「それじゃあお姉さん――お休み」
ラファエロの鉈がエイプリルへと迫る。
小柄な身体はジャッカルのように俊敏で、一撃でエイプリルの首を落としにかかる。
しかし――。
「――やらせるワケねぇだろうが」
鉈の刃がエイプリルの首へ届く前に、彼女の身体は後ろへと下がる。
そしてほとんど同時に重心を崩され、気が付けばマティアスに抱きかかえられていた。
「きゃ――あ――っ!?」
「悪ぃけどな、俺の大事な〝花嫁〟には指一本触れさせねぇよ」
――ラファエロの身体能力、というより戦闘力は決して低くはないだろう。
身のこなしを見ても、自分が小柄・非力であることを理解しているが故に、機動力を生かして一気に暗殺を終わらせようとしていることがわかる。
が……マティアスには通用しないだろうな。
「よっと」
マティアスはエイプリルを降ろすと、コキコキと首を鳴らす。
「エイプリル、ちょいとそこで待ってな」
「え……マ、マティアス様……?」
「手癖の悪いガキんちょに、世の中の広さってヤツを理解らせてやらねーと」
エイプリルを背にして、ラファエロへとゆっくり歩み寄っていくマティアス。
その表情には焦りが見られず、余裕すら感じられる。
「……お兄さんて、おバカさんなの? 丸腰で暗殺者を相手になにができるのかな?」
まるで焦りを感じさせないマティアスの様子を流石に不審に思ったのか、チラッと周囲の状況を確認するラファエロ。
俺はレティシアを守るので手が離せないし、カーラを始めとしたFクラスメンバーも暴徒化した貴族たちと絶賛乱闘中。
とはいえ、あと数分もあれば鎮圧できるだろう。
レオやイヴァンが手際よく貴族たちを気絶させてるし、エステルなんか「私とお喧嘩するなんて百億兆万年早ぇですわ! しゃおらぁ!」とか叫んで貴族相手にジャーマンスープレックス繰り出してるしさ。
Fクラスメンバーは日頃から鍛えてるだけあって、丸腰でも遅れを取ることはないってことだ。
――邪魔が入ることはない。
しかしこの混乱が続くのは残り数分――。
ラファエロはそう判断したらしく、
「……くふふ、僕は〝花嫁〟だけ仕留められれば満足なんだけどなぁ。そんなに死にたいなら、お兄さんを先に殺しちゃうよ?」
鈍く光る鉈の刃を露骨に見せ付け、脅しをかける。
だがそんなラファエロをマティアスは「ハッ」と鼻で笑い、
「やれるもんならやってみな、ガキんちょ。お兄さんが可愛がってやるからよ」
指先をチョイチョイと動かし、逆に挑発し返す。
それを受け、初めてラファエロが不快そうに眉をひそめた。
「言うねぇ……それじゃあ――死ね!」
勢いよくマティアスへと襲い掛かるラファエロ。
さながら獰猛な肉食獣のような速度で、一直線に飛び込んでいくが――。
「――〔エアリアル・ファング〕」
マティアスが魔法を発動。
ダンッと靴底で床を蹴ると――そこから〝風の狼〟が飛び出してきた。
「なっ……!?」
「得物がなきゃ戦えないなんて一言も言ってねーぞ? これでも鍛えてんのは身体だけじゃなくってね」
風の狼はラファエロの鉈へと噛み付き、動きを阻害。
マティアスは元々魔力付与系の魔法を得意としていたので、所謂攻撃魔法の類を実戦で使ったことはない。
少なくとも俺は見たことないな。
だが当人が言うように、Fクラスメンバーは日々の特訓で魔法も習得していっている。
マティアス自身の純粋な魔力量はレオやイヴァンにこそ劣るが、それでも今やAランク魔法くらいなら発動できるほど。
ラファエロがどの程度俺たちのことを調べたのか知らんが、おそらく予想外の反撃だったんだろうな。
「このッ……!」
慌てて風の狼を斬り捨てるラファエロ。
そこに要した時間はほんの僅かな一瞬――だがその一瞬で、マティアスはラファエロの目の前まで間合いを詰めた。
それこそ、手が届くくらいの距離に。
「あ……え……?」
「ガキんちょ、お前筋はいいみたいだが――」
次の瞬間――パンッという甲高い音が木霊する。
それは、マティアスがラファエロの頬を平手で叩いた音だった。
「流石にちっと生意気すぎ――な」
そう言って、不敵な笑みを浮かべて見せるマティアス。
……比較にもならんな。
個々人の実力差は、あまりにも圧倒的に開いている。
真正面からの戦いでは、ラファエロ程度じゃマティアスの足元にも及ばない。
致命的な実戦不足ってのもあるが、ラファエロは〝自分よりも強い存在に正面から挑んだ〟経験がないのだろう。
暗殺者だからそれでいいと思っていたのか、あるいは純粋に弱い者いじめが趣味だったのか――。
ハッキリ言って、暗殺者としてはカーラの方が圧倒的に脅威だわな。
カーラを百点とするなら、ラファエロはせいぜい四十五点くらいかなー。
っていうか、そもそもこうして堂々と標的の前に姿を現してる時点で暗殺者としては失格かもな。
どうせ姿を見せた理由も虚栄心というか、背伸びしたかっただけなんだろうし。
だからカーラにも認めてもらえないんだろうが、本人には理解できまい。
なんせ、まだ幼すぎるから。
「――」
頬を叩かれるという事態に完全に呆気に取られ、思わず尻餅を突いてしまうラファエロ。
ま、勝負ありってトコだな。
格の違いを見せ付けられて。
一方、そんな光景を見せられたナルシスはギョッとする。
「なッ……なにやってんだラファエロ!? ボケッとしてんじゃねぇ! ホントに使えねぇガキが――!」
「…………よくも」
ポツリ、とラファエロが呟く。
「よくも……よくもよくもよくもッ、よくもこの僕の顔をぶったなあああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」