【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第90話 さよなら(エレスディアside)
———ゼロが聖光国に連れて行かれて1週間と少しが経った。
この1週間ちょっとは、アズベルト王国ではまるで何事もなかったかのように平穏な日々が流れていた。
しかしそれもあくまで表面化でのみのこと。
王城の……特にゼロと面識のある者達は、聖光国に大罪人としてが連れて行かれたことに大いに困惑し、何故こうも易易と連れて行かれたのかと陛下に不信感を募らせながら様々な憶測が飛び交った。
また、ゼロが連行されたと知ったアシュエリ様とセラが国王陛下の執務中に直接乗り込んだことによって謹慎処分に課せられるという事件も起きた。
国王陛下がこうするのも当たり前だ。
彼女達はゼロが好きで、彼のことを第一に考えている。
そんな彼が大罪人として連れて行かれたと分かれば……暴走してもおかしくない。
実際、アシュエリ様とセラは2人してゼロの奪還を画策しており……謹慎処分を国王陛下に言い渡された後もどうにかして逃げ出そうとしていた。
まぁ団長と炎帝達によって厳重に見張られたことによって脱出は阻止され、1週間経った今でも部屋への軟禁状態が継続されている。
もちろんこの1週間は誰も2人に会っていない。
同時に、決してゼロが連れて行かれたことを話してはならないという王命まで出された。
向こうと話は付いているから心配は要らない、との言葉を添えて。
それによって一先ずは平穏が王城にも戻ってきた。
しかし今日、突然国王陛下に呼び出されたかと思えば———アシュエリ様と会って話をして欲しいと言われた。
何でも完全にノイローゼになっているアシュエリ様を少しでも立ち直らせて欲しいとのことだ。
セラは、精霊という仲間がいるため比較的落ち着いている様だが……毎日朝から夕方まで部屋でぶっ通しで魔法の練習をして、夜になるとバルコニーで空を見上げつつ祈りを捧げている。
私が何故そんなことをするのかと問い掛ければ、
『今の私には、これくらいしか出来ることがありませんから』
そう言って儚く笑っていた。
何とも彼女らしいと思うと同時に、軟禁状態でさえ自分の出来ることをしようとする彼女の姿と、何もすることが出来ていない自分を比べて胸が痛んだ。
「……アシュエリ様、入ってもよろしいでしょうか?」
「…………」
考え事をしていたらいつの間にか着いていたらしい。
私は胸の痛みから目を逸らし、アシュエリ様の部屋の扉をノックした後で扉の向こう側にいるアシュエリ様へ声を掛けるも……返事はない。
普段ならばゼロの『どうぞ〜入っても良しだとよ〜』何て明るい声が聞こえてきていたから、酷く静かなことに改めて彼が居ないことを実感させられる。
「入りますからね」
何度か呼び掛けても一切返事がないので、私は許可を取るのを諦めてゆっくりと扉に手を添えて力を籠める。
静かな空間にキィィィと金属同士が擦れる音が響き、中の様子が私の目に飛び込んでくる。
———ソファーに膝を抱えて座るアシュエリ様の姿が。
彼女はもう何日も寝ていないのか、目の下に色濃く隈が残っており、髪も一切手入れされておらずボサボサだった。
「……アシュエリ様」
「…………エレス、ディア」
彼女の今まで見たこと無いボロボロな姿に私は違和感を覚えつつも、彼女の名を呼びながらそっと歩み寄れば———アシュエリ様が空虚な瞳だけを此方に向けて私の名を掠れた声色で紡いだ。
「アシュエリ様、一体どうなさったのですか?」
「…………ない」
「え? もう1度———」
彼女と目線の高さを合わせて尋ねれば、近くに居ても聞き取れないほどに小さな声で何かを呟いたため、私が思わず聞き返すと。
「———視えない……視えないの……ッ、あの人の……ゼロの未来がッッ……!!」
ブワッと瞳から一気に大粒のナミダを流し始めたアシュエリ様が嗚咽を漏らして堰を切ったように口を開いた。
「こ、こんなことなかった……っ!! どんな時も、視えてたのッ……でも、全然視えない……のッッ!!」
まるで子供のように。
1度流れれば止まらぬ濁流のように。
