《パウラ・ベルベット視点》
『先輩、こちらホラント。聞こえますか?』
――左耳に付けた小型魔法通信機から、ホラントくんの声が響いてくる。
『今しがた、オードラン男爵を解放しました。真っ直ぐ王城へ向かうはずです』
「解放?脱獄の間違いじゃなくって?」
『……』
クスクスと冗談めかして言う私に対し、無言で答えるホラントくん。
も~、相変わらず固いなぁ~。
こういうイベントはもっと楽しまなきゃ!
「冗談だよ冗談~! それで、〝王家特別親衛隊〟の統率状況は?」
『先輩がアルベール第二王子側に回ると言ったら、八割方こちらに付きましたよ。残り二割は既に鎮圧済です』
八割か~。
二割も離反されるとか、私の影響力もすっかり小さくなっちゃいましたね!
ま、〝王家特別親衛隊〟を抜けた身なんだからしょうがありませんが!
私は内心で微妙にため息を吐きつつ、
「そのまま戦力を温存して待機。指示があるまで動かないこと」
『……待機、ですか? すぐに城下町の鎮圧に動くべきでは――』
「ダメダメ。全て終わった後の治安維持に、どうしても頭数が必要だからさ。今は戦力を減らさないこと」
『……了解しました。――先輩』
「うん?」
『どうか、ご無事で』
「……そこは〝ご武運を〟って言うところだよ、可愛い後輩くん」
そう言い残し、私は通信を切る。
――さてさて、楽しい楽しいお祭りも佳境のようで♪
▲ ▲ ▲
《レティシア・バロウ視点》
「アルