「なんで?」
『あいつはちょっと伸び悩んでいるんだよ』
はい?
「この前、5級に受かったのに?」
乗りに乗っているのでは?
テレーゼがそう言ってたぞ。
『そこが限界と見ているらしい』
「あっそ。己がそこを限界と認めたらそこが限界ですよ。もうダメですね」
無理無理。
『お前、本当にシビアだな……』
何を言う?
「そういうものですから。別に悪いことじゃないんですよ? 5級でも十分にすごいですし、出世もできます。お金も入るし、良い人生を送れるでしょう」
そういう人生もありだ。
実際、俺がほぼそんな感じ。
『そうか……』
「あいつって弟子がいるんですっけ?」
『いや、いない』
えー……
「弟子もいない20歳がもう諦めちゃったんですか? 早くないです?」
『私はそれを言っている。まだ始まったばかりなのに挫折が早すぎる』
「中途半端に優秀な奴は大変ですねー」
天才も20歳過ぎればただの人か?
5級は天才で良いと思うけど。
『お前は挫折なんかしないだろうな……』
え?
「左遷されてここにいるんですけど……」
人間性0点でここにいるんですけど……
あなたに飛ばされたんですけど……
嫌われまくっているんですけど……
「私はジーク君のことが好きだなー」
「ですよねー。ジーク様は素晴らしい御方ですよー」
ありがとよ、魔女っ子と黒猫……
『いや、そう言うなら戻ってこいよ。お前が次の本部長になれ』
「嫌ですって。クリスかハイデマリーで良いじゃないですか」
リートで気楽にやるわ。
『この状況で派閥を作り出す奴らだぞ? まずは自分が2級になれよって思うだろ』
あの2人は実務経験的に1級はまだだが、2級は受けることができる。
「あなたに似たんでしょ。錬金術師のくせに政治家になった」
『それは失敗だった。おかげでもう何年も錬金術師の仕事をしていない』
確かに本部長が錬金術をしているところを見てないな。
「もう俺の方が上ですね」
『専門分野で言えば、他の連中もだよ。私はもう錬金術師として終わっている。学びをやめたからな』
まあ、管理職だからそれでいいんだろうが、錬金術師としては悲しいな。
昔は寝る間を惜しんでまで仕事とは関係ない研究をしてたのに。
「そうはなりたくないですね」
『そうそう。だからお前が良いんだがなー』
俺は絶対に政治家にはなれないからな。
技術屋ですら左遷されたのに政治屋になっても失脚が目に見えている。
「それはいいですって。そんなことよりもゾフィーの面倒を見るってどういうことです? 言っておきますけど忙しいんでそっちには行けませんよ? 次に王都に行くのは来月の鑑定士の試験です」
『わかっている。だからゾフィーをそっちに出向させようと思っている』
マジかよ……
俺、ゾフィーと仲良くないぞ。
むしろ、悪い。
「そっちは大丈夫なんです? 精密機械製作チームも忙しいでしょ」
確かゾフィーが同僚が産休になって忙しいとか言ってた。
『それはこっちで調整する。それに出向と言っても1ヶ月程度だ』
長いよ……
「なんで俺……」
『何かのきっかけになってほしいんだ。お前がそっちで変われたようにゾフィーにも変わってほしい』
本部長も弟子のことを気にかけているんだな。
「師匠も大変ですね」
『お前もいつか同じ思いをする。自分でやるより遥かに難しいんだ』
ハイデマリーも似たような感じのことを言ってたな。
10級すら受からないって。
「わかりました。人手不足なのは確かなので応援という風に考えます」
精密機械製作チームなら船造りの役にも立つ。
『頼む。来週末か再来週にはそっちに行かせるから』
「はいはい。デスクを用意しておきますよ」
俺の隣か?
アデーレの隣はアデーレが嫌がりそうだしなー……
『じゃあ、夜分遅くにすまなかったな』
「いーえ。おやすみなさい」
『ああ、おやすみ』
電話が切れたので受話器を置いた。
「この前のゾフィーが来るのかい?」
電話を終えると、レオノーラが聞いてくる。
「悩んでいるんだと。20歳で5級になったくせに贅沢な悩みって思うだろ?」
「いやー、上を見たら際限がないからね。私達の悩みだって10級に受からない子からしたら贅沢さ」
それもそうだな。
「ゾフィーか……まあいい。レオノーラ、遅くに悪かったな」
「別にいいよー。明日は休みだからベッドで本を読んで寝落ちコースだったし」
本当に本が好きなんだな。
「じゃあ、俺も部屋に戻るわ。ヘレン、来い」
「はーい」
俺は嬉しそうにやってきたヘレンを抱えると、レオノーラの部屋を出て、自分の部屋に戻る。
そして、完全に氷が溶けてしまっていたのでウィスキーのロックを作り直し、それを飲んでから就寝した。
翌日、この日は午前中に家のことをし、午後からはエーリカの部屋に集まる。
この日はエーリカがヘレンの好物のプリンを作ってくれる日なのだ。
「これで蒸すだけ?」
「みたいですね」
アデーレはエーリカの作業を見学していた。
「これなら私にもできそう」
「お菓子はあまり包丁を使わないですし、良いかもしれませんね」
「ほー……」
アデーレはまだ諦めていないらしい。
「お前は手伝わんのか?」
一応、レオノーラに聞いてみる。
「良い卵を鑑定で選んだよ」
あ、そう。
「あと30分ほど蒸して、冷蔵庫で冷やせば出来上がります」
エーリカとアデーレがテーブルにやってくる。
「冷やすのは任せろ。魔法ですぐだ」
「ありがとうございます。さすがは5級ですねー」
魔術師協会の連中がそんなことに使うなって言いそうだけどな。
「それでジークさん、ゾフィーさんがリート支部に来るって?」
アデーレが聞いてくる。
2人が調理をしている間に説明したのだ。
「らしいな。アデーレはゾフィーを知っているか?」
「もちろん、知ってるわよ。でも、そんなに話したことはないわね」
あいつ、ちょっと内弁慶だしな。
この前来た時も俺とテレーゼとしかしゃべっていない。
「隣は嫌か?」
「そういうわけじゃないけど、普通に考えたらあなたの隣じゃない?」
まあな。
「エーリカ、頼むぞ」
頼るべきは聖女だ。
「いや、ジークさんの妹弟子さんでは?」
「仲は良くない。ハイデマリーと同じくらいだ」
「じゃあ、仲良いじゃないですか」
でたよ……
この聖女様の欠点は目が曇り切っているところ。
「ケンカしそうになったら仲裁に入ってくれ」
「それはもちろん、そうします」
よしよし。
ゾフィーがなんで悩んでいるのかは知らんが、船製作の依頼を受けようとしているし、タイミング的にはちょうど良い。
この前の鬱病一歩手前のテレーゼとは違うし、頑張って働いてもらおう。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになります。
よろしくお願いします!