「大分感覚を掴めたんじゃないかしら?」
「ぐ……」
「デミトリさん、しっかりして!」
「あり、がとう、ユウゴ」
あまり効きは良くないが、ユウゴが必死になって回復魔法を掛けてくれたおかげで少しずつ体の傷が癒えて行く。
レオの攻撃を避け切れず受け止めてしまい、筋が断裂したのか動かせなかった左腕に少しずつ力が入る様になっていくのが分かる。
「それにしても本当に良く体を鍛えてるわね。あくまで私の感覚だけど、白銀級の魔物でも不意打ちとか打ち所が悪くない限り即死は無いと思うわよ」
「完、全に防御できる訳では、ないか……」
「これから鍛錬を積めば平気よ! もう日が昇るし、手合わせはここまでにしましょう」
レオが敵の力量の測り方を教えてくれると言われた当初、そんなに便利な技術があるのかと思ったがその時抱いた疑念の通り簡単に力の差を可視化する方法など存在しないと分かったのは大きな収穫だ。
加えて、実際に手合わせをして白金級の冒険者であるレオに白銀級の魔物と戦ってもある程度通用するとお墨付きを貰えたのは大きい。
「……レオちゃん、色々と教えてくれてありがとう。本当に感謝している」
「あら、どうしたの? 急に改まっちゃって」
「冒険者としてだけではなく、戦士として成長する貴重な機会を貰った」
「ふふ、気にしなくてもいいわよ! ただの先輩冒険者のおせっかいよ」
おせっかいか……先達の経験に基づく技術と知識を継承と、後輩冒険者が実力を見誤って倒せない敵と戦わない様に指導する事。俺と違ってちゃんと冒険者として活動しているイムランやレオの様な人間がいるお陰で、冒険者ギルドが成り立っているんだろうな。
「何か礼を――」
「だーめ。こういう情報共有は無償でするのが冒険者の習わしよ。それでも気が済まないなら、いつか困ってる後輩冒険者に出会ったら助けて上げて」
「……分かった」
「ソロの冒険者同士にしか分からない悩みもあると思うから、デミトリちゃんの場合悩んでるソロの冒険者に出会ったら気に掛けてあげてもいいかもしれないわね?」
「あまりソロの冒険者の数は多くないと聞いているが、一応気に掛けておく」
いつになるのかは分からないが、ガナディアの使節団が帰国してある程度ヴィーダ王国内のごたごたが落ち着いたら……アルフォンソ殿下と相談が必要になるが、もしも王家の影として動く事案が無いのであれば冒険者活動を再開しても良いかもしれないな。
「後は鍛錬を続ける事ね! 身体強化と魔法も大切だけど、体が追いついてないと十全に力を発揮できないわ」
「あ、あの」
回復魔法を掛け終えたユウゴが、恐る恐る会話に割って入って来る。
「筋トレってやっぱり大事なの?」
「きんとれ……?」
「肉体の鍛錬の事だ」
言葉の意味を補足すると、困惑した表情から一変してレオの顔がぱっと明るくなる。
「勿論よ! さっきも言ったけど、体が出来上がってないとちゃんと身体強化の力を発揮できないわ」
「でも……身体強化を掛けたら体が丈夫になって強くなるから、体を鍛えるより身体強化の魔法を鍛えた方が良くない?」
ユウゴの指摘に、やれやれと言った様子でレオが首を振る。
「ユウゴ、赤ん坊と大人が戦ったらどっちが勝つと思う?」
「え? それは大人だろうけど……?」
「じゃあ、ユウゴと同じ練度で身体強化を使える赤ん坊と魔法が使えない大人なら?」
「赤ちゃんが魔法を使えても戦うかな……?」
ユウゴが妙な所で引っかかっているな……。
「一旦それは置いておいて! 二人共真剣に戦ったらどうなるか考えて!」
「えっと、力だけなら赤ちゃんが勝つのかな……?」
「じゃあ、赤ん坊も大人も同じ練度の身体強化を使えたら?」
「……大人が勝つ」
「そう言う事よ」
「え?」
レオちゃん、幾らなんでも説明を端折り過ぎだろう……。
「ごめん、急に赤ちゃんって言われてピンと来なくて……」
俺はレオと感覚が似ているのか、かなりわかりやすい例えだったと思ったがユウゴには伝わり辛かったみたいだ。
「ユウゴ。あくまで例えで、適当な数字を言うから真に受けて欲しくないんだが、仮に身体強化を掛ける事で腕力が十倍になるとしよう」
「うん」
「同じ強度の身体強化でも、握力が三十キロの人間なら握力が三百キロになるのに対して、握力が五十キロある人間なら握力が五百キロになるだろう?」
「あー!」
やっとしっくりきたのか、ユウゴが大声を上げながら手を合わせる。
「かなり端折って説明してしまっているが、元となる体の強度に身体強化が掛け算の要領で影響するなら、元となる力を鍛えてあげた方が良いとレオちゃんは言いたかったはずだ。その極端な例が赤子と成人の違いだな」
「そう言う……ごめん、赤ん坊が大人に勝てるはずないって所となんで急に赤ちゃんが? って変に引っ掛かっちゃって」
「もちろん勝負を決めるのはどれだけ鍛えたかだけじゃないわ。体調、戦場、戦闘経験の差、それこそ時の運も勝敗に絡むけどそれでも鍛錬の差が勝負の決め手になる事の方が多いと私は信じてるわ」
「そっか……」