【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第75話 狂気と狂気(途中から三人称)
———最初に奴の声に気付いたのは、下半身諸共吹き飛ばされた時だった。
『ケケケッ、アイツに勝てる力が欲しいかァ? オレと手を組むなら……全部を解決させられるぞ?』
そこから頭の中では耐えずノイズ混じりに誰かの話し声が聞こえていた。
ただ、絶対碌でもないことにしかならないと思ってずっと無視していたが……いよいよ方法が無くなったので、こうして無視するのを諦めたわけである。
……こんなあたおか野郎に手を借りるとか屈辱以外の何物でもないわ。
しかも俺のアイデンティティを奪いかねない危険人物なんだし。
『………おい、さっき言ってたことは本当なんだろうな? 嘘だったら俺が死ぬ前にぶっ殺してやる』
『ケケケッ、もちろんだぜェ。ただ……さっさと服を着たらどうだァ?』
…………そこは触れないお約束ですやん。
今めっちゃかっこよく決めてましたやん。
「……本当に申し訳ないんだけど、ちょっと服着させてくれない? このままだと変態にジョブチェンジしてまう」
「…………」
表情どころか姿も見えないが、心底楽しそうに嗤っているであろう無神経なスラングを忌々しく思いつつ、俺は災厄が何もしてこないのを良いことに予備の服にいそいそと着替える。
その際物凄く冷たい目を向けられた気がするが、気の所為だと思っておく。
あと、俺の名誉のために言っておくが……ちゃんと見えたら犯罪者まっしぐらな大事な所周辺は全てオーラを集中させて隠していた。
もはや俺でさえ見えないくらいにね。
私、配慮が出来る男ですから。
『ケケケッ、やっぱりおもしれェ奴だなァ』
『お前みたいなあたおか野郎に面白いとか言われても1ミリも嬉しくねーよ。美少女になって出直してこい』
『お望みならやってやろうかァ?』
…………何だって?
お前まさか性転換出来る系悪魔なの??
『…………いや、遠慮しとく。お前が美少女化しても、あのクソ女神と同じで嬉しくないわ』
俺がスラングの美少女化を想像してげんなりしていると、スラングが珍しく心底嫌そうな感情を声に込めて呟いた。
『……あの女神と一緒にするのはやめろ。あの野郎は嫌いだァ……』
『奇遇だな、俺もアイツのことは大嫌いだよ』
何て軽口は程々に———良い加減本題に入ることにした。
『おいスラング』
『どうしたァ?』
『お前は俺に力をやるとか言ってたが……どうやって俺に力を与えるんだ?』
これは俺が1番気になっている所だ。
この前の戦いを見ている限り……コイツは魔法に長けている。
あのセラと余裕そうに渡り合っていたどころか、俺が介入しなければ間違いなくコイツはセラに魔法勝負で勝っていた。
ところがどっこい、俺には魔法の才能がてんでない。
ゴリ押しで何とかなる身体強化魔法だからこそ使えているだけで、魔法の才能が問われれるモノとなればぐうの音も出ないくらいに杜撰な結果に終わるだろう。
『ケケケッ、自分のことを良く分かってるじゃねェか』
『分かってないとここまでこれてないっつーの。そんな下らない御託を並べてないでさっさと教えろってんだ』
『カハハハハハハッ、それもそうだ! いいねェ、いいじゃねェかァ……やっぱりテメェ以上の適合者はいねェなァ』
そう言ったスラングは、そうだなァ……と少しの間悩む素振りを見せたのち。
『———テメェなら、オレの全力にも耐えられるだろうなァ。ケケケッ、史上初だぜェ? 人間が高位悪魔の力を完全に行使できるのはよォ』
声色に異常なまでの喜色を籠めてケラケラ嗤う。
一方で、イマイチ理解出来ていない俺は訝しげに眉を潜める。
『どういう……』
『どうもこうもねェ。悪魔は契約する以外に現世に現れるのは不可能なんだよ。だから契約者を吟味する。ゼノンは……まぁまぁだったなァ。オレを不完全とは言え召喚出来るだけマシだ』
『アレで不完全なのかよ……狂ってんな』
『ケケケッ、褒め言葉だぜ。そんでテメェだが……確かに魔法の才能はからっきしの雑魚だ。だが、そんなモン悪魔であるオレ達には些末なことでしかねェ。オレ達が求めるのは———』
姿は見えないのに、確かにスラングがニヤッと笑みを浮かべた気がした。
『———オレ達の力に耐えられる桁外れな肉体強度と再生力だ。そんでこれはオレの趣味だが……オレに比肩する精神力も必須だなァ。オレの力を使い熟してもらわねェと面白くねェ』
…………なるほど、そりゃあ俺を欲するわけだ。
確かにその条件なら、この世界に俺以上の優良物件はないだろうよ。
『……それで、デメリットは何だ?』
こういうのは良いことばかりじゃないことは俺でも分かる。
そんな考えの下に俺が問い掛けると———悪魔は嗤う。
『テメェが最も失いたくないもの———寿命だ』
やはり……悪魔は性格が悪いらしい。
断れば詰む場所で的確に俺が1番大切なモノを狙ってくるとか、本当に悪魔が嫌いになりそうだ。
