【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第69話 何となしに手に取った物は———。
すまん、予約してたつもりだった。
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———昼間の喧騒が嘘のように静まり返った誰も居ない鍛錬場。
灯りは夜空に浮かぶ月から降り注ぐ白く淡い月光のみ。
そんな鍛錬場にて……。
「ふっ! はっ!」
———カンッ、ガンッ!!
俺はイライラを発散させようと、自らの魔力を流すことで全自動で動く剣術人形を相手に組手を行っていた。
稼働できる剣術人形の数は3体で……大剣、双剣、両手剣の3種類。
今回はこの世で1番使い手の多い両手剣を使用する剣術人形を相手にしている。
スペックは中級騎士に届くか届かないかレベルでしかないが、剣術の腕はあのカエラム団長すら偶に使うほどにピカイチである。
そんな剣術の達人3体を前に、俺は身体強化魔法を一切使用せず、自らの素の身体能力だけで相手をしており……。
「チッ、このっ———ごほっ!?」
———ズドンッ!!
剣術の腕は決して高いとは言えない俺のレベルだと、このように感情に任せた大振りな一撃など容易く見切られてカウンターの鋭い突きを腹に食らってしまう。
身体強化をしていないせいで、普段より衝撃が直に来るので普通に顔が歪むくらいに痛い。
剣が真剣だったら容易く腹を貫いているはずだ。
因みにここ数十分、こんな感じで純粋な剣術勝負ではフルボッコにされていた。
一瞬行けるかもと思っても、気付けば俺が常に押されている。
いや何で人形がこんなに強いんだよ!?
これ量産したらマジで最強の軍団作れるだろ!
俺らその内要らんだろ!
是非ともそうしてくださいっ!
何て思ったその時———。
———ドクンッ。
確かに心臓の鼓動が聞こえたかと思うと。
———ッ、———減———よ。
「ぐあっっ……!? な、何なんだ……?」
俺は突然鈍痛と共に頭に響いた声(?)に、困惑すると同時に思わず胸を押さえてヨロヨロと後退る。
しかし感情のない人形は俺の様子など無視して、俺の首に向かって容赦なんぞ微塵も感じない一撃を振るってくる。
「チッ、こっちは混乱中なんだよ……!!」
胸を押さえながらも間一髪で身体を反らして避けつつ、地面に片手を付いて人形の剣を持つ手を蹴り上げる。
———ガキンッ!!
人形だから当然硬質な音が静寂の中に響き渡り……ブンブン剣が空中で回転して地面に突き刺さる。
「…………」
「させねーっつーの!」
直ぐ様踵を返して剣を拾おうとする人形へと踏み込んで首筋に木剣を叩き付けた。
その瞬間、防御に残りの全魔力を使ったのか……半透明の障壁が木剣を受け止めたかと思えば動きを停止させる。
「はぁはぁ、はぁーっ……うん、俺って自惚れてたんだな」
俺は袖で汗を拭いながら、沁み沁みと呟いた。
同時に騎士団修練施設でやっていたエレスディアとの地獄の鍛錬を思い出して……ブルっと身体を震わせる。
そう言えば1年弱前までボコボコにされるのが当たり前だったなぁ……。
あの時のエレスディアが1番怖かったわ。
もう俺からしたら鬼も悪魔も子犬みたいに可愛く見えるレベル。
「そう思ったら丸くなったな、アイツ」
それほど俺のことを認めてくれたということだろう。
あの天才美少女に認められるなんて、これほど光栄なことはない。
「あー、もう1回風呂入るかぁ」
俺は汗をかいたとき特有の何とも言えない気持ち悪さに顔を歪めながら木剣と剣術人形を片付けて鍛錬場を後にする。
そして一度城の中に戻れば……夜を知らないとばかりに忙しなく動いているメイドさんや執事さん達が目に入った。
もしかしたら、もう1つの場所に行っていたアシュエリ様達が戻ってきたのかもしれない。
「……騎士よりメイドさんとかの方が大変そうだな」
命の危機すら殆ど無いだろうが……仕事自体は絶対彼等彼女等の方が大変だろう。
騎士って有事がなければ基本鍛錬した後は自由時間だし。
本当にお疲れ様です、と俺は内心メイド・執事の方々に尊敬の意も込めて敬礼をしつつ、目的地である風呂へと向かって長い廊下を闊歩する。
しかし———俺はとある部屋の前でふと足を止めて首を傾げた。
「……あれ? 此処って確か……」
そう、俺が立ち止まった部屋は———現在行方不明中であるカエラム団長の部屋。
あ、行方不明って言うのは、俺視点からって話だからな?
