【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第95話 揺蕩う少女(エレスディアside)
———私の人生は、あの日、5歳の誕生日にして自らの中に不死鳥の力があると分かった日に一変した。
その日を境に、姉さんとお母さんとの慎ましくも幸せな生活はパタリと消えたのだ。
そこから2年以上、薄暗い監獄……いや、それ以上に酷い拷問部屋が私の生活の全てだった。
最初は剣や拷問器具を使われた。
全身を防護服のような物に包み込んだ数人の者達によって逃げようと暴れる私の身体を椅子に固定され、様々なことをされた。
爪を剥がされ、骨を折られ、四肢を捻じ曲げられ、挙げ句の果てには至る所を切断される。
痛いなんてモノじゃない。
どれも痛みで意識を失うのは当たり前だった。
しかし、心とは違い、私の身体は徐々に適応しながら進化していき……その内研究員達程度の力では切断出来なくなり、最終的には漏れ出る炎によって全ての器具は軒並み溶かし尽くされた。
———これで終わる。
そんな夢物語を望んだこともあった。
だが、現実とは無慈悲なもので……方法が器具から魔法に変わっただけに過ぎなかった。
何なら今まで以上に苦しくて、キツくて、痛かった。
ただ、毎日私の身体を弄るのが終わった後も地獄は続く。
私の感情や身体の状態などで地獄は待ってくれなどしない。
掃除など一切しないのか、噎せ返る吐き気を催す血の匂いと、鼻が捻じ曲がるほどの腐肉臭が常にしている。
また、他の人の泣き叫ぶ声と、拷問しているであろう者達の怒号や議論の声が終始聞こえた。
そして偶にやってくる———
『———お前の身体は、魂は、全て私の物であるとよく心に留めておけ』
毎日この身を害して私を蝕むどんなモノより遥かに恐ろしい女性の声。
不気味な程に美しくて可憐で———怖い。
彼女は毎度毎度同じことを言う。
繰り返し繰り返し言ってくるのだ。
———お前は私のモノだ、と。
そんなことはないと言いたかった。
私は私だけのモノだと言い返してやりたかった。
でも、その当時の私にそんな気力も気概も勇気もなかった。
当時は今その瞬間を生きることで精一杯だった。
私が不死鳥の転生体?
そんなの私は知らないし知りたくもない。
なのに何で、毎日浴びせてくる魔法の威力を大きくするの?
何で最低限の治療もせずに何かあれば殺せばいいって言うの?
何で折角力を使い熟したのにわざと抑えたりするの?
何で皆んな私に恐怖の感情を向けるの?
何で自分の行いを正しいことだって正当化しようとするの?
何で私がこんな目に遭わないといけないの?
ねぇ何で?
ねぇ何で何で何で何で何で———何でなのッッ!!
そんな思いが遂に爆発した日が1度だけあった。
でも……結局はあの恐ろしい女性に呆気なく防がれて。
私は心底興味なさそうに吐き捨てられた。
『お主は私が手にする道具に過ぎない。お主に……貴様に感情など要らぬ。貴様は余計なことをせず17まで生きていればそれでよい』
その言葉が———私の心を最後の最後まで留めていた一本の細い柱を崩した。
ガラガラと音を立てて私の中の何かが崩れていく音がした。
一体私の何がいけなかったのか。
一体私が何をしたというのか。
一体彼らが私に向ける感情は何なのか。
結局どれだけ考えても分からなくて。
考えれば考えるほど分からなくなって。
でも分かることは少しだけあって。
誰も私を見ていない。
誰も私を助けてくれない。
私は独りぼっちだ。
いや、独りぼっちという考えすらも持ってはいけないのかもしれない。
そうだ、何も考えないでいよう。
誰からも忘れ去られた私という存在は、道具になってしまおう。
道具にさえなってしまえば、痛みも、苦しさも、悔しさも、恐怖も———何もかも感じなくて済む。
それから何日、何ヶ月、何年経ったのかなど憶えていない。
ただ気付けば———私は姉さんの腕の中にいた。
私の記憶の片隅に僅かに残るぼんやりとしたイメージとは掛け離れた、凛々しくて頼もしくもまだ幼さが僅かに残る美しい女性。
姉さんは、逃げていた。
沢山の神官騎士や、魔法使い達から必死に逃げていた。
でも、姉さんは私を抱いて泣いていた。
顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
1度も見たことがない、泣き顔だった。
