レティシアがウチに来てから、早五日。
少しずつではあるが、オードラン家での生活に慣れてきているようだ。
しかし、
「レティシア、ちょっと――」
「……」
「なあレティシア――」
「……」
「レティ――」
「……」
中々、俺と口を利いてくれない。
もう露骨に避けられてる感じ。
いやまあ、無理もないっちゃ無理もないけどさぁ。
アルバンって元々、貴族たちの中でも悪名高いクソガキだったし?
絵に描いたような悪役貴族だったし?
いくらスリムになって剣が上手くなったとしても、悪党という評価がポンと覆るはずもない。
レティシアだって、俺のことを最悪の男爵と認識していると思う。
下手に口を利けば、なにを言われるかわかったもんじゃないってな。
気持ちはわかる。
……が、ちょっと悲しい。
だって食事の時間ですらシカト決め込むんだぜ?
こっちが話の口実を見つけようと一生懸命あれこれトークを繰り広げてるのに、目も合わせてくれない。
俺がいくら天下御免の悪役貴族アルバン・オードラン様でも、流石に凹むよ。
「なんとか話をできないもんかね」
いっそ仲良くなれなくてもいい。
ただ話はさせてくれ。
五分だけでもいいから。
でないと、そっちがどんな爆弾を抱えてるのか把握もできない。
「仕方ない、か」
俺は――意を決した。
「レティシア、ちょっといいか」
彼女の部屋をコンコンとノックする。
『……』
「たまには外に出よう。部屋に引き籠ってばかりじゃ身体に悪いぞ?」
『……』
「ふぅー……」
やはり無視か。
OKOK、そっちがその気なら――
「ちょっと面倒くさいが、悪役らしくいかせてもらう」
――スパン!
『え?』
ズガァン!
――俺は剣で扉を両断すると、そのまま思い切り足で蹴破った。
よし、これで入れる。
「失礼するぞ、っと」
ツカツカと室内に押し入る俺。
万が一レティシアが着替え中とかだったらどうしよう、なんて思ったりしたけど、彼女は普通に椅子に座っていただけだった。
ああ、よかったよかった。
一歩間違えば変態になってたからな。
「あ、あなた、なんてことを……!」
「安心してくれ、扉ならすぐ従者に直させるから」
「そうではなくて……! よくも淑女の部屋に押し入れたものね! 恥を知りなさい!」
「悪いけど俺はクズの悪党だからな。そうしたいと思ったら、女の部屋にだって力づくで踏み込むさ」
「! こ、このケダモノ……!」
「なんとでも呼べ。さっそくだけどなレティシア」
俺は怯える彼女に歩み寄る。
当然、抜き放った剣を鞘に納めて。
「俺とデートしよう」
▲ ▲ ▲
「いやー、外の空気は美味しいなー」
「……」
「レティシアもそう思わないか?」
「あなたと一緒じゃなければ、そう感じたかもね」
「あ、そう……」
しゅんとする俺。
いや、イカンイカン。
この程度で凹んでいる場合じゃない。
俺は気を取り直す。
――オードラン領は、自然が多い片田舎。
すこし街から離れれば雄大な自然がどこまでも続いている。
なにもないと言えばなにもないが、俺はこの風景が好きだ。
「バロウ家のご令嬢となれば都会暮らしに慣れてるだろうし、こういう自然は新鮮じゃないか?」
「それは……否定しないけれど」
「少しは気に入ってもらえると嬉しい」
「……」
まだまだ警戒されてるなぁ。
信用なさすぎるだろ俺。
でもまあ、俺が逆の立場だったとしてもアルバン・オードランって人間は信用できんだろうが。
「この山道を抜けると、もっといい景色が見えてくるよ」
「ちょ、ちょっと待って……。こっちは山道なんて慣れてないのよ」
「おっと、足を挫いたら一大事だな。それじゃあ――」
俺は彼女の足と背中に手を回して、全身を抱きかかえる。
所謂お姫様抱っこの体勢だ。
「ひゃ――あ――!?」
「これなら足を挫かないだろ」
「さ、触らないで!」
「野蛮な真似はしないって。面倒だからな」
「う……」
レティシアを抱きかかえたまま、俺は山道を進んでいく。
彼女の身体はとても軽かった。
まるで羽根のように。
もっとも、セーバスとの稽古で身体を鍛えたからそう感じるんだろう。
この一瞬だけでも、あの半年間は無駄じゃなかった感じれる。
そして山道を抜けると、小高い丘の上に辿り着いた。
「わぁ……!」
「綺麗だろ? ここはオードラン領を一望できる絶景スポットなんだ」
俺たちの目に映ったのは、小さな街、川、山々、そして遥か地平線まで続く草原。
晴れの日に見るオードラン領は最高だ。
普段ぶすっとして無表情なレティシアも、少しばかり感動を覚えた様子だった。
「俺はこれを見せたかった。キミと俺の二人で守っていく土地だからな」
「……」
「ご感想は?」
「……ランチスポットに最適なのは、認めてあげる」
「それはなにより」
どうやら、多少なりとも気に入ってくれたらしい。
なんとかこうして会話もしてくれるようになったし。
それにしても、レティシア身体って柔らかいなぁ。
しかもいい匂いがする。
なんかムーディーな雰囲気になってきた気もするし、あわよくばこのまま――
「……下心が顔に出ていてよ?」
「えっ、嘘!?」
「あら、本当に思っていたのね」
――ハッ!?
今俺、鎌をかけられた……!?
むぐぐ、やるなレティシア・バロウ……。
このアルバンを出し抜くとは……!
「そろそろ下ろして頂ける?」
「あ、ああ」
言われるがまま、レティシアをゆっくりと地面へ下ろす。
すると、彼女は初めてじっと俺の瞳を見つめた。
「……あなた、随分”噂”と違うのね。アルバン・オードランという人間は、もっと傲慢で不遜な小悪党と聞いていたわ」
「”怠惰な”が抜けてるな。それと俺は小悪党じゃない」
「それじゃあ大悪党?」
「ご明察」
「フフ、悪党は自分を悪党と言わないのではなくて?」
――初めて口をほころばせるレティシア。
ようやく笑ってくれたな。