外見など一切気にした様子もなく、感情という濁流を吐き出す。
「———彼のためなら、幾らでも視るのに……っ、私の瞳が光を灯さなくなるまでだって、視続けられるのに……ッッ!!」
ギュッと膝を抱える腕に力を籠めて声を漏らすアシュエリ様。
そんな彼女を前に、彼ならどうしていたか、普段の私なら何と言っていたか必死に考えて———。
「ぁぁぁぁぁぁぁ……ッッ!!」
「…………」
結局、泣きじゃくる彼女の1番近くに居ながらも———最後まで何も言うことが出来なかった。
———アシュエリ様は、一頻り泣いた後で眠りに付いた。
まぁ1週間もずっと起きていたのだ。
そんな不眠状態の中でアレほど泣けば寝てしまうのも無理はない。
私は彼女をベッドに寝かせてそっと部屋を後にした。
「……」
静かだ。
廊下も、部屋も、王城も———気持ち悪いくらいに静まり返っている。
普段なら響いているはずの先輩方の掛け声も聞こえてこない。
私が履いた靴が地面を鳴らす音だけが、寂しい空間に波を立たせていた。
「…………暗い、わね……」
私は自室に入ると同時にポツリと呟く。
まぁ夜なのに灯りを付けていない自分が悪いのだが、そう言う事じゃない。
———ゼロが居ない。
たったそれだけで、私の心は暗雲に包まれてしまう。
「……いつからだったっけ」
私の中でこれほど彼の存在が大きくなったのは。
いや、考えるまでもない。
私が彼に惚れた日を、惚れた瞬間を忘れるわけがない。
今でも覚えている。
彼の瞳。
彼の表情。
彼の温もり。
彼の背中。
彼の言葉。
どれも私の大切な宝物だ。
あの日から、私は彼の隣に立つことを目指してきた。
毎日鍛錬に明け暮れた。
日が暮れても剣を振り続けた。
団長に止められ、先輩に止められても続けた。
偏に———彼に追い付くために。
初めて一緒に戦った執事長との戦い。
やっと彼に追い付けた、彼に頼られる存在になれたと思った。
しかし———公国との戦争から、私は彼の隣に立てていないことに気付いた。
彼がセラと戦った時。
彼が公国に攻め入った時。
彼が団長を救いに行った時。
———私は彼のために何をした?
———彼は私に頼ってきた?
答えは否。
私は彼と共に戦うどころか近くにすらおらず、毎回私に一言も無しに彼は様々なことを成し遂げていった。
昔は彼のそばに居たのは私だけだった。
私だけが彼の魅力を知っていて、私だけが彼を見ていた。
私だけが彼に好意を向けていた。
それがどうだ。
———彼のために自身のトラウマと向き合い、様々な場面で彼を助け、果てには自らの能力を使い尽くしても良いと言って泣き崩れるアシュエリ様。
———彼の心の傷に触れて心を通わせ合い、今も彼のみを案じてあるかも分からないことに備え、今できることから必死に取り掛かるセラ。
———彼と過去を共にして過去の彼を知りながらも健気に彼の幸せだけを考えて正体を隠していた、私以上に力を持っていて彼を知っている団長。
彼の周りには、何もしていない私とは違ってこんなにも魅力的な女性がいる。
彼女達が居れば、彼はきっと大丈夫だ。
例え———彼の隣に私が居なくても。
「———エレスディア様、ご決断を」
「———もうとっくに決めているわ」
彼の隣は……悔しいけれど彼女達に任せるとしよう。
私は———自分が撒いた種の後始末をしなければならない。
元々辿るはずだった運命に戻らなければならない。
本当は……本当は———彼が聖光国に連れて行かれた理由を私は知っている。
彼が私の代わりとして選ばれたのだから。
———教皇が不死になるための生贄として。
だが、そんなことはさせない。
彼を私達のことにこれ以上巻き込みたくない。
たくさん夢を見させてもらった。
かけがえのない友達も出来た。
———誰かを愛することが出来た。
きっとこれ以上は望んではいけない。
もう夢から覚めないといけない。
これ以上ぬるま湯に浸かっているわけにはいかない。
だから。
「私を教皇の下に連れて行きなさい。———私をあげるわ」
さよなら、ゼロ。
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