《レティシア・バロウ視点》
「如何ですかな? これが……小生の本当の姿です」
露わになった地毛を見せ付けながら、〝串刺し公〟は言う。
レオニールとは似ても似つかない、むしろ反対色とすら呼べる真っ黒な髪――。
けれど顔が似ているだけに、レオニールを見慣れている私にとっては、その姿は酷く違和感を覚えるモノだった。
「ククク、やはりあなたも醜いと思われますか?」
「……醜い、ですって?」
「この顔に不釣り合いな、小汚い髪だと。あのお方は――エルザ様はそう仰られた」
自らの黒髪をかき上げ、自嘲気味に言う〝串刺し公〟。
彼は「他の質問にお答えしましょう」と言葉を続け、
「小生がエルザ様に忠誠を誓っているのは、拾って頂いたからですよ――この命をね」
「命を……?」
「そうです。飢餓で死を待つばかりの惨めな貧民でしかなかった小生を、エルザ様は拾ってくださった。……〝顔が気に入ったから〟、という理由で」
そう言って、〝串刺し公〟は自分の顔を指先触れる。
「ですがエルザ様は、この黒い髪だけは気に入らないと仰られた。顔に不釣り合いだと。故に小生は金の髪を被り、小間使いとして彼女にお仕えしていたのです」
思い出しながら喋るような、淡々とした口調。
けれどまたすぐに彼はフッと笑い、
「……長らく、小生はわかりませんでした。何故エルザ様はこの顔をお気に召したのか? 何故エルザ様はこの黒髪がお気に召さないのか? 何故――エルザ様は、小生をお傍に置いてくださったのか?」
「……」
「ずっとずっと不思議でありましたが……少し前、ようやく全てがハッキリとしました。小生は――レオニール・ハイラントの代わりであったのだと」
「! レ、レオニールの代わりだと? どういうことだ……!?」
困惑するローエン。
〝串刺し公〟はまた自嘲するようにククッと笑う。
「文字通りの意味でありますよ。エルザ様は、本当はレオニールが欲しかった。だから小生に金の髪を被らせ、その姿を瓜二つにさせた……ということです」
「つまり……あなたは自分が、エルザ第三王女がレオニールを手に入れるまでの代替品に過ぎなかったと――そう言いたいの?」
私は努めて冷静に、声のトーンを低くして尋ねる。
いや、冷静に尋ねたつもりだった。
でも、胸の奥からとめどなく湧いてくる疑問と嫌悪感のせいで、どうしても声が僅かに震える。
「わからないわ……。それなら、どうして彼女は初めからレオニール本人を小間使いにしなかったの……? そんなの、まるであなたを――!」
「どうでもいい」
これまでの話し方とは一転、重々しい口調で彼はこちらの言葉を遮る。
「なぜエルザ様がレオニールではなく小生を飼ったのかなど、小生も知りません。……小生には、もうどうでもよいのです」
――〝串刺し公〟はゆっくりと、右手の指で挟んだトランプを再度私へと向けてくる。
「エルザ様の望む形ではなかったにせよ、あのお方は無事レオニール・ハイラントを手に入れた。ならば小生も本望」
「あなた……それでいいの!? 人生を弄ばれて、あまつさえ別人の身代わりをさせられたのよ!? そんなのって……!」
――酷すぎる。
最悪だ。あまりにも。
エルザ第三王女がレオニールを誑かして味方に引き込んだのは、今の彼の話しぶりからして確定だろう。
イヴァンたちを襲わせたのも、十中八九エルザ第三王女の仕業と見て間違いない。
とはいえ、何故これまで彼女はレオニールに近付かなかったのか?
いったいいつレオニールを見初めたのか?
そして何故、今になって接近したのか?
どんな事情や意図があるのかは未だにわからないけれど、ハッキリとしている事実が一つだけある。
それは、彼女は〝串刺し公〟のことなど見ていなかったということ。
その向こうに透けて見えるレオニールのことしか、眼中になかったという事実だ。
きっとエルザ第三王女は、初めからレオニールを傍に置きたかった。
だがおそらく、何らかの理由があって彼とコンタクトが取れなかったのだと思う。
だから顔が似ている〝串刺し公〟に目を付け、レオニールと同じ髪型をさせて、代役の小間使いとして傍に置いたのだ。
全ては、自分の歪な欲求を満たすがために。
そしてレオニールがエルザ第三王女へと下った今、彼は……。
なんて身勝手極まりない行為――。
人を、なんだと思っているの――!
私はエルザ第三王女の驕慢さに激しい怒りと憤りを覚え、ギリッと歯軋りを鳴らす。
予てより彼女は敵であり、白黒つけねばならない相手だとは思っていたが……今の話を聞いて、彼女のことが徹底的に嫌いになった。
〝串刺し公〟はひと呼吸ほど間を置くと、
「……それでいいか、ですと? そんなのは、あなたの気にすることではありません」
鋭い眼差しで私を睨み――全身から殺気を放つ。
「さあ、お喋りは終わりですレティシア・バロウ。そのお命……頂戴する」
戦闘体勢に入る〝串刺し公〟。
それを見て、ローエンが私を庇うように一歩前へ出る。
そして今にも戦いが始まる――という、その瞬間だった。
「――あ、無理ですそれ」
私の背後から、そんな女性の声がした。
たぶんもうすぐ書籍版の書影が公開されるので、楽しみにしててね٩(ˊᗜˋ*)و