「キミは……?」
オレの前に現れた、一人の女子生徒。
艶のある長い黒髪の持ち主で、肌は真珠のように白く、瞳は飲み込まれそうなほど黒い。
その佇まいは気品に溢れている。
一目で貴いお方だとわかるほどに。
――美しい。
オレが最初に感じたことはそれだった。
彼女はきっと、平民出身のオレなんかとは比べ物にならないほど高貴な身分の出身だろう。
こうして目と目を合わせているだけで、不敬だと罵倒されるかもしれない。
だが、それでも目を離せない。
「……レオニール」
――冷たい声。
とても冷たい声で、彼女はオレの名を呼ぶ。
「キミは……? どうしてオレの名を……」
オレは――彼女を知らない。
オレはこの学園に入学するまで、貴族の知人など皆無だった。
今でも平民以外で知り合い――いや〝友〟と呼べるのは、Fクラスの皆だけ。
なのに、どうして彼女はオレの名を知っているんだ?
少なくともオレは――。
………………………………………………………………あ………………………………………………………………れ………………………………………………………………?
知ら……ない……?
本当に……?
その姿も、その声も、記憶にはない。
記憶にないはずなのに――何故か知っている気がする。
これは――。
「レオ……私がわかる……?」
彼女は少しずつ、こちらに近付いてくる。
まるで――懐かしい知人と再会したかのように。
「オ……オレは……」
「本当は、あの女の破滅を見届けてからあなたに会いたかった……。でも、もう悠長にしていられない」
彼女はオレに近付き、細い手でオレの頬に触れてくる。
その瞬間――。
「……思い出して。あなたが、本当は何者であったのか……」
▲ ▲ ▲
「……レオの奴が、まだ来てない?」
――朝のホームルーム直前の、割とギリギリの時間になって教室へと入った俺とレティシア。
教室にはいつも通りのメンバーが揃っていたのだが……一人だけ姿が見えない。
そう――レオニールの姿が。
イヴァンはクイッと眼鏡を動かし、
「ああ、この時間にいないということは遅刻確定だが……珍しいこともあるものだ」
肩をすくめて言う。
それを聞いて呆気に取られる俺。
レオニールは、これまで遅刻をしたことは一度もない。
あの気真面目な性格の男が寝坊するなんて、想像もできん。
いやまあ、別に俺もしたことないけど。
だってしっかり者のレティシアが一緒にいてくれるし。
それに、レオニールとは今朝一戦を交えたばかりだ。
あの時には起きてた分けだし、アイツに限ってまさか部屋に戻って二度寝なんて――。
「……」
……なんだろう。
なんとなく、嫌な感じがする。
背筋がゾワゾワするというか……。
そんなことを思っていると、
「はーい皆さん、おはようございます!」
いつものように、パウラ先生が元気よく教室に入って来る。
彼女の姿を見た俺たち生徒は、自らの席に着席する。
「え~、まず初めにですが、本日レオニール・ハイラントくんは欠席となります! 体調がすぐれないとのことなので!」
開口一番にパウラ先生は言う。
それを聞いた直後、ほんの少しザワッとする教室内。
一番意外そうな顔をしたのはローエンで、
「体調不良……? あの健康優良男児の模範のようなレオニールがか?」
「はい! 珍しいですね! 明日は槍でも降るかもしれません!」
「ふぅ~む、心配だな……。後で見舞いにでも行ってみるか」
レオニールと仲のいいローエンは、なんとも不思議そうに顎を手でなぞる。
……体調不良、ねぇ。
今朝の決闘の敗北が、尾を引いてなきゃいいんだけど……。
「それより皆さん、次の期末試験の対戦相手が決まりましたよ!」
パウラ先生はすぐに話題を切り替え、
「次にFクラスと戦う相手はAクラスです! 次の一戦が期末試験の決勝となりますから、皆さん頑張って――」
いつものウキウキ笑顔で、期末試験の説明をしていく。
しかし――その時だった。
教室の外から、ザッザッという重い足音が聞こえてくる。
数は四……いや五。
それも足音に混じって、カチャカチャと鳴る金属音……。
これは――軽装甲冑を着ている音だ。
つまり、武装している者たちが廊下を歩いている。
その物々しい足音は徐々に近付いてきて、Fクラスの教室の前で止まった。
『――失礼する』
そんな一声と共に開かれる教室のドア。
そして姿を見せたのは――鋭い目つきをした〝王家特別親衛隊〟の騎士たちだった。