【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第123話 僕と俺(ゼロ?side)【最後に報告あり】
——今、外の世界はどうなっているんだろうか。
ドーン、ドーンと音がするし、何やら叫び声やら怒号が聞こえてくるような気がするが……どれも朧げで、耳を澄ましても何が起きているのかは分からなかった。
まぁ当たり前だ、俺は超人でもなければ全知全能の神ではないのだ。
というか、今の俺には外のことを考えている暇はなかった。
「……なるほどなぁ。こんな人生送ってたのかぁ……」
全てを見て、体験して、経験した俺は……しみじみと独りごちる。
ゼロという人間が騎士団へと入団する気になった経緯。
ゼロという人間が英雄と呼ばれるようになった経緯。
ゼロの考え方が変わるキッカケとなった経緯。
ゼロがあれほどまでに色々な美少女から好意を寄せられるようになった経緯。
そんなゼロの人生を見てきた俺の感想はただ1つ。
———何コイツバケモンかよ、である。
正直言って、ゼロが送ってきた人生は他の誰にも真似できない、耐えられない道のりだったように思う。
始めは死にたくないと思っていたものの、両親の死をキッカケに死にたいと思うようになって。
逆に死にたいと思っていた時、自己嫌悪という泥沼に全身が囚われた彼を引っ張り出してくれた1人の少女のお陰で死にたくない、生きたいという当初の気持ちを取り戻して。
僅かな希望を胸に騎士になった彼に降り掛かる様々な無理難題に、共に関わるようになった少女達との出会いから他人のために動ける、自分が大切にする人のために生きたいという思いが生まれて。
果てには———自らの命すら犠牲にすることを視野に入れて戦うようになって。
こんな人生を送っていたら、そりゃあ英雄と言われるのも分かる。
寧ろこれで英雄と呼ばれないなら、この世界は一度滅んだ方が良い。
ゼロはそれだけのことを成し遂げた。
なんだかんだで、なぁなぁで、それが自分のためであっても、美少女だからという俗っぽい理由であっても——彼が築き上げた足跡は、本物だった。
ゼロ自身は絶対に認めないだろうが——彼は確かに英雄だった。
「…………全く、眩しいな……」
回想の果てに辿り着いた、騎士団修練施設の防壁のテッペン———ゼロが初めて強化魔法を成功させ、人生を動かす少女と出会った場所。
そんな忘れることの出来ない人生の岐路の1つであるこの場所で、輝く月をぼんやりと眺める俺は、今までの体験を、脳裏に焼き付いた思い出に想いを馳せながら……ポツリと零した。
本当は、分かっていた。
いや、途中から理解した、と言っても良い。
始めは小さな疑問だった。
しかし疑問は時を、経験を積むにつれて……疑問も反論も一切浮かばない確信に変わった。
確信に変わった瞬間———全てが腑に落ちた。
「…………お前は、眩しいと思わないのか?」
1人石壁に背を預けた俺は、夜空に浮かぶ大きな月に話し掛けた。
月とは、太陽が居なければ輝けない。
この美しく儚い光で俺達を照らすこともできない。
もし月が人間だったなら、月は太陽をどう思うのだろうか。
常に明るい太陽に照らされ、その光で輝く月は何を思うのだろうか。
もちろん、返答などありはしないと分かっている。
ただ少し、ふと気になっただけだ。
———自分に似た、月のことが。
「……俺もお前も、大変だな。——まるで自分のことみたいに間違えられてさ」
考えればおかしなことだらけだった。
俺のことだというのに——思い出せないことも。
俺のことだというのに——実感がないことも。
俺のことだというのに——何処か後ろめたい気持ちになることも。
全てとある1つの事に辿り着けば全て納得行く。
まぁ、つまり、俺が何が言いたいのかと言うと——。
「——俺は、ゼロじゃなかったんだなぁ……」
魂が傷付いた影響は、俺にまで影響していたみたいだ。
まぁあの女神のせい感も否めないけど……きっと魂の再構築が原因だろう。
唯一、魂に刻まれていたのは——
「……我ながら凄いなぁ。こんな気質なら将来社畜真っしぐらだったかも」
はぁ、と呼吸とも言葉とも言える息を吐き出す。
それらは月によって照らされる宙を舞い、誰にも届かず消えていく。
否——たった1人、届いた者がいた。
ソイツは、俺と瓜二つの見た目をしていた。
ソイツは、俺の真横に無言で座り、同じように空の月を見上げた。
ソイツの……ゼロの大人びた横顔を見た瞬間だ。
俺の、いや——
——僕の最初で最後の仕事が終わることを悟った。
僕は、仄かに胸に灯る寂しさを感じつつ、再び月に視線を戻した。
そして、同じように月を見上げる彼に尋ねるのだ。
「……ねぇ、僕の芝居はどうだった? 僕的には、初めてにしては上出来だと思うんだ。まぁ僕が僕ってことに気付くのは大分遅かったけど」
まぁ何度かドキッとする場面もあったけどね。
なんて苦笑を漏らす僕に、彼は言った。
「……ああ、最高だったよ。とても初めてとは思えないね。きっと日本に生まれてれば、将来は最高の俳優になってただろうよ」
「ふふっ、それは嬉しいね。初めて自分から何かをしたよ」
彼から手放しに褒められて照れ笑いをしてしまう。
でも実際のところは、自分をゼロだと思い込むように女神様にお願いをしていたのだから、彼の真似が出来るのは当然のことだった。
まぁそれでも、自分から何かをしたという証があるだけで僕は良いんだ。
「——どうして、俺の代わりになる提案をしてきたんだ?」
満足げに笑う僕に、彼が此方に顔を向けて尋ねてくる。
そう——これは僕から提案したことだった。
