【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第124話 帰還(三人称)
遅れました。
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——少し時間は戻り。
「ふむ、中々に面倒ですね……少し想定外です」
十畳程度の部屋で、1人の黒装束姿の細身の男がフェイとザーグの2人を相手取りながら、言葉とは裏腹に余裕そうな声色で宣う。
対する2人はというと。
「なんだよこの野郎、強すぎるだろ!? 俺の結界って紙装甲だったっけか!?」
「無駄口なんか叩いていないで戦うのだ! 俺1人では持ち堪えられんからな!」
「それは大っぴらに言うことじゃないけどね!? あと、無駄口叩いてないと痛みで失神しそうなんだよ!!」
「お前も大っぴらに言うことではないな!」
余裕そうな言葉とは裏腹に、全身の至る所から血を流し、苦痛に顔を歪めながらも必死に食らいついていた。
フェイが剣を振るえば、ザーグが男のカウンターに反応してフェイの身体に届く前に剣を振るう。
逆にザーグが剣を振るえば、フェイは自らの瞳に発動させた全力の【極限強化】によって男の動きを目で追い、すかさず結界を展開する。
素晴らしい連携だった。
実力で言えば圧倒的上位であるはずの男が数分もの間2人のどちらにもドドメをさせていない所以でもあった。
しかしながら、戦況は当然良くない。
むしろ最悪と言ってもいいだろう。
「「ああああああああっっ!!」」
「少々動きに荒が目立ち始めましたね」
全くの無傷な男とは違い、フェイもザーグも既に重傷とも言える状態だ。
男の言った通り、動けば動くほど機動力が落ち、剣を振るう力も弱まり、戦闘に割く集中力も低下していく。
——特にフェイは、それが顕著だった。
「うらあああああああ——ッッ!?!?」
剣を振り上げたフェイの身体に襲い掛かる激痛。
唐突に全身を走った激痛に、フェイの動きがコンマ数秒程度の僅かな時間ではあるものの鈍ってしまう。
そして——男は隙を逃すほど愚鈍ではなかった。
「ふっ——!!」
「!? ぼ、【防壁】ッッ!!」
「いい加減それも見飽きました」
浅い息を吐いたと共に男の身体が加速。
男の狙いが自分であることに気付いたフェイは半ば勘で魔法を発動させるも、男の拳が結界に到達した瞬間にまるでシャボン玉のように弾け——拳がフェイの腹に突き刺さる。
「うぐっ——ごほっ!?」
激しい衝撃がフェイの視界を揺らし、内臓が潰され、骨が折れる音が彼の耳に響く——と時を同じくして、口から大量の血が吐き出された。
「ぁぁ……っ!!」
これにはたまらず地面に膝をつくフェイ。
碌に息も吸えず、視界は朧げであり、平衡感覚も尽く狂っていた。
「フェイッッ!! こ、この……!!」
ザーグはフェイに追撃が来ないよう、自らのスピードと狭い部屋を最大限に活用して縦横無尽に攻め立てる。
男もこの攻撃を無視できないと思ったのか、フェイから視線を切ってザーグの攻撃を防ぐ。
そんな中、フェイの内心はこれ以上ないくらいに焦っていた。
(マズいマズいマズい……!! た、立てねぇ……!! くそなんでだよ、立てよ俺の身体……ッッ!!)
フェイが幾ら踏ん張れ、立ち上がれと身体に司令を出そうと、身体はそれに応えてくれない。
膝に手を掛けようとしても、力が入らずズルっと滑り落ちてしまう。
「フェイ! 頑張れ!! お前ならやれる!!
さらには、その司令を送る思考すら徐々に薄らいでいた。
(何も見えねぇし、何も聞こえねぇ。全身ボロボロなのに痛みも感じねぇ……これが死ぬってことなのか……?)