『ごめんなぁ……エレスディア……っ。私が不甲斐ないばかりに……私が……アタシたちが情けないせいでお前をこんな目に……っっ』
そんなことを姉さんは言っていた。
その時、私が何気なく返した言葉が———きっと姉さんを一生苦しませる一言となったのだろう。
『———私、何かされてたの?』
私は今までの全記憶を憶えていなかった。
正確に言えば、姉さんやお母さんと離れた時からの記憶の一切が抜け落ちていた。
だから私は本気で姉さんの言っている言葉の意味が理解出来ず告げてしまった。
あの時の姉さんの顔は、とても言葉では言い表せない。
それから私は姉さんからお母さんに引き取られ……国を出た。
国を出て辿り着いたのが。
———アズベルト王国。
今の私の全てで、私の友人が……私の愛する人が生きる国。
そこでお母さんがドンナート家の当主に見初められ……貴族入りした。
だから私の髪は———この国の貴族には珍しい真紅なのだ。
それからの生活は、知っての通り良い意味でも悪い意味でも平穏な時間が過ぎていった。
お父様はお母さんにも私にも優しくて、周りの人も私に物凄く優しかった。
内心つまらない、何をしたいのかも何をして欲しいのかも分からない深い霧の中を彷徨っていながらも、お母さんが元気になっていく様子を眺めて嬉しくなっていた。
ただ、その生活が一変して、自分の世界すらも一変した出来事こそ———。
———ゼロとの出会いだった。
彼と出会ったことで、私を覆う霧は晴れ———ぼんやりとしていた人生の指針を手に入れた。
何となしに流されて生きてきた私の軸が出来上がった。
それこそ———彼の隣に立つこと。
その意志が……覚悟が、教皇の封印を打ち破り、不死鳥の力を取り戻した。
同時に記憶も取り戻した。
その瞬間———私は彼の隣に立てないことを理解した。
私が背負ったモノはあまりにも重すぎた。
何より———彼を巻き込みたくなかった。
でも結局は巻き込んでしまって。
騎士達が現れた時は恐怖で身体が竦んでしまって。
きっと今なら私の方が強いのに……声も出なかった。
ただ連れて行かれるゼロを黙って見ていることしか出来なかった。
皆んな彼のために動いていた。
誰もが怒りを宿し、自分の何かを犠牲にしてでも彼を助けようとしていた。
ゼロは知らないだろう。
———フェイとザーグが同期全員に告げ口して『牢獄破りじゃゴラァアア!!』何て本気で怒りを顕にしていたこと。
———先輩方も同じ様に自分の立場がなくなることを承知で聖光国に仕掛けようとしていたこと。
———アシュエリ様が父親に真っ向から歯向かい、自分の出来ることを全てやっても何も変わらないことに絶望して泣き叫んでいたこと。
———セラがこの1週間一睡足りともせず、朝から晩まで自分を追い込みに追い込むだけでなく……毎夜毎夜、夜空に、月に涙を流しながら祈っていること。
———団長が自分が何も出来ない不甲斐なさに、国王陛下からの極秘の情報があったとは言え……行かせてしまったことに1人部屋で写真を胸に泣いていたこと。
でも私は知っている。
彼ら彼女等の様子を1番近くで見てきた。
そんな私の下に、一通の手紙が届いた。
差出人不明の謎の手紙。
だが、不思議と私には誰からのモノか分かった。
中身を見なくても何となく内容すら理解していた。
その手紙は———私の長くに渡って続いていた夢を終わらせるモノだった。
でも、それで良かった。
寧ろホッとしていた。
これで、皆んなが笑顔を取り戻してくれる。
これで、誰も泣かなくて済む。
これで、最後の最後に彼に迫る危険の1つを取り除くことが出来る。
だからこの話に乗った。
私の身体も、魂も、命も差し出す覚悟を決めた。
これこそ———私の人生を締め括るには最高のステージだと思った。
私だけしか出来ないこと。
私だけの単独ステージ。
私だけの悲しくも華々しい公演。
誰にも見られず終わる公演。
来場者0の……たった1人のステージ。
そのはずなのに。
そのはずだったのに。
「———エレスディアァアアアアアアアアアアッ!!」
どうして貴方が———1番ここに来てほしくなかった貴方がこの場所に……私だけの場所に来てしまったのよ……ッッ———。
ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)
応援する
アカウントをお持ちの方はログイン
カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る