――翌朝。
時刻はたぶん、日の出直後。
カーテン越しに差し込む光は、まだ少し薄暗い。
俺が目を覚ますと、裸のレティシアが隣でスゥスゥと寝息を立てていた。
隣というか、同じベッドの中で。
「……昨晩はお楽しみでしたね」
たぶん誰も言ってくれないので、自分で言う。
セーバスがいたら絶対言われたと思うが。
直後に襲ってくる罪悪感。
レティシアの身体を考えて、卒業するまでは我慢するって決めてたのに……。
いざ彼女の裸を見た瞬間、一切の我慢が効かなくなった。
ラキの裸を見た瞬間とは比べ物にならない情欲が、一気に噴火したのだ。
我ながら情けない。
一応最小限の理性は残っていたので、勢い余って避妊具を外したりしなかったところだけは自分を褒めたいが。
「うぅ……俺の馬鹿……」
「ん……アルバン……?」
レティシアが僅かに瞼を開き、目を擦る。
おっと、彼女を起こしてしまったか。
「おはようレティシア。起こしちゃったか?」
「ううん、自分で起きただけよ」
ゆっくりと身体を起こすレティシア。
同時に、彼女の美しい裸体がより露わになった。
――綺麗だ。
解けた白銀の髪、
雪のように白い肌、
細くしなやかな手足、
何度見ても美しい。
それも美しいだけではなく、艶やかだ。
まるで一面純白な雪原が、朝焼けに照らされているかのように、仄かに麗しい。
断言しよう。
レティシアより優艶な女性など、この世にいない。
俺にとっての完璧とは、彼女なのだ。
……俺はこの新雪に、初めて足を踏み込んだ。
そう思うと、改めて情欲が沸々と湧き上がってくる。
「あら……? フフ、誘ったつもりはなかったのだけれど」
「スマン……。でも気にせず休んでくれ。昨晩はキミの身体に負担をかけてしまったから――」
「いいわよ」
「へ?」
「まだ登校まで時間があるわ。一度くらいなら、肌を重ねる暇もあるでしょう」
「いや、でも……」
「アルバンは、私が欲しくない?」
「めっちゃ欲しいです」
▲ ▲ ▲
「「「……」」」
――登校時間。
Fクラスへと入り、自分の席に着いた俺とレティシアは、明らかに周囲の視線を集めていた。
「な、なんか雰囲気変わったか? オードラン男爵とレティシア嬢……」
「あなたもそう思いますこと? なんだか、以前にも増して堂々としているように感じますわよね……」
「お、お二人に、なにかあったんでしょうか……?」
ヒソヒソと噂し合うクラスメイトたち。
今クラス内にいるのはマティアス、エステル、シャノア、あと我ら夫婦。
残りのメンバーはまだ登校していない。
ククク……なんという愉悦。
貴様らには知る由もあるまい。
俺が昨日よりも、漢として一段階成長したことなど。
……ちなみにだが、アイツはまだクラスに来ていない。
時間的にそろそろ来るだろうが――
ガラガラ
「おっはようアルくん☆ 今日もいい天気だね♪」
――来た。
我が天敵が一人、ラキ・アザレアが。
彼女はクラスに入って来るなり、他の生徒には見向きもせずに俺へと近づいてくる。
「昨日はよく眠れたかな? きっと眠れなくて悶々としたよね♡ だから今日こそウチと一緒に――」
昨日と同じようにニヤニヤとした笑みを浮かべるラキ。
あ~、無視無視。
俺はもうコイツと関わりたくない。
面倒極まりないから。
……もっとも、俺が無視してもレティシアは無視しないだろうが。
「近付かないで頂ける?」
――スッと、レティシアが俺の前に立つ。
ラキの接近を遮るように。
「……昨日はどこぞの野良猫が、不躾にも私の夫にじゃれ付いてきたそうですわね。泥臭い臭いが部屋に残って最悪でしたわ」
「クスクス、それは立派なマーキングって言うんだよ♪番になったくらいで油断する雌猫には、雄の誘い方なんてわからないだろうけど★」
バチバチ、メラメラと、両者の間で激しく火花が散らされる。
凄まじい迫力だ。
完全に女の戦いが始まっちゃったよ……。
怖っわ……。
あまりに迫力があり過ぎて、マティアスたちなんてドン引きしてるし……。
「……雄の誘い方、ね」
レティシアは腕組みし、少しだけ得意気にフフンと笑う。
「あなたの目には、まだ私がそんなおぼこに見えて? だとしたら節穴ですわね」
「――!」
レティシアの発言を受けて、ラキは俺たち夫婦を交互に見やる。
そして、なにかを悟った様子だった。
「…………ふぅん、出し抜こうと思ったら、逆に出し抜かれちゃったワケか☆ 意外とやるね♪」
「タイミングを与えてくれたことには感謝してあげる。でも、それはそれ。報復はきっちりとさせて頂きますから」
――今にも殴り合いが始まりそうな、殺伐とした雰囲気。
どうしよう、止めた方がいいか……?