事実として、彼の予感は正しかった。
フェイの騎士としての才能は決してずば抜けているわけではないため、その分肉体の再生能力も他の精鋭騎士に比べれば遥かに劣るのだ。
更には【極限強化】に加えて度重なる結界魔法の発動、アシュエリを護る【神盾】の維持など同時進行で大量の魔力と集中力を絶えず使っていた。
よって——彼の命は既に風前の灯火と言っても過言ではなかった。
(くそったれ……あぁ、身体が動かねぇな……俺だけは絶対死んでも気を失ってもいけねぇってのに……。俺が気絶したら……あ、アシュエリ様が……。……あぁ、もうゼロに顔向け出来ねぇよ……まぁそんな機会は……もう、ないんだけどさ……)
フェイは色のない掠れる視界の中、ゆっくりとゼロの眠るベッドに手を伸ばし——。
「…………わ、わるい、ぜろ……は、ははっ……ごふっ。……お、おれじゃ、あ……おまえ、みたいには……なれなかったよ……」
その瞬間。
アシュエリを護っていた盾が端から綻ぶようにして消失した——。
——異変に一番に気が付いたのは、襲撃者たる男だった。
「……おや?」
気配が1つ消えたことに違和感を覚え、動きを止める。
当然、男と対峙していたザーグも男が動きを止めたことで異変に気付き足を止め、訝しげに男を睨み付けつつ尋ねる。
「……一体どうし——!?」
ザーグは気付いてしまった。
今まで男をその場に留まらせておくことに集中していたせいで疎かになっていた——気配感知に引っ掛かる人間の数が少ないことに。
「……………ふぇ、い……?」
恐る恐る、現実を否定するかのようにゆっくりと首を動かして——
——血の池に倒れ、瞳孔の開いたフェイの姿を見つけた。
瞬間——ザーグの中で何かが切れた。
「——ガアアアアアアアアアアッッ!!」
獣のような絶叫。
続けて響くのは、硬質な物同士がぶつかり合う金属音。
——ザーグが男に剣を振り下ろした音だった。
「そうですか……遂に1人、死んだのですね」
「ガアアアアアアアアアアアッッ!!」
感心の籠もる男の言葉など聞こえていないかのように叫ぶザーグの身体に纏われた黄色のオーラは、彼の声に呼応するように激しく不安定に揺れ動いていた。
(殺す……コイツだけは絶対に殺すッッ!!)
斬って、斬って、斬って、斬って。
ザーグは自らの使命すら忘れて、ひたすらに剣を振るっていた。
だが、理性なき剣など——男に隙を晒すようなモノだった。
「がら空きですよ」
「!?!?」
男はザーグが剣を振りかぶった瞬間に彼へと肉薄——掌底をぶつける。
当然ザーグは反応できずに吹き飛ばされ……瓦礫に埋もれてピクリとも動かなくなった。
「はぁ……やっと片付きましたね——!?」
男はザーグが失神したのを確認後、何故か一切音のしないアシュエリの方へ向き——目を見開いた。
アシュエリは——まるで外のことなど一切聞こえていないかのように微動だにせず、ただひたすらゼロの手を握っていたから。
更にゼロを眺める淡く光り輝いた金眼の周りの白目部分——強膜は充血なんてレベルを遠に超えて真っ赤に染まり、瞳から溢れるように大量の血の涙を流している。
流れた血涙は彼女の衣服とベッドの一部分を真紅に侵食し、足りないとばかりに増え続けていた。
「……何をしているのです?」
自らを護る人間が1人死に、目の前に自らの命を刈り取る人間が立っているというのに。
彼女程度の小さな身体では失血死してもおかしくない量の血を流しているのに。
それでもなお微動だにしないアシュエリの姿に——男は気味が悪くなり、反射的に問う。
「…………」
しかし、彼女からの返事はない。
依然としてゼロの手を握り、血涙を流すだけ。
試しに彼女の前で手を振ってみて——気付く。
「…………見えていないですか?」
(しかも音も聞こえていないのですか? もしかして気絶している……? でも膝立ちのまま気絶するなど不可能なはず……)
不可解なアシュエリの状態に余計薄気味悪さを感じた男は、早急に皇帝からの命を完遂させることにした。
皇帝からの命は2つ。
1つ——ゼロの殺害。
2つ——【未来視】を持つアシュエリの生け捕り。
(……そうですね、まずはこの気味の悪い少女からにしましょう)
そう決めてアシュエリに手を伸ばした瞬間だった。
「————おかえり」
今まで人形のようだったアシュエリが突然言葉を発した。
そしてその声を聞いたと同時。
「————ただいま、迷惑かけた」
今度は別の、聞いたことのない低い声が耳朶を揺らす——と共に視界が揺れ、続けて全身を衝撃と激痛が襲った。
「がはっっ!?」
男は自らが吹き飛ばされたことにやっと気付き、慌てて瓦礫を掻き分けて立ち上がると、キッとアシュエリのいる所を睨みつけるも——自らの身体が動かないことに気付いた。
別に傷がどうこう、というわけではないことは男自身が誰より分かっていた。
——身体が恐怖に竦んでいるのだ。
身体が視線の先にいる1人の青年に近づくことを拒んでいるのだ。
そんな固まる男を他所に、灰色の髪に灰色の瞳の青年——ゼロが、安堵した表情で虚空に手を伸ばしたアシュエリの手をそっと握って言ったのだった。
「——あとは俺に任せてくれ。大丈夫、すぐ終わるから」
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