あの時、ゼロが女神様と【高次元化】の練習をしていた時。
女神様のはからいで、僕の魂も彼と一緒にあの部屋に連れて行かれていた。
——ゼロの身体に眠る僕の魂も。
「俺が【高次元化】をしたら、俺の魂は自我が消えるくらいに傷を負う。お前だって聞いてたんだろ? なら、俺に奪われたこの身体を取り戻すことだって出来たじゃねーか。……なのに、なのになんで、一時的に俺の身体を借り受けることを提案してきたんだよ」
僕の提案は『意識が戻るほどに魂が回復したら、完全に魂が修復し終わるまでの間、ゼロとして身体を使わせて欲しい』というモノだった。
彼にとっては、その提案をする意味が理解できないのだろう。
「なんで、ね。そうだなぁ……」
うんうん唸りながら僕は考える。
彼が納得する理由を言語化するのは難しい。
僕だってどうしてこんな提案をしたのかイマイチ分かってないからだ。
そうして考える時間を少し貰ったのち……自分の中で気持ちをなんとか言葉に変換して、声に出した。
「——君は、もう十分傷付いた。それを1番近くで見ていたのは僕だよ? 君が受けた痛みに比べたら、僕の恨みなんて些末なことさ。君は——僕の両親を愛して、大切にしてくれただろう? だから、僕も少し君に恩返しをしようと思った、ただそれだけだよ」
それに、と僕は一息付いて彼を見る。
彼は昔のことを思い出したのか、顔を逸らして少し影のある表情を浮かべていた。
全く……僕の最後くらい、笑顔でいてよね。
大きくため息を吐いて、センチメンタルなゼロの顔を両手で包みながら、無理矢理こちらに向かせる。
当然彼は驚いたように目を見開いている。ほっぺたがむにゅっとなって口がタコみたいになっていた。
「な、なんだよ、急に。俺にビンタでもしたいのか?」
「違うよ、そんなことしない。だって君はね——」
僕は笑顔で言った。
「——僕にとっての憧れの英雄なんだ。そんな憧れの君に偽物でもなれるのなら、僕は喜んで残りの時間を使うに決まってる。迷うなんてあり得ない」
笑顔な僕と対象的に、彼はただでさえ見開いていた目を限界までかっぴらいて、なんだかそれが面白かった。
「お、おい、なんで笑ってんの?」
「いやぁ、情けない顔だなぁって。やっぱり君は、地方で小さい町を護っているような一般兵士がお似合いだよ」
「だよな!? やっぱり俺って一般兵士顔だよな!? お前は分かってくれると思ってたよ! なんでいつの間にか救世主とかなってんの!? どいつもこいつも頭おかしいんじゃねーの!? 俺が能天気野郎じゃなかったらプレッシャーに押し潰されて死んじゃってるからね!?」
突然ゼロが堰を切ったかのように愚痴り出す。
まぁ同じ記憶を共有する僕としても、些か彼には荷が重いとは思う——が。
「残念だけど、全部君がやったことだよ。やれ美少女にカッコつけたいとか、やれ美少女にモテるためとか……あれ?」
「……おい、俺のことをなんだと…………うん、俺はただの欲望に忠実な馬鹿ですね、はい」
「あはははっ、あはははっ! それはそうかも!」
「おぉい!? 少しは否定して!?」
ああ、楽しいなぁ。
誰かと話すのが——こんな中身のないくだらない話をするのが、こんなに楽しいなんて知らなかったよ。
でも——そろそろ時間だ。
既に分かっていたことで悔いもないが……やっぱり少し寂しい。
そして僕が分かるのだから、彼にだって分かる。
「……行くのか?」
「うん、先に行かせてもらうよ——君と僕、2人の家族の下に」
よっこらしょ、と僕は立ち上がり、彼へと向き直る。
そんな僕を見て彼は少し寂しそうにしたのち、同じように立ち上がった。
「……ありがとう、俺にこの身体をくれて」
「……こちらこそありがとう、僕の身体を英雄にしてくれて」
僕は手を差し出す。
差し出された手を、彼はゆっくりと、それでいて力強く握った。
「——お前に出会えて、本当に良かった」
「——君に出会えて、本当に良かった」
その瞬間——僕の身体は半透明になり、全ての感覚が希薄になっていく。
空を見上げれば、淡い白銀の光を帯びていた月は僕と同じように徐々に形を失い、崩れた光の屑が眩い星に吸い込まれていく。
意識が朦朧としてきた。
頭で必死に考えようとしても考えが纏まらずに霧散する。
でも、怖くない。
喪失感もなく、ただ温かなぬくもりに包まれるように、溶け合うようで痛くもない。
後悔だって、何も無い。
……でも、1つ。
1つだけ思い残したことがあった。
それは——
『——……君と、友達として過ごしたかったなぁ』
「…………」
俺は、ぬくもりの消えた右手に目を遣るも……そこには何も握られていなかった。
「……ありがとう、ゼロ」
グッと拳を握り、呟く。
『——ケケケッ、感動のお別れは済んだかァ?』
…………。
「……お前、本当に空気読めないよな」
『ケケケッ、それは無理な相談だぜェ? なぜ悪魔であるオレが人間なんかの空気を読まねェといけないんだよォ』
「ははっ、テメェにゼロの爪の垢を煎じて飲ませたい気分だぜ」
『嫌だ、きたねェ』
お前は人間の身体を丸ごと食うことあるだろうが。
なんて呆れを孕んだ瞳でケラケラと笑うスラングを見ていると、奴がふと思い出したかのように言った。
『おっと、すっかり忘れるところだったぜェ。テメェに教えてやらねぇとな——今外で何が起きてんのかをよォ」
そう言って——スラングが俺の額に指を突っ込んだ。
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【報告】
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