王国成立の歴史について、数多くの情報が得れたことは、非常に興味深かった。
この歴史を伝承でしか残さず、学園に通う者だけに語り継ぐこと、それにはきっと何か裏があるのだろう。
俺がそう考えている間にも、講義の内容は、その先へと進む。
〇王国貴族の誕生
各氏族の長たちは、合流にあたって、それぞれの娘をカイル王に嫁がせた。
そうして生まれた子供たちは、次代の氏族の長(貴族)として、開拓された農地を管理する任を負い、それそれの氏族の代表として、その地位を継承したといわれる。
これがカイル王国を支える貴族の始まりである。
貴族たちは、その子弟に新しい開拓地を与えるため、その後も精力的に魔境を切り開き続けた。
そういった歴史を経て、500年たった今日、かつては王国全土を覆っていた魔境も、南の辺境と東の辺境に広がるのみとなり、カイル王国には安全で、豊かな大地が広がるに至った。
「この始まりの貴族、12氏族の長を継いだ彼らは、この王国にて4つの公爵家、8つの侯爵家を継ぐ立場にあり、今でも王国の柱石たる役目を担っているわけだ。
伯爵以下の各貴族も、直系ではないにしろ、何らかの形でカイル王や12氏族の長の血と繋がりがある。
諸君らは、人々が恐れ、足を踏み入れることさえ忌避されていた魔境、これを切り拓いた、我らの祖先の血の滲む様な努力に敬意を払い、今日の繁栄がもたらされたことに、感謝することを忘れてはならない」
『うん……、やっぱりそこに持っていくのね。
まぁ貴族子弟が多く通い、その教育を目的とした学園だから、仕方ないのか……』
俺は周りに聞こえないように、小さく呟いた。
「そして、王国を支える貴族の子弟諸君、これらの事情により、君たちのほぼ全てが、初代カイル王の血を引いてる、そう言っても過言ではない。
どうか、その事を改めて認識し、500年に渡って積み上げられた歴史の結果と、諸君らの貴族としての誇りを、新たなものとして欲しい」
『そうであれば、俺も国王陛下の遠い親戚、そういうことになるのだろうか?
もしかしてカイル王国の、一夫多妻に寛容な文化は、ここから始まっているんじゃないか?』
俺の中で漠然と思っていた疑問に、自分なりに勝手な回答を当てはめていた。
〇貴族としての務め
カイル王国の成立より約30年の月日が流れ、魔境の開拓が進んだ結果、最初に他国と繋がったのは、現在の北の国境だったと言われている。
当時の北の隣国は、何らかの災厄に見舞われ、貧しく民の暮らしも非常に厳しいものであったという。
そのため、より温暖で豊かな暮らしを求め、北の国より多くの人々(人界の民)が、新しく、そして活気溢れる、カイル王国に流れてきたそうだ。
その数、数万とも数十万とも言われている。
長い年月を通じ、彼らは流入し続けたそうだ。
当時のカイル王国は、数千の魔法士に恵まれ、それらを支える地力があった。
だからこそ、カイル王は、新しい領民たちを積極的に受け入れた。元々、迫害された民、貧しい民を率いたカイル王の性分であったとも言われる。
それにより、王国の国力、人口や生産力、軍事力は飛躍的に大きくなり、今日の繁栄に繋がった。
その結果、それまで王国内で圧倒的多数を占めた、魔の民の血を受け継ぐ者は、逆に少数派となった。
魔の民が人界の民と混じることで、その血統は薄れていき、その後数百年の時を経て、西からも東からも、最後は南の国境からも人界の民は流入し、人口は増え続けた。
その結果、現在ではカイル王国内で、純粋な魔の民の血統は、既に途絶えてしまっている。
それぞれ固有の魔法を持つ、12氏族の流れを汲む、各貴族についても状況は同じだったという。
王国に合流するまでの各氏族は、同一氏族のなかで婚姻を結び、子孫を残してきた。
だが、国が大きくなるにつれ、氏族間の交流も増え、貴族となった氏族の長の子孫たちが、固有の氏族内だけで血統を維持することが難しくなった。
おのずと、異なる氏族間での婚姻も進み、更には貴族の中にも人界の民と結ばれる者も出て来た。
結果として、血は混じり、薄れていったと言える。
カイル王は晩年になって、将来起こるこの流れを憂いたそうだ。
元々氏族の代表であり、魔の民の血をより濃く受け継ぐ貴族に対し、婚姻を統制し、氏族の血統は維持できなくても、せめて魔の民の血脈を維持するよう、婚姻統制の制度を定めた。
