は公開されて誰でも使用が可能となる。さすがに魔術を使うごとに使用料なんて取れないからな。
もちろんあえて登録をせずに自分だけが使用したり、自分たちの一族にしか伝えない秘伝魔術なども存在する。俺もいくつかの魔術は登録したが、最近研究をした空間魔術と重力魔術はまだしていない。魔術の発展のためにはできるだけ登録したいのだが、どちらも訓練や実験をするだけで危険な魔術なので難しいところだ。
そして俺のオリジナル魔術の魔術名については日本語がベースとなっているから、こちらの世界の者には少し独特に聞こえるのだろう。俺が元日本人だからだと思うが、こちらの方が威力は出るのである。
「それと指を弾く行為についてだが、ある一定の行為をキーとして魔術を発動させたほうが、魔術を無詠唱で発動させるよりも効率がよくなって威力は上がる。もちろんその分鍛錬は必要だが、実戦ではかなり有効な技術であるため、君も余裕があったら試してみるといい」
「はい、ありがとうございます! それとさっきの風魔術についてですが――」
「ああ~ギーク。取り込み中悪いけれど、いったんそこまででいいかな?」
ユリアスに先ほどの模擬戦の感想戦をしていると、ノクスが割って入ってきた。そして気付くとノクスだけでなく、他の生徒たちも集まってきている。