ラキはどうでもいいが、レティシアが傷付けられるのは見たくないし。
でも火花を散らす女の間に入るの、マジで怖いわぁ……。
なんて思っていると――
「えっと……これはどういう状況かな?」
丁度その時、クラスにレオニールが入って来る。
その背後にはローエンやカーラの姿も。
彼らが現れると同時に、クラス内の張り詰めていた空気感が若干和らぐ。
「……邪魔が入ったようですわね」
「そうだね☆ 続きはまた今度にしよっか♪」
パッと解散し、互いの席に着くレティシアとラキ。
相変わらずレオニールは不思議そうな顔をしつつ、俺の前の席に着く。
「……オードラン男爵、なにがあったのか聞いても大丈夫だろうか?」
「駄目だ、聞かないでくれ。面倒だから」
「そ、そうか……。でももし困ったことがあれば、いつでもオレに言ってくれ! オレはあなたの”騎士”なんだからな!」
また始まった。
コイツは、本当に俺の”騎士”になるつもりなのか?
主人公なのに?
「”騎士”ねぇ……。レオ、お前は自分で”王”になろうとは思わないのか?」
「思わない」
キッパリと、彼は言い切る。
「オレは”王”なんて器じゃない。それに、別の目標が出来たからな」
「別の目標?」
「ああ。あなたより強くなることさ」
――その一言に、俺の心臓はドキリと強く鼓動する。
「オレはいつか、あなたより強くなってみせる。あなたを超えて見せる。だからそのためには、あなたの下で鍛錬を積まなくちゃいけないと思うんだ」
「……俺を超えて、どうする?」
「え? い、いやぁ、そこまでは考えていないんだけど……。でもなんとなく、このままじゃいけないような気がして」
「……」
――気のせいだろうか?
考え過ぎだろうか?
”この世界が、レオに俺を倒させようとしている”なんて――。
俺とレティシアが相思相愛になったことで、ファンタジー小説の物語とはまったく異なるルートを世界は辿っている。
世界がぐちゃぐちゃになっていると表現してもいいかもしれない。
そんなおかしくなった世界が、本来あるべき形に戻ろうとし始めている?
主人公に主人公としての役割を取り戻させようとしている?
世界が――俺を破滅させようとしている?
………なんて、な。
そんなワケないか。
だったらレオニールが「”騎士”になる」なんて言い出すはずないし。
はー、阿呆らしい。
「だから、たまにでいいんだ。オレの剣の鍛錬に付き合ってくれないか? 強くなって、必ずあなたの役に立ってみせるから」
目をキラキラさせて、レオニールは言ってくる。
……うん、やっぱり考え過ぎだろう。
「別に構わんが……」
「! あ、ありがとう! やっぱりあなたは理想の名君だよ!」
本気で嬉しそうな顔をするレオニール。
とてもじゃないが、嘘を吐いてるようには見えない。
まあ、レオニールは味方でいてもらう分には心強いのは事実だ。
一応は様子見しつつ、経過観察とするか。