無断でどっかに行ってるわけではない……と思う、多分きっと。
まぁそれは置いておいて……。
「おかしいな……団長って自分が部屋に居ない時は絶対人を入れないんじゃなかったっけ?」
これが立ち止まった所以だ。
部屋の中に感じる気配は1つしかなく、その気配も間違いなく団長じゃない。
団長だったら感じただけで冷や汗が垂れるからね。
「……もし知らずに入った新人メイドさんとかだったら可哀想だし、今の内に声かけてやるか?」
多分団長にバレたらそのメイドはクビまっしぐらだろうしな。
もしそうなったら流石に可哀想過ぎて、無視した俺が罪悪感で押し潰されそう。
何て思考の下に、胸中で団長に謝りながら扉を開けると。
「なぁ、此処は入らない方がいい———!?」
俺は、驚いた様に目を見開いて扉を開けた俺を見つめるとある者と同じく驚愕に目を見開いたのち……半目で視線を送ると。
「———一体何をしているのですか……アシュエリ様?」
「———お構い、なく」
「構うに決まってるでしょうがっ!!」
呆れを多分に孕んだ俺の視線から逃れるようにスーッと目を逸らしつつ、何かを後ろに隠すようにしてポツリと呟いたアシュエリ様に、俺は反射的にツッコむのだった。
「———取り敢えず出ましょうよ」
「ダメ。まだ出れない」
「何故に!? …………はぁ、まぁもういいです」
団長が怖くて外に出ようと提案してみるも……何故か頑なに首を縦に振らないアシュエリ様の強情さに根負けした。
それと……どうせ団長は人間の尺度じゃ測れないから、誰かが侵入したかなど容易く見破ってしまうだろう———という諦観とも悟りを開いたとも言える境地に達したのもある。
因みに、俺は部屋の隅でいつ団長が帰ってくるか戦々恐々としながら立っており、そんな俺の前でアシュエリ様が自主的に床に正座している。
「それで……何で団長の部屋に居たんですか? 団長に許可は取ったんですか? 幾らアシュエリ様と言えど団長の部屋に許可なく立ち入っちゃいけないでしょう? これでどやされるのは貴女じゃなくて俺なんですからね?」
「……質問責め、頭痛くなる」
「この人は本当に反省しているんだろうか」
もう分からないことだらけで怒涛の質問を浴びせていた俺だったが、イヤイヤと言わんばかりに眉間に皺を寄せて耳を塞ぐアシュエリ様の姿に真顔で言葉を投じた。
え、今の状況が理解できてないのかな、この人。
物凄くものすご〜〜〜くヤバい状況なんだよ?
多分ワンパンで身体消し飛ぶよ?
