この投稿を以て、東部国境線から始まった反乱までの経緯は終了となります。
この一連の騒動を経て、タクヒールたちは新しい一歩へと足を踏み出すことになります。
これからも引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
「クレア、クレアっ! ごめん、本当にごめんっ!」
俺はクレアが眠る病室で彼女の傍らで詫びた。
さっき薬湯を飲んで眠ったばかり、そう聞いたのでできるだけ小さな声で呟き、震えながら泣いた。
俺はいつも大事な時に居なかった。
彼女だけじゃない、皆んなそうだ、皆に甘えて……
暫くしてアンとミザリー、ヨルティアが気を遣ってずっと廊下にいたことを思い出し、はっと我に返った。
「ごめんクレア、まだ……、しなきゃいけない事が沢山あるから、今晩また来るね」
そう言って、クレアの赤みの掛かった長髪を軽くなでると、俺は病室を後にした。
彼女は兄さんと皆んなたちのお陰で命を取り留めた。だが、失われた命もある。俺は領主の立場に戻った。
「先ずは皆に詫びたい。
今回も皆には大変な苦労をかけ、そんな時に不在にしていたことを。
そして心から感謝したい。
こんなにも大変な中でも、折れず挫けず、諦めずこの街を、そして多くの人を懸命に守ってくれたことを。
そして、今ここに居る皆が無事だったことを」
ブルグの森で勝利した後、俺たちはサザンゲートから魔境周りで、急ぎここテイグーンに帰ってきた。
そして、状況確認のため、手の離せないもの以外の全魔法士とミザリー、団長とアンで会議を開いていた。
「お気に病まないでください。私たちは私たちの責務を果たしただけです。お礼であればダレクさまに」
ミザリーが残留していたものを代表して答えた。
皆、ミザリーの言葉に無言でうなずいていた。
「取り急ぎ、疫病について、今回の戦闘について、今確認できている状況をお伝えします」
こうして始まったミザリーの報告は、大まかな事情を知っていた俺でも、驚くべきものだった。
「まず、疫病関連について報告します。
テイグーンの領民については、感染はほぼほぼ終息している、そう言って差し支えありません。
概算で800人程度が感染しましたが、死者はおらず、全て初期対応で重症化を防ぐことに成功しました。
なお、感染者の4割は、ヒヨリミ領から流入した感染者対応、救援活動に従事した者で二次感染です。
ヒヨリミ領からの難民は、総数約1,200名にのぼり、新関門、宿場町元捕虜収容所、テイグーン元捕虜収容所の隔離収容施設に分散しております。
感染者の割合は8割を超え、非常に深刻な事態でしたが、自警団の輸送隊が活躍してくれたお陰で、その多くが教会での清めの儀式を受けることができました。
ただ、彼らに関しては、儀式が間に合わなかった者、老人を中心に50名ほど犠牲が出ました。
なお、彼らは感染が流行している最中に、領境を越え強制的に移動させられたようです。
当初は1,500人程度がこちらに向かったそうですが、移動途中にも2割、300人程度が亡くなった模様です」
「ミザリー、現状の患者数は? テイグーン及びヒヨリミ領からの難民についての」
「テイグーンの感染者は既に回復している者が多く、現在50名弱が軽症で療養中です。
ヒヨリミ領からの難民は、療養中が400名程度、今の感染者はいずれも軽症で数日後には回復予定です。
現在彼らは、街の元収容所隔離施設にて療養中です」
「では、感染は終息傾向にあると考えて良いかい?」
「はい、テイグーンに関しては……
ただ他の町では、現在も疫病と戦っております。
入手した情報ですが、エスト、フラン、そしてエストール領の東部辺境では、まだ感染が広がっています。
現在もエストの街にはミアさんが、フランにはローザさんが、東部辺境にはミシェルさんが赴き、陣頭指揮に当っており、護衛として、それぞれに魔法士と兵士が付き従っています」
「エストの街の様子は?
