――レティシアの姉、オリヴィアとの邂逅から数週間が経った。
ちなみに彼女と会ったことはレティシアには明かしていない。
俺は普通に話す気でいたのだが、どうか秘密にしておいてほしいとオリヴィアに頼まれたからだ。
なんでも「妹に余計な心配をさせたくない」とのことらしい。
まあ、レティシアは元々家族を気遣って意図的に疎遠になっていた節もあるし。
確かに言わない方がいいかもな。
レオニールやイヴァンたちにも口外禁止を約束させたので、当面は漏れる心配もないと思う。
いずれは話そうと思っているが、もう少し学園生活が落ち着いてからでもいいだろう。
なんて、俺は思っていたのだが――
「――EクラスとDクラスから、合同合宿を持ち掛けられたぁ?」
「はい! ぜひどうか、とのことです!」
休み時間、パウラ先生がハキハキとした感じで伝えてくる。
それはあまりに唐突な話だった。
「……生徒主導の合宿なんて、そんな簡単に認可されるもんなんですか? っていうか授業日程とか色々乱れるんじゃ……」
「その点は大丈夫です! 合宿先でも通常の授業は行いますから、授業日程に乱れは生じません! むしろ夜間授業が含まれる分、通常よりも早く進みますね!」
「そ、そうなんだ……」
面倒くせぇ……。
それって普段にも増して余計に勉強させられるってことじゃん……。
普通に断ろうかな……。
っていうか断りたい。
やる意味がわからんから。
「それに、これは生徒主導の合宿ではありません! Dクラスの担任ライモンド・クアドラ先生の提案なのです!」
「! Dクラスの担任が……?」
担任の先生が、なんでまた突然合宿なんて言い出すんだ?
俺に貶められたEクラスならまだしも。
……なんだろう。
なんとなく怪しい気がするような……。
やっぱり断った方が――
「いいんじゃないか、オードラン男爵。誘いを受けても」
俺が微妙に悩んでいると、イヴァンの奴が腕組みをして言う。
「はあ? おいイヴァン――」
「パウラ先生、合宿で主に行われる授業内容は?」
「えーっと、魔法の実践に関してですね!」
彼女が答えると、「やはりな」とイヴァンは中指で眼鏡を動かす。
「Dクラスのライモンド・クアドラ先生は、元魔法省の役人だ。大方、自分の教え子なら僕たちやEクラスとの才能差を見せつけられると考えているんだろう」
「可能性はありますね! クラスの評価はそのまま教師の評価にもなってきますから!」
「Dクラスはこの機会にポイントを増やしてやろうと企んでいるのだろう。だが、それはこちらとしても好都合だ」
不敵に笑うイヴァン。
まるで「これはチャンスだ」とでも言いたげな顔だ。
「上手くやれば……二つのクラスから効率よくポイントを奪えるかもしれないぞ?」
「あのなぁ……俺は別に、積極的にポイントを稼ぐ気なんてないんだが」
「そうも言ってられまい。いずれにしたって向こうはやる気なんだ。それに遅かれ早かれ、僕たちのポイントが狙われるのは変わらないさ」
「それは、そうかもしれんが……」
「そうだよオードラン男爵! ぜひあなたの力をDクラスにも見せつけるべきだ!」
今度はレオニールが会話に混ざってくる。
また面倒くさい奴が増えてしまった……。
「あなたは誰にも負けないんだ! この挑戦、喜んで受けて立とうじゃないか!」
「レオニール……お前なぁ……」
「だ、そうだぞ? ――レティシア夫人よ、キミはどう思う?」
イヴァンが、俺の後ろの席に座るレティシアに話を振る。
彼女はしばし考えた後、
「……そうね、確かにイヴァンの言う通りかもしれないわ」
イヴァンに賛同する。
と同時にパウラ先生を見て、
「パウラ先生、もしこのお誘いを断った場合どうなるのかしら?」
「その場合、Fクラスからポイントを引かなくてはならなくなりますね!」
返答を聞いたレティシアは「ああ、やっぱりね」と肩をすくめる。
対する俺はギョッとして、
「――は!? なんで!?」
「何故なら、FクラスよりもEクラスやDクラスの方がやる気があると判断できてしまいますから! やる気の差は才能の差です!」
くっそ面倒くせええぇぇ!
それって実質拒否権ないじゃねーか!
ふざけんなよ!
っていうか、パウラ先生もちょっとは俺たちに忖度してくれよなぁ……。
自分の生徒なんだからさぁ!
容赦なさ過ぎるだろ!
「ということだから、やるしかないと思うわアルバン」
「……わかった、わかったよ。レティシアがそう言うなら参加する……」
面倒だが仕方ない。
不参加ってだけでポイント引かれたら堪らんからな。
それにレティシアがやると言ったなら、情けないところは見せられん。
やれやれ、とんだ厄介事に巻き込まれてしまった……。
などと俺が内心でボヤいていると、
「……それにしても、元魔法省――か」
ため息交じりにレティシアが呟いた。
なんだか少し寂しそうに。
……?
どうしたんだろう、魔法省って響きがそんなに――
――あ。
そういえば、レティシアの姉って……。
その時、ふと俺の脳裏にアイデアが浮かび上がる。
――正直、Dクラスはなにを企んでいるかわからない。
であれば”牽制”しておくに越したことはない。
それに……これならあくまで公的な仕事という名目で、二人を会わせてあげられるんじゃないかな?
よし――
「パウラ先生、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょう!」
「その合宿――特別講師を呼ぶことってできますかね?」