「……反省はしてる。後悔はしてない」
「それは反省してない人の常套句ですよ。はぁ……じゃあどうして団長の部屋に侵入したのですか?」
アシュエリ様に反省を求めるのは諦めた俺が頭が痛いとこめかみを押さえつつ尋ねると。
「———ゼロを、救うため」
至って真剣で、切実さすら孕んだ声色で、俺の予想だにしていなかった言葉が彼女の口から放たれた。
俺はあまりに今の状況に繋がりのない言葉だったことで、思わず懐疑的な目をアシュエリ様に向けてしまうが、彼女は目を逸らすどころか……何かを訴えるかのように俺を見つめ返してきた。
「……ゼロが焦っているのは、知ってる」
「……何のことですか?」
反射的に少し棘のある言葉が口を衝いて出る。
直ぐにしまったと内心後悔するも……彼女は特に気にした様子もなく、寧ろ少し嬉しそうに口角を上げた。
「ん、隠さないでいい。皆んな、知ってる。……違和感に気付いたのは、エレスディアだけど。ちっ……」
おっと、何やら変な音が聞こえた気がする。
「今舌打ちしました?」
「してない」
「しましたよね?」
「してない。……ゼロは、停滞してることに焦ってる」
「……っ」
話を逸らそうとしていたのがバレたのか、アシュエリ様が無理矢理話を戻して、今俺が感じている焦燥の核心を突いてきた。
あまりにドンピシャで、俺は苦虫を噛み潰したような表情になる。
「ん、図星」
「……そうですよ、俺は焦ってます。エレスディアの魔法を見て余計そう思いましたよ。まぁアイツが俺の違和感に気付いてたなら……俺に見せたのは発破をかけるつもりだったのかもしれないですけど」
「……これだから、戦闘狂女はダメ」
再び舌打ちしそうな勢いで眉間に皺を寄せるアシュエリ様。
それはそうと……エレスディアの奴、アシュエリ様から戦闘狂のレッテルを張られているのかよ。
ただ、彼女は戦闘狂じゃなくて魔法狂です。
不死鳥って魔法食らうには持って来いな能力だよな。
「余計なことを、考えない」
「何で分かるんですか?」
「何と、なく」
こっちは真剣に話してるのに……と言わんばかりにアシュエリ様からジトーっとした瞳を向けられ、俺はスッと目を背けて口を尖らせる。
「ですが、俺が焦ってるのとアシュエリ様がこの部屋に来るのに何の関係があるのですか?」
「…………」
「此処に来て話さないとかあります? え、物凄く気になるんですけど」
突然険しい表情で口を閉ざしたアシュエリ様の姿に俺は困惑するも———先程彼女が何かを後ろに隠すような仕草をしていたことを思い出す。
そう言えば何を隠してたんだ……?
俺に隠すくらいだから何かあると思うんだけど……。
まぁ見てみれば分かるか、と思考を打ち切って、俺の動きに不審そうな目を向けてくるアシュエリ様の背後に回る。
しかし、特に何も見つからないし、隠している様子もない。
あれ……?
もしかして俺の思い過ごし?
何て少し肩透かしを食らった俺が、本当に何となしに扉を開けた際にアシュエリ様が立っていた場所に視線を移し———机の上で写真立てと思われるモノが倒れているのに気付いた。
これには思わず占めたと笑みを浮かべる。
「あれあれ〜? あそこに倒れてる物はなんだろうな〜?」
「……? ———っ、だ、だめっ……!!」
この時———俺がアシュエリ様の静止に従っていたら、また未来は変わっていたのかもしれない。
だが———俺は見る選択肢を取ってしまった。
「———…………は?」
困惑を極めた声が無意識に口から漏れる。
俺の視線が、手の中にある写真立てに飾られた写真に固定される。
写真は———俗に言うツーショット写真だった。
ポツンと置かれた椅子に座っているのは、短くも艶やかな黒髪に中性的で非常に端正な顔立ちの美少女で———可愛いと言うより格好いいといった感じの美少女は、心の底から楽しそうで嬉しそうな笑みを浮かべていた。
そんな美少女の膝に座って抱きつかれているのは、黒髪のパッとしない顔立ちの小学3、4年くらいの少年で———ガッチリと腕を回された少年は、ぶすっと不機嫌そうな表情ながらも頬を少し赤く染めて目を逸らしていた。
写真は———6年前、俺が恩人の騎士と取った写真だった。
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