来た道を引き返して明日の試験会場である会館の横を通り、少しすると、懐かしき本部が見えてきた。
「ジーク様……思うところはありますか?」
ヘレンが神妙な雰囲気を出して聞いてくる。
「ないな」
「あれぇー?」
ん?
「何だよ? 何かあるのか?」
「いや……挫折した場所ですし、トラウマでもあるのかなーっと」
「別にない。俺以下の錬金術師共しかおらんだろ」
俺は錬金術の腕で負けたわけではない。
己の人間性に負けたのだ。
「さすがジーク様!」
「もし、あそこにアデーレがまだ勤めていたら躊躇しただろうがな」
絶対に受付に行かないといけないし。
「ですよねー……」
俺達は本部に入り、その受付に向かう。
受付にはアデーレとは別の若い女性が座っていた。
「いらっしゃいませ」
挨拶、挨拶……挨拶だけは無視してはダメ。
「ああ、お疲れ様。リート支部のジークヴァルト・アレクサンダーだ。本部長はおられるか?」
「はい。話は聞いております。本部長は5階の本部長室におられますのでどうぞ」
案内はなしか。
別にいらんがな。
「少し聞きたいが、電話で話したことあるか?」
多分、この声はそうだろう。
「ええ。そうですね」
「そうか……まあ、頑張ってくれ」
アデーレみたいにストレスを溜めるなよー。
「ハ、ハァ?」
「いや、別に他意はない。ただの世間話だ。では、本部長のところに行く」
話が終わったので近くの階段を昇っていく。
「ああいうのが大切なわけだろ?」
「そうです、そうです。ああやって人間関係を円滑にしていくわけですね」
まあ、キャラじゃないことをしたから受付嬢の動揺がすごかったけどな。
最後にこの階段を昇った時よりも成長したなーと思いながら階段を昇っていき、5階の本部長室の前まで来ると、扉をノックした。
「ジークヴァルト・アレクサンダーです」
『おー、入れ』
中から本部長の声が聞こえてきたので扉を開け、中に入る。
すると、デスクに座ってタバコをふかしている本部長がいた。
「お久しぶりです、本部長」
「ああ、元気そうで何よりだ」
「本部長も元気そうで何よりです。でも、タバコはやめてください。ウチの子はデリケートなんです」
猫は鼻が良いんだぞ。
「はいはい…うるせー弟子だわ」
そんなにうるさいことは言ってないだろ。
「本部長、魔剣製作のお手伝いに来ました」
「おー、そうか、そうか。わざわざ悪いな」
本部長がタバコの火を消す。
「それで具体的な話をしたいです」
「そうだな……まあ、座れ」
本部長がソファーを指差したので座る。
すると、本部長も立ち上がって、対面に腰かけた。
「いやー、王都は遠いですね」
「まあな。わざわざ来てもらって助かる」
「いえ、ウチの3人娘がちょうど試験でしたしね。それに支部の建て直し中なのである意味でちょうど良かったです」
「そうか……ああ、そういえば、例の議員が王都に護送されたのは知っているか?」
そういう話だったな。
「ええ。さすがに重罪でしょうね」
「死刑が確定した」
「また早いですね……」
いくらなんでも早すぎる。
「支部を標的にしたのが反逆罪ということになった」
「まあ、そうとも捉えられますけど……」
それにしても罪の確定が早い。
裏で何か動いたか?
「3級のお前や貴族が3人もいたことが決定的だったそうだ」
あー、支部長とレオノーラとアデーレか。
確かに貴族はマズいわな。
レオノーラは知らんが、アデーレは軍のお偉いさんの家で支部長に至っては上の方の貴族らしいし。
「実行犯の商人もですかね?」
「そりゃな。どう言い繕っても死刑は免れんだろう」
ご愁傷様。
この失敗を糧に来世では真っ当に生きてくれ。
「憂いがなくなったのは良かったです」
「そうだな。リートはどうだ?」
「そんな事件もありましたが、楽しくやっていますよ。良い町ですね」
「そうか……まさかお前が弟子を取るとは思わなかった」
皆、そう言うな。
俺もそう思うけど。
「弟子と言ってますが、別にそんな大層なことじゃないですよ。同僚3人の経験が薄かったので仕事を教えているだけです」
「ドロテーに聞いたが、良い子達らしいじゃないか」
「ですね。最初は人間性の違いにびっくりしました」
エーリカなんて眩しかったし。
「まあ、そう思えるのは良いことだろう。しかし、アデーレを引き抜くとは思わんかったな」
「人手不足ですからね。ダメ元で誘ってみたら色よい返事をもらえました。不満があったらしいですよ」
「不満?」
本部長が首を傾げる。
「錬金術をしに協会に就職したのに受付をやらされたことですね」
「ああ、そういうことか。仕方がないだろ。受付とはいえ、客に説明しないといけないから知識を持った奴じゃないといけない。それで白羽の矢が立ったのがアデーレなんだろ」
家同士で仲の悪い奴が人事だったらしいがな。
「アデーレはそれが嫌だったみたいですよ。私ほどじゃないですけど、アデーレも外面が良いとは言えませんから」
良い子なんだけどね。
「ふーん……まあ、本人がそっちが良いならそれで良いだろ。上手くやっているようだし、問題ない」
「だと思いたいですね」
「明日が試験だったな?」
「ええ。今頃、ホテルで最後のおさらいをしていることでしょう」
まあ、もはや知識を詰め込む段階ではなく、心を落ち付かせるための勉強だ。
「お前は来年、2級を受けるのか?」
俺は来年で実務経験が5年になるから2級を受けることができる。
「ええ。そのつもりです。たいした試験ではないですし、受けられるなら受けます」
給料も上がるしな。
「相変わらずだな……最速を突っ走る」
「筆記はまず落ちませんし、実技にしても見るのは1級、2級の口だけ共でしょ? あいつらに私を落とす能力はないです」
頭が固まったジジババ共だ。
「もし、試験に面接があったらお前は確実に落ちるな」
「10級も受かってないでしょうね」
確実に言える。
もっとも、敬愛する我が師も受かってないだろうがな。
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