こんな風にドアを斬り破ったのは、オードラン領の屋敷でレティシアの部屋に押し入った時以来だなぁ。
あの時は緊張したもんだ……。
一歩間違えれば変態になってたとこだからさ……。
が、野郎相手ならば遠慮はいらない。
俺は一刀両断されたドアを容赦なく蹴破り、部屋の中へと入っていく。
「オ、オードラン男爵……!」
「ようマティアス。久しぶり――ってほどでもないか」
俺の姿を見て、まるで天変地異でも目撃したかのような驚きの表情をするマティアス。
おいおい、そんな顔するなって。
なんだかちょっと楽しくなっちゃうだろ?
悪役が悪役らしさを演じられてるような気がして、さ。
俺は「ドアの弁償はしなくていいだろ」と言いつつ、空いている椅子にドカッと座って足を組む。
「ほーんと、いい度胸だなお前? 勝手に学園を退学して、俺たちの前からいなくなるなんてよ」
「そ、それは……! おいハインリヒ! どうして勝手に屋敷へ入れた!?」
「申し訳ございません、マティアス坊っちゃん。ですが……これもあなた様のためなのです」
「――彼を責めないであげて。屋敷に入れてくれるよう説得したのは、私たちなのですから」
そんな台詞に続き、一人の令嬢が部屋へと入ってくる。
そう――我が愛しの妻、レティシアだ。
彼女の顔を見たマティアスは、「はぁ」と頭を抱えて深いため息を吐く。
そして苦虫を嚙み潰したような表情で、
「……まあそうだよな。オードラン男爵が来てるってことは、アンタも来てるよな」
「あら、夫にも増して厄介者を見たような顔をするのね」
「実際そうだろーがよ。今の状況じゃ、アンタの方が幾分厄介だ」
お?
人様の妻を厄介者呼ばわりか?
いい度胸だな~怒るぞ~?
なんて内心では思いつつも、俺は足を組んだまま微動だにしない。
ここは――妻の仕事だ。
「事情は聞いたわよ、マティアス。あなた今、お兄さんとの家督争いの渦中にいるんですってね」
「……だったらどーしたってんだよ」
「何故私たちに相談しないのかしら? イヴァンにすらなにも教えなかったそうじゃない」
「アンタたちには関係ないだろーが」
「ふぅん……関係ない、か」
突き放すように冷たい口調で話すマティアスに対し、冷静さと余裕を崩さず口元に微笑を浮べたままのレティシア。
そんな彼女の威風堂々とした姿に、マティアスの額に冷や汗が滲み始める。
「実はね……つい先日、私たちは金貨八百枚で雇われた殺し屋に命を狙われたわ」
「――! なんだとッ!?」
「私とアルバン、そしてFクラス女子の皆が集まっているところに、爆破魔法をボンッてね。お陰でシャノアの喫茶店は半壊状態。酷い有様よ」
ふぅ、と残念そうに頬に手を当てるレティシア。
シャノアの出す紅茶とスコーンは、彼女のなによりのお気に入りだったからな……。
店の修繕工事が終わるまで味わえないのは、本当にがっかりだろう。
かわいそうに……。
……ヤバい、思い出したらムカついてきた。
あの殺し屋共、やっぱりぶち殺しておけばよかったわ。
レティシアのせっかくの楽しみを奪うなんて、死罪にしても尚足りん。
ああ、でも殺し屋を雇った主犯はマティアスの兄貴なのか。
じゃあそっちを痛めつけよう。
生きたままワンコにでも食わせてやろうかな?
などと俺が私怨をメラメラと燃やしている間にも、レティシアとマティアスの会話は続く。
「金貨八百枚などという巨額を、場末の殺し屋に支払うなんて……いったいどこのお金持ちな貴族様なのでしょうねぇ。あなたは誰が犯人だと思われるかしら、マティアス?」
「………………兄貴だ、間違いない。そんなバカみてーな金の使い方する奴なんて、アイツ以外にいるかよ……」
マティアスはギュッと拳を握り、歯痒そうに答える。
やはりすぐに勘付いたな。
俺たちを狙ったのが、実の兄であることを。
「マティアス――あなたは私たちFクラスがウルフ侯爵家の家督争いに巻き込まれないようにするために、学園を去ったのよね?」
「……」
「けれど私たちFクラスは、もう無関係ではいられない。ならば――毒を食らわば皿まで」
レティシアはマティアスの傍まで歩み寄り、
「シャノアの紅茶を飲めなくしてくれたお返しもしなくちゃいけないし……私たちも、あなたの家督相続に協力するわ」
「ハッ、悪いがその必要はねーよ」
マティアスはクルリとレティシアに対して背中を向け、
「アンタらが狙われたってんなら、尚更味方にするワケにはいかねー。それにな、俺は家督を継ぐ気なんざさらさらないんだよ」
「……家督相続には妻の存在が必要で、その妻を不幸にしたくないから?」
心の内に一歩踏み込むように、レティシアが聞く。
マティアスは少し沈黙した後、
「……そこまで調べたのか」
「いいえ、あなたが〝妻を不幸にしたくない〟と思ってることはついさっき知ったわ。ハインリヒさんが教えてくれたの」
レティシアが明け透けに言うと「申し訳ありませんマティアス坊っちゃん」とペコリと頭を下げる執事のハインリヒ。
彼は俺たちがマティアスを助けに来た旨を話すと、アレコレ情報を教えてくれたのだ。
まったく、いい執事さんだよ。
ウチのセーバスにも負けず劣らずのお節介焼きだな。
そんな執事のお節介を知ったマティアスは頭をガシガシと掻いてため息を漏らし、
「っとに……どうしてどいつもこいつも……」
「〝月狼の戴日〟と呼ばれる日まで花嫁を見つけなければ、あなたは相続権を失う。でもウルフ侯爵家の妻となった女は、不幸になってしまうかもしれない――お母様のように。……そう思っているのよね」
さらに踏み込んでレティシアが言う。
すると、初めてマティアスがギロリと彼女を睨んだ。
「……おいレティシア嬢、それ以上他人の感情に土足で踏み入るようなら、流石に俺も黙っちゃいねーぞ」
――俺は、剣を強く握る手を僅かに動かす。
一応、念のため。
マティアスがレティシアに暴力を振るうことなんざないだろうが、まあ警告のつもりで。
そんな俺の腹の内をわかっているのか、レティシアは流し目でこちらを一瞬だけ見てくる。
まるで「大丈夫だから、任せて」と目で伝えるように。
そして再びマティアスへと視線を戻し、
「ねぇマティアス、もしも――それら全ての事情を理解した上で、それでもあなたの妻になりたいと申し出る女の子が現れたら……どうする?」
「は……ぁ?」
「――いらっしゃい、エイプリル」
彼女が言うと――部屋の外に隠れていた一人の少女が、恐る恐る中へと入ってきた。