「今日の、領主貴族に課せられた義務、血統を維持するため、貴族同士の婚姻を前提としているのは、これに由来するわけだ。
12氏族の血統の証、魔の民の血を引く証こそが、【権限】であり、固有スキルである【血統魔法】だ。
本来貴族でない者、功績によって叙爵され、準貴族や騎士爵になる者がいる。彼らが、子孫にその身分を継承できない理由も、これに当たる。
また、非常に少ない事例ながら、多大な功績により準貴族から、新たに領主貴族に叙される者もいる。
彼らには、同様の歯止めが設けられている。
新たに領主貴族となった彼らの多くは、氏族の血統を持たず、権限に目覚めることがない。
そういった者は【権限なし】として、一代限りの領主となり、当主没後はその領地を召し上げられる」
※
『なるほど……
領主貴族として認められるのは、大前提として、カイル王と12氏族の長の血脈を受け継ぐ者のみ、そういう事か。
ソリス家(父)については、騎士爵から男爵、領主貴族になった例外のひとつであり、更に権限を発現させた、例外の中の例外、そんな感じなのだろう。
商売上手の商人男爵、そんな理由だけで他の貴族から蔑まれていたのでは無く、それ以外の理由でも、父は貴族の中では異質な存在だった訳だ。
他の貴族が、父を冷遇していた理由も、ソリス家が上級貴族から目の敵にされる理由も、なんとなく分かった気がした』
【前回の歴史】では、この歴史知識(裏事情)を、俺は知らなかった。
単に、権限が発動しないのは、自身の能力の低さと嘆いていた。
逆に、元々騎士爵であった父が、領主貴族となった際、権限に目覚めたこと、これ自体がもの凄い事なんだと理解した。
そうなると、その理由は何だろうか。
父の能力の高さ故、だったのだろうか?
何世代か前の先祖が、貴族の血を引いていたのか?
たまたま、濃く魔の民の血を引いていたのだろうか?
それとも……、氏族の里であった、エストールの地が絡んでいるのだろうか?
この辺り、俺の疑問はますます膨らんだ。
せっかく王都にいるのだから、今後調べておきたい。
学園の3年間、この時間を費やして。
そう、俺には忘れてはならない最終目的がある。
時空魔法の固有スキルを得ることだ。
そして時空魔法で時を遡り、更には世界の枠を越えることだ。
だが今は、まだ解決しなければならない課題や、越えなければならない壁がたくさんある。
それをクリアしないと、そもそも全てが終わる。
そうして足掻きながら、【今回の世界】を必死に生き抜く過程で、意図せず作ってしまった絆もある。
今は二者択一を悩む段階ではない。なりふり構わず、先ずは今を必死で生き抜くことだけだ。
まだ、この世界を生き抜ける目途、それさえついていないのだから……
あ! 途中で物思いに耽り、話を聞いてなかった。
※
「……、諸君らは、この国の歴史を知り、自らに課せられた責務を自覚し、今後も王国の柱石たらんとする、努力を惜しむことのないように」
講義はこの言葉で、締めくくられていた。
最後の部分、ちょっと聞き逃した気がするが、まぁ良いか。
「何か質問は?」
俺は迷うことなく手を挙げた。
「大変興味深いお話でした。ありがとうございます。
先ほどのお話から、2点ほど、更に詳しく教えていただきたい事があります。
先ずは一点目ですが、最後まで合流しなかった闇の氏族、彼らはその後どうなったのでしょうか?」
「ふむ、よく気付いたな。
伝承では、闇の士族は、もともと魔の民の中でも、各氏族を導く立場にあったといわれておる。
恐らくは、その矜持もあったのであろう。
最後まで氏族として、長の合流はなく、永き時の流れの中、長の一族は人知れず滅んだのかも知れない。
そう言われておる。
ただ、闇の氏族も一枚岩では無かったようで、一部の者が王国に合流し、王国の貴族として階級を得た者もいたそうだ。
他の氏族に比べ、その数は非常に少なく、当時は小さな勢力だったらしいがな。
今でも、闇の血統魔法を持つ貴族がごく少数存在するが、彼らがその末裔と言われておる。
して、もうひとつの質問は何かね?」
なんとなくだが、肝心な部分は上手く濁された気がする。教師の物言いも少し気になった。
闇の長は合流していない。なら、そこから公爵家、侯爵家は出ていないのではないだろうか?