何て思いながらも、このあたおか野郎が俺に執着する理由に納得した俺は意識を内から外に向け……棒立ち状態のカーラさんを見据える。
まぁ今はカーラさんであってカーラさんではないんだけど。難しいな。
彼女は相変わらずちっとも減っている気のしない膨大な漆黒を纏い、瞳孔が猫のように縦長になった瞳を真紅というより暗赤色といった感じに染めてジーッと俺を見つめている。
鋭く冷徹な殺気を孕んだ気配が俺の肌を突き刺し、無機質な瞳によって俺の内側が覗かれているような嫌悪感が俺の身体に走った。
…………。
『ケケケッ、さァどうする? オレと手を組んで未来を変えるか?』
黙り込んだ俺へとスラングが愉快そうな嗤い声と共に問い掛ける。
俺はそんな奴の言葉に———鼻で笑った。
はっ、馬鹿野郎。
そんなの言うまでもないだろうが。
「———俺に力を貸せ、スラング。後悔はさせねーよ」
『ケケケッ、契約成立だ。精々楽しませてくれよ、ゼロ』
同時———冷たいながら燃えるように荒れ狂う魔力が俺の身体を駆け巡る。
俺のキャパを超えた魔力が俺の魔力回路のみならず、全身の内側をズタズタに引き裂く様は、さながら身体が作り替えられてゆくようだった。
そんな意識すら保つのがやっとな極限の中で、俺は頭に流れ込んできた1つの言葉を紡ぐ。
「———【特殊身体進化:狂気の悪魔】」
白銀と漆黒が混ざり合うように身体を包み込んだ。
「———っ!?」
カエラムの身体に宿った災厄———黒魔龍は、宿主の抵抗によって今この瞬間に眼の前で巻き起こった現象をただただ見届けることしか出来なかったことと、自分にも比肩する白銀と漆黒が渦巻くゼロの気配を感じて———ギリッと歯噛みする。
黒魔龍にとって、カエラムという存在は一種のトラウマだった。
どんな敵であろうと屠って来た自分を叩きのめした最恐の存在。
自らの身体を斬り裂く蒼銀の剣閃は、今も自らの魂に恐怖の対象として刻み込まれている。
では、なぜそんな存在から身体を奪えたのか?
それは偏に———カエラムがゼロという大切な存在が傷付く姿に苦悩していたからに過ぎない。
カエラムは唯一、ゼロの弱り切った姿を知っている。
そんなゼロが騎士団に入団したと知り、自らが居ない場所で何度も死にかけたと言う事実に苦悩し、迷い、徐々に精神を擦り減らしていった。
カエラムがゼロを戦場の前線に連れて行ったのも、未来視の結果もあるが……ゼロが危なくなろうと自分の手の届く範囲ならば絶対に助けられる、という安心感を得るためだ。
しかし———結果的にゼロはカエラムの手を離れ、自らの意志で考え、動き、死地へと向かった。
その姿に誇らしく思いながらも、もしこの決断によって死んだらどうしよう、という迷いや苦悩が心に巣食い……その不安が常時魂を強化していた魔法に揺らぎを生じさせ———遂に黒魔龍に身体を乗っ取られるまでに至ったのである。
常に狙っていたとは言え意図せず身体を乗っ取れた黒魔龍は、久し振りの自由に浮かれてしまった。
自らを越える力を持つ者の身体を手に入れたことに気を良くしすぎたために、カエラムの心の根幹にあるゼロの存在を軽んじてしまった。
その結果———カエラムが一時的に身体の支配権を取り戻し、今こうしてゼロが新たな魔法を発動させようとしているのに身体はピクリとも動かせないでいる。
つくずく恐ろしい人間だ、と黒魔龍は内心毒づきながら、ギリギリで耐えるカエラムの魂を自らの魂で呑み込む。
それにより、徐々に自らの意志で身体が動くようになったのを確認すると。
「———忌々しい人間が……ッ」
殺気を籠めた目で、人間という枠組みから解き放たれようとしているゼロを睨み付けた。
同時に———白銀と漆黒の繭がヒビ割れ、ゼロが姿を露わになる。
頭の先から爪先までが漆黒に染まり上がり、その輪郭がゆらゆらと炎が燃えるように揺らめいている左半身。
左額に生えた禍々しい角に、真っ黒に染まった白目部分と、赤黒い色を灯した瞳。
そして、漆黒に染まった左手足は普段のゼロより二周りほど大きく、指の先には悪魔を彷彿とさせる鋭い鉤爪が生えている。
対して右半身は普段のゼロの姿を維持しているが———髪と瞳が何処か神々しさすら感じるほどの白銀に変化しており、全身を漆黒のオーラが装飾しながらも、右手に持つ剣が一際強い白銀の光を放っていた。
「……今まで感じたことなかったけど……身体が作り変わるってこんなキモい感覚なんだな」
自らの禍々しい左手をグーパーグーパーさせながら感慨深げに呟くゼロ。
その一見隙だらけに見える動きでさえも、黒魔龍が攻撃に移れないほどに洗練されていた。
「でも、これなら良いとこまで行けそうだ」
ゼロが何処か喜色の孕んだ声色でそう零すと同時———。
「———返してもらうぞ、俺の恩人を」
先程までとは一線を画す速度で刹那にも満たぬ間に肉薄したゼロが———剣を持たぬ禍々しい左手で黒魔龍の腹部に掌底を放った。
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