それぞれの感染状況や、今一番に支援が必要な場所についても分かる範囲で教えて欲しい」
「エストは、ダレンさま、クリスさま、クリシアさま、レイモンドさまの全てが病に倒れ、指揮者不在で一時期は非常に危険な状態だったそうです。
ただ皆さま重症化することなく、ダレンさまを皮切りに順次回復され、今は政務につかれております。
押し寄せた難民の総数は1,000名前後らしく、流入したのはヒヨリミ領北部の住民が中心で、感染者の割合がこちらに比べ、若干低かったようです。
現在はピークを越え、指揮系統も回復しており、難民も感染者数も下降傾向にあると考えています。
エストには教会もあり、カウルによって運ばれた大量の物資もあるため、安定も近いと考えています」
俺は両親たちの事を聞き、少しだけ安心した。
両親に妹、家宰も【前回の歴史】では、疫病により命を失っていた。
だが、【今回の世界】では、全員が疫病には罹ったものの、治療が功を奏し、回復して命を永らえた。
「今現在、予断のならない危険な状況なのは、フランと東部辺境域です。
フランには一気に500名近い難民が流入し、ヒヨリミ軍侵攻によって往来を封じられてしまいました。
更に一帯には、救い手となる教会がございません。
両地域には追加の支援要員と援助物資を送り、感染者をテイグーンへ順次搬送するよう対処しています」
「わかった、ありがとう。
大至急フランの町とここを結ぶ街道上に、何か所か中継地点を設け、人員輸送の支援を行う。
遠征していた軍からも人手を出したいと思いますが、団長、兵員をお借りできますか?」
「勿論です。何箇所かに臨時の救護所を設営しておくことも手配するのが宜しいかと思います。
資材運搬をバルトさんに依頼できますか?
私は出動準備を伝え、体制を整えさせておきます」
「ありがとうございます。疫病関連で確認が必要なのは……、あとは清めの聖水の生産状況かな?」
今度はヨルティアが立ち上がった。
「はい、アンさまの来訪以降、グレース神父は独自に人を集め大量生産できる体制を構築されました。
それにより、何とか余力を持った状態で、現状までなんとか生産数は賄えています。
教会内で、儀式対応と生産対応の人員が割り振られ、ローザさんに同行した中央教会の方々も活躍し、感染ピーク時すら清めの聖水の生産は続いておりました。
それとは別に提案なのですが、既に回復したヒヨリミ領の難民を宿場町の宿屋に移し、フラン側からの新規患者に備え隔離施設を空けたいと思います。
費用は掛かりますが、ご許可いただけますか?」
「ありがとう。勿論許可するので急ぎ進めて欲しい。
きっと宿屋も、今回の疫病で大きな被害を受けてる筈だから、テイグーンの宿も含めて、感染者や療養中の者を除き、難民の一時滞在として沢山回してあげて欲しい。宿は一括借上として、各宿屋と相談してみて」
「承知しました。
一括借上なら、応じる宿屋も多いと思われます」
「後は……、ヒヨリミ軍との戦いの状況など、今共有が必要な事があれば教えて欲しい」
俺の言葉にクリストフが立ち上がった。
「はい、確認できている事として、今回、ヒヨリミ軍の総数は1,500名。フラン側から1,000名と魔境側から500名が侵攻して来ました」
「1,500名っ! そんなに……」
俺はつくづく認識の甘さを自覚した。
いつも従軍時は子爵の中では少ない方、600名しか引き連れていなかった彼らを、甘く見ていた。
留守兵力を全て出して来たとしても多すぎる。彼らは巧妙に、持つ余力を隠していたということか……
「なお、ダレクさまの援軍によって、魔境側は約250名を捕縛しており、辺境騎士団第六軍が200名近くを討ち取ったと見て問題ないと思います。
ただ、これらの軍を率いたヒヨリミ子爵の長男、リュグナーの所在が未だに確認できておりません。
探索の手をかわし、いずこかへと逃亡したようです。
新関門側は、約500余名がエロール殿に帰順し、ヒヨリミ子爵を含む約300名を捕縛しております。
そして、200名近くを討ち取りましたが、何名かは暗闇に紛れ逃亡したと思われます。
双方とも現状で殲滅できたと言ってよく、ヒヨリミ軍は軍としての機能を喪失しました」
ここでエランが手を挙げた。
「失礼します。私からも少し、お伝えした方が良いと思われる情報が3点あります。
一点目は、どうやら疫病はこの地より先に、一番最初はヒヨリミ領で流行していたようです。
彼らはこれを秘匿し、南部辺境域で発生した疫病が、中央部まで流行した時点で、こちらに仕掛けてきたようです。
二点目は、こちらに押し寄せた難民は、意図的に作り出されたようです。
疫病で苦しむ南部の領民を中心に、兵たちが無理やりテイグーン一帯へと押しやった、そういった情報が複数の難民から確認できています。
三点目は、兵士たちは嘘の情報を信じ込み、我らに対して異常なまでの敵愾心を抱いていたようです。
ソリス男爵が疫病の種をヒヨリミ領内に蒔き、多くの民を殺した。そう洗脳されていたふしがあります。
なお現在は、その誤解も解けております」
俺は言葉に詰まった。
奴らは自身の領民になんて事をしやがるんだ!
俺たちがそこまでされる理由は何だ?