それなら12氏族としての数が合わない。
このあたりの疑問は、敢えて黙っておくことにした。
今後調べていけば良い。そう自分を納得させた。
「ご説明ありがとうございます。
では2点目ですが、お話を伺い、生来魔法が使えた魔の民が、他氏族との混血や人界の者と交わったことで、純粋な血統を持つ者が居なくなり、結果として民は、魔法を使える術を失ったこと、それはよく理解できました。
であれば、定めにより血統が守られていない者たち、今なお魔法士として覚醒する市井の者は、より魔の民の血脈を濃く受け継ぐ者、そうなるかと思います。
ですがこの場合、大いなる疑問が発生します。
血統魔法を除外すれば、魔法士として覚醒する者と、同じ血脈を持つ兄弟、姉妹が、同じく魔法士に覚醒する事は、現実的にまずありません。
また、より濃い魔の民の血を持つ貴族と言えど、領主の子弟全てが、血統魔法が使える訳でもないこと。
同じ貴族の両親を持つ兄弟姉妹でも、大きな差異があることに、常々疑問を感じていました。
この矛盾について、ご教示いただけると幸いです。
そしてそもそも、貴族であっても、その当主が領主貴族になって初めて、子供たちに血統魔法が発現することなど、この不思議な現象と、先の矛盾に対する解答が見出せず、悩んでおります。
この点も、ご教示いただけると嬉しいのですが……」
我ながら少し意地の悪い質問だったかな?
憮然とし、困り顔をした教師の様子を見て反省した。
【ニシダ】が持つ、現代知識から考えると、魔法に関して兄弟姉妹で再現性がないことは、恐らくは混血が進んだ結果、適性の発現が【先祖返り】とも言われる、劣性遺伝子が生み出す偶然の産物ではないか、そう予測することはできた。
だがこの世界では、そもそも遺伝子という認識は無いし、その解答は出せないだろうと思う。
だが、父親(当主)が領主になって初めて、領主一族に発生する固有スキル、血統魔法が発生する仕組みについては、その答えが全く見いだせずにいた。
これは俺の今後にも関わる、重要なことだ。
「全て神の思し召しです」
困った顔の後、そう言って教師は笑った。
「ありがとうございます」
理由は分からない、または、理由は分かっているが、これ以上この件について、首を突っ込むな。
そのいずれかだろう。
神という、非論理的な逃げ道に入られると、もうどうしようも無い。
俺は深入りするのを止めて、一礼して礼を述べた。
この一件が、新たな出来事に繋がることになるとは、この時点では思ってもいなかった。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【学園長の誘い:隠された歴史】を投稿予定です。
今回のお話で、ますます疑問が深まる事態になりましたが、次話以降で少しだけ、すっきりできるようにしていく予定です。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
※※※お詫び※※※
今回は久しぶりに毎日投稿に戻りましたが、次回は一日空きます。
なお、次回の学園長の誘いの3話部分は、毎日投稿の予定です。
その後は、また暫く隔日投稿になりますが、徐々に予約投稿済み話数も増え、20話近くは貯金ができました。
この先、色々と急展開が続く予定ですが、それまでどうぞよろしくお願いいたします。
※※※ お礼 ※※※
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
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本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。
また感想やご指摘もありがとうございます。
お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。