この日も仕事が終わり、マルティナと共にゾフィーもサイドホテルに行くために支部を出ていった。
俺達も支部裏のアパートに戻り、解散すると、すぐにエーリカの部屋に集まる。
そして、いつものように料理をしているエーリカとそれを手伝いという名の見学をしているアデーレを見た。
「エーリカ、暑いかー?」
「んー? そんなに暑くはないですけど、どうしました?」
エーリカが振り向く。
「実は暑い夏を乗り切るための冷房器具を作ったんだけど、試してみてくれ」
「冷房器具ですか? どんなのです?」
エーリカにそう聞かれたので立ち上がり、エーリカの足元に昨日、作った冷房器具を置いた。
なお、見た目は完璧に羽なし扇風機である。
美的センスは皆無なので既存のものを真似たのだ。
「前にドライヤーをやっただろ? あれの冷たい風が出るバージョンだ」
そう言いながらスイッチを押すと、ドライヤーとは違う柔らかい風が出てくる。
「おー! 涼しいです!」
「確かに涼しいわ」
「えー、気になる! どれどれー」
座って見ていたレオノーラもやってきて、手を当てた。
「おー! すごい! スイッチがいっぱいあるけど、これは?」
「温度と風力を変えられるんだ。風呂上りは強い風が良いし、寝る時は柔らかい風が良いだろ?」
「ジーク君はすごいなー。そんなことまで考えるんだ」
まあ、これは既存のものがそうだったからであって、俺の発想ではない。
「あと、部屋全体を涼しくするために動くんだぞ」
スイッチを押すと、風がスイングし始める。
「ジークさん、本当にすごいものを作られますよね」
「天才だなー」
「売れば大金持ちになれそうね」
金はいらんし、面倒が増えるだけだ。
「これ、いるか? お前らが使うかなと思って作ったんだけど……」
ヘレンが言ったんだけどな。
「え? いいんですか?」
「欲しい、欲しい!」
「ジークさんから贈り物をもらえる日が来るとは……」
3人娘の目がキラキラしている。
これが賄賂……じゃない、贈り物の効果か。
「あ、いや、すまん。試しに作っただけだから1つしかない。すぐにできるけども」
「ありがとうございます!」
「ジーク君は優しいなー」
「こっちは王都より暑そうだし、助かるわ」
こんなしょうもないもので喜んでもらえるのか……
ナンパ本とヘレン、すげーな。
人間性50点もそう遠くないことなのかもしれない。
俺達はその後、夕食を食べ、勉強会をすると、部屋に戻った。
そして、作った冷房器具をエーリカの部屋に置いてきたのでレオノーラとアデーレ、あと自分の分の3つを作っていく。
「ジーク様、喜んでもらえたようで良かったですね」
「そうだな。前にレオノーラが作る側からしたら喜ぶ顔が見たいって言っていたが、少しわかった気がするな」
喜んでもらえて嬉しかった。
今まではそんなことを思ったことが一度もなかった。
「ジーク様、それは技術者としてのものではありません、親しい人に喜んでもらえたから嬉しいのです」
「そうかもな」
多分、客が喜んでも嬉しくない。
対価はもらっているし、仕事だからだ。
「身内を作ったわけだ」
「そうですね。仕事仲間であり、お弟子さんでもありますが、それ以上に特別なものでしょう」
ふーん……
「思ったより、何も思わないものだな」
これまでと何も変わらん。
「ジーク様、けっして失わないようにしてください。こういうものは失って初めて大切さに気付くものです」
「なるほど。空気と一緒か」
普段、呼吸している時は気付かないが、呼吸できなくなると苦しくなる。
「意味合い的にはそうですけど、それ、絶対に御三方に言わないでくださいね。お前らは空気と一緒だなって言われて喜ぶ人はいません」
確かに暴言に聞こえる。
「言葉のチョイスは気を付けるわ。でもまあ、ますます王都に戻れなくなったな」
逆にそうさせてはいけないわけだ。
「よろしいではないですか。楽しくやりましょう」
「まあな。冬には暖房器具かねー? 暖房とか電気毛布とか」
「そういうのは作ってこられなかったんですね」
「お前が温かいしなー」
作業を止め、ヘレンを抱える。
よしよし。
「ジーク様も温かいですー」
腕の中のヘレンがゴロゴロ鳴きながら顔をこすりつけてきた。
いやー、可愛い。
「まあ、今後、そういうのも作ってやるか」
たいした手間ではない。
「女性が喜ぶものを作ったらどうですか?」
「それは無理だ。女性の喜ぶものを知らんからな」
姉妹でもいれば違ったんだろうが、一人っ子で仕事なんかの必要事項以外でロクに女としゃべったことがないのが俺の前世だった。
テレビもそんなに見ないし、前世でどういう便利なものがあったのかはよくわからない。
「頑張って思い出してみてくださいよー。ポイントアップですよ?」
別にポイントアップしてもなー……
「むしろ、お前が知らんか? 女の子だろ」
「お魚!」
ヘレンが手を挙げた。
「猫だなー」
「猫ですもん」
エルネスティーネに聞いてもクルミかチーズだろうな。
ドロテーは光り物。
「まあ、思い出したら作ってみるわ」
「そうしてください……ん?」
腕の中のヘレンが顔を上げる。
呼び出し音が鳴ったのだ。
「まーた、電話か?」
「本当に買った方が良さそうですね」
今度の休みの日にでも買いに行くかと思いながら立ち上がり、玄関に向かう。
そして、扉を開けると、アデーレが立っていた。
「すまん……また電話か?」
「あ、いえ、そうじゃないわ。ちょっとヘレンさんを貸してくれない?」
ん?
「なんで?」
アニマルセラピーに目覚めたか?
「ちょっとヴァイオリンを聴いてほしいのよ」
それかい……
「ヘレンにか?」
「昨日、あれからレオノーラを呼んで聴かせたんだけど、『良いんじゃないの?』って適当な答えが返ってきたから信用できなくて……」
レオノーラがそう言ったなら良いんじゃないのかね?
というか、ヘレンは絶対に褒めることしかせんぞ?
「ヘレン、いいか?」
「ええ。せっかくなのでお聴きしたいです」
「そうか……じゃあ、はい」
アデーレにヘレンを渡す。
「じゃあ、ちょっと借りるわ」
アデーレはそう言って、2階に上がっていったのでアトリエに戻り、作業を再開する。
そのまま黙々と作っていき、1つの冷房器具をデスクに置いた。
「なるほど。ヘレンの言う通りだな……寂しい」
ヘレンを失って、辛い……
返せ、アデーレ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
本日より、本作の第2巻が発売となりました。
こんなに早く2巻を出せるのも皆様の応援のおかげですし、ありがたい限りです。
ぜひとも手に取って読んでいただければと思います。
よろしくお願いします!