ヒヨリミ子爵の憎悪は、俺の想像を遥かに超えていたということか……
前回の歴史では、ヒヨリミ子爵、長男リュグナーは、共にこの疫病により病没していた。
そして生き残ったエロールが子爵家を継ぎ、その先の禍へと繋がる。そう歴史は推移していた筈だ。
疫病の対処法を教えたことで、彼らは疫病から命を救われ、それが今回の侵攻に繋がってしまった。
歴史が帳尻を合わせてくること、そしてその悪意に、俺は再び戦慄させられることとなった。
そしてもうひとつ驚愕したのは、前回の歴史において、俺の天敵であったエロールの変化だった。
これは正直、俺自身が実際に本人と会って確認するまで、この眉唾な話を信じることができなかった。
「クリストフ、エロール殿は今どうしている?」
「ダレクさまの命を受け、帰順した兵を率いて領境とヒヨリミ領を巡回する任に当たられています。
ヒヨリミ領に残った民を救済し、難民を抑えること、領内の教会への搬送などを行っているようです。
感染と事態が落ち着けば、改めて罰を受けるために戻ってくると仰っています。
ダレクさまは、その申し出を受け、彼らを物資と共に解放しました」
そうか、兄さんがそれで良しとしたのであれば、俺には何も異存はない。
けど……、まだちょっと信じられないが。
「私が見たところ、ヒヨリミ領の領民たちは、エロール様を若様と呼び、とても慕っておりました。
彼らによると、エロール様はずっと以前から、領民の救済に手を尽くされていたようで、領内での人望は高く、人気もあったようです」
俺の疑念を察したのか、ヨルティアが彼女の見たありのままを報告してくれた。
確かに……
以前に、そう、俺が王都に旅立つ前に出した間諜からの報告には、それに近い話が添えられていた。
だが俺は、それこそが欺瞞工作だと勝手に判断していた。
前回の歴史を知る、俺の先入観が俺の目を曇らせていた、そういう事なのか?
歴史の改編は、人物の生き方、今の世界での役割を大きく変えてしまっている……、そういう事なのか?
「防衛戦では少ないながら犠牲も出ております。
特に自警団からも20名ほど犠牲を出してしまったこと、お詫びのしようもございません」
ゲイルは平伏して謝罪した。
「彼らを含め、防衛戦に従事し亡くなった人たちには、丁重な対応をする必要がある。
後日改めて、残された家族や縁者に対し、十分な補償を行うと伝え、先ずは取り急ぎ戦没者に対して、見舞金の金貨30枚を行政府から手配してほしい。
今回、自警団の負担は非常に大きく、彼らの厚意に甘えていたこと、俺も大きく反省している。
褒賞や制度、その待遇も含め、今後改めて考え直そうと思っている。
ミザリー、落ち着いてからで構わないので、現状の収支について、後で良いので改めて報告して欲しい。
開発費が突出してるから……、今年も当然赤字だと思うけど、まだ……、残っているよね?」
「はい、国王陛下から以前に賜った金貨5万枚が無ければ、完全に飛んでましたが……、大丈夫です。
今現在、テイグーンの経済も、無理な開発やそれに伴う人足の大量雇用、疫病などの要素を排除すれば、十分回していける程度には伸びています。
この成長を維持すれば、いずれ黒字化します。
教会への支払いなど、暫定の部分もありますが、後で収支を取りまとめたものをお持ちします」
こうして、取り急ぎの情報共有は終わった。
後は、今なお各地で転戦しているダレク兄さん、父やゴーマン子爵などとの情報を共有し、今後の対処も決めなくてはならない。
各位は再び新たな使命に就き、ようやく先の見えたもうひとつの戦い、復興と疫病の終息に向け、突き進むことになった。
会議後、俺は再度クレアの病室に戻り、翌朝まで彼女の手を握っていた。
<カイル歴509年 反乱終結時点 予算残高>
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〇個人所有金貨
・前年繰越 12,000
・期間収入 2,000
・期間支出 1,500
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残額 金貨約 12,500枚
〇領地所有金貨
・前年繰越 40,000
・開発支出 ▲38,000
・経費支出 ▲20,000
・戦費支出 ▲ 1.000(暫定)
・疫病対応費▲ 6,000(暫定:教会支払い含む)
・販売収益 5,000
・一時収入 3,000
・鹵獲品収益 未算出
・王国補助金 10,000(辺境伯経由の要塞建設用)
・領地収益 24,000
※税収(人頭税、交易税、賃貸料、商品取引所販売益、公営牧場販売益、農産物、鉱山収益など)
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残額 金貨約 17,000枚
借入金の残額 4,000枚(辺境伯)
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【大掃除の落としどころ】を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
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今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。