《カーラ・レクソン視点》
〔ティーポット・フェアリー〕による幻術を受けたアンヘラとディアベラは、「アハハ」「ウフフ」と笑いながら紅茶を啜り続ける。
……こうして見ていると、本当にただの可愛らしいお人形みたい。
「――は、はぁ……どうにか上手くやれましたぁ……」
腰を抜かすように、安堵の息を漏らすシャノアちゃん。
そのすぐ傍で、小さな〔ティーポット・フェアリー〕が『♪』と鈴のような声を奏でながらフワフワと飛び回る。
彼女にとても懐いている様子だ。
「……グッジョブ、シャノアちゃん。本当に見事だったよ……。〝召喚魔法〟を、もう完璧にモノにしているね……」
「ア、アハハ……ありがとうございます。オリヴィアさんの下で努力した甲斐がありましたぁ……」
少し照れ臭そうにするシャノアちゃんだったが、すぐに「でも――」と声色を変える。
「ほ、本来ならAクラスの陣地に回り込んでから使うはずだった〝召喚魔法〟を、ここで使ってしまいました……。本当によかったんでしょうか……?」
不安気に彼女は言う。
そう――本来であれば、シャノアちゃんの〝召喚魔法〟と〔ティーポット・フェアリー〕は切り札だった。
Aクラスの〝王〟が待つ陣地の背面に回り込み、〔ティーポット・フェアリー〕の幻術で無力化する――。
それがプランAの予定であり、最もスマートかつ負傷者を出さない勝ち方だったのだ。
……が、その切り札をここで使ってしまった。
Aクラスがこちらの動きを監視しているのなら、もうこの手は使えまい。
〔ティーポット・フェアリー〕の幻術は非常に強力だが、戦意を奪い去るためには〝淹れたての紅茶の香り〟を相手に嗅がせないといけない。
逆を言えば香りを嗅がなければ戦意を奪えないので、ある程度対策しやすいのが欠点。
初見殺しではあるが、二度目はないだろう。
加えて儀式として〝紅茶を淹れる〟という過程が必要なため、準備に時間がかかりすぎるというのも弱点だ。
いつでも紅茶を淹れられる喫茶店の中ならいざ知らず、屋外でとなると……条件が厳しすぎて、正直もはやロマン技の類だろう。
今回だって、〝綺麗な首じゃない〟からという理由で積極的にシャノアちゃんを狙わなかったアンヘラとディアベラが相手じゃなかったら、上手くいっていたかどうか……。
そんなシャノアちゃんの〝召喚魔法〟を切り札にしようとする辺り、レティシアちゃんって本当に大胆……。
シャノアちゃんもシャノアちゃんで、目の前で死闘が繰り広げられてる中でよくテキパキと紅茶を淹れる準備をしてくれたと思うよ……。
……思い返すと、戦いの後ろで紅茶の用意をしている姿は、ちょっとシュールかも……なんて思っちゃ失礼だよね。
などと私は考えつつ、
「……大丈夫だよ、シャノアちゃん」
「ふぇ?」
「レティシアちゃんは相手の動きに気付いて、作戦をプランBに切り替えた……。だから後は……彼女に任せよう……」
▲ ▲ ▲
《エステル・アップルバリ視点》
――お互いに拳を構え合い、お決着をつけようとする私とフィグ。
すると、その時でした。
「――! レティシア・バロウが……正面から……一人で、だと?」
フィグが突然私から視線を逸らし、まるで誰かと会話をしているみたいにブツブツと呟き始めます。
「おぉん……? こら、フィグ! お喧嘩の最中に余所見するたぁ、いい度胸ですわねぇ!」
「…………いや、なんでもない。邪魔が入っただけだ」
フィグはすぐに鋭い視線をこちらに戻し、おファイティングポーズを取り直します。
「もうAクラスもレティシア・バロウも関係ない。俺はボクサーだ。俺は俺のプライドに懸けて……お前を倒す」
「よろしくてよ。なら私も、最後まで〝喧嘩〟らしくやらせて頂きますわ!」
私はお元気よくそう返すと――長いドレススカートを、思いっ切りビリィッと縦に裂きます。
スリットのように裂かれたスカートから片足が露出し、そよ風に撫でられてとっても爽快!
それに動きやすくなって最高ですわ!
「――! 今度はなんのつもりだ……?」
「ウフフ、さぁてなんですかしらねぇ? そのお頭で存分にお考えあそばせ?」
ヒラヒラ、と破れたスカートをはためかせてみせる私。
フィグはしばし悩ましそうにしましたが、
「……いや、考えるのはやめだ。なにが来ようと、正面から叩き潰すのみ」
もはや考えても無駄と悟ったのか、すぐに意識を切り替えたご様子。
「来い。お前がどんな小細工をしてこようと粉砕し、ボクシングが最強であると証明してやる」
私は、そんなフィグのご期待に応えるべく――。
「そんじゃあ――行きますわよ!!!」
全力おダッシュを決め、フィグへと吶喊。
ほんの一瞬で、間合いを詰めます。
――拳と拳が交わる距離。
凶器を使っては決して味わえない、真っ赤な血潮がぶつかり合う狭間。
ああ……堪りませんわね!
今、最っ強に生きてるって感じがしますわぁ!
私は満面の笑みを隠そうともせず、フィグの拳の間合いへ入る直前、破いたスカートを右手で掴みます。
「――ッ!」
グッと身を構え、警戒するフィグ。
――また、視界を奪う目潰しか。
――でなければ、蹴り技か。
そんな風に考えおいでなのでしょう?
正解は――。
私はスカートを掴み――なにもせずに、頭から、フィグの間合いの中へ突っ込みます。
「!? なッ、この――ッ!」
露骨に狼狽えるフィグ。
顔に書いてありますわね!
「どうしてスカートでなにもせず、頭から突っ込んでくるんだ!?」って!
オホホホホ! 大方、破れたスカートがなんらかの凶器になると思い込んでいたのでしょうねぇ!
凶器を持つだけ持って、それを使わず身体から突っ込んでくる奴なんていませんもの!
でも残念!
私が小細工をかましてくると思い込んでらっしゃったから、小細工なしで突っ込んでやったんですわ!!!
「クソッ!」
フィグは慌てて右腕を振り被り、私目掛けてストレートパンチを繰り出してきます。
でも……そんな、どこを狙うかも迷っているようなパンチで――私は止まらなくってよ。
「〝喧嘩〟ってのは――ビビった方が負けなんよ、ですわ」
私は突っ込む速度を落とさず、フィグのパンチが最高速に達する前に――その拳に対して、思いっっっっっ切り〝頭突き〟をぶち込んで差し上げました。
激しくぶつかり合う、フィグの拳と私のおでこ。
同時にグシャァッ!!! という音が彼の右手から奏でられます。
「ぐ―――あぁ――ッ!?」
粉々に砕けましたわね、拳の骨が。
私も自分のおでこからドバドバ流血するのを感じつつ、
「――しゃあああああッッッ!!! こ・れ・で! トドメですわッ!!!!!」
上体を後ろに逸らし、破れたスカートの隙間からグワッと足を上げ――バク転蹴りを、フィグの顎目掛けて炸裂させます。
その直撃を受けたフィグの身体は――高く宙へとかち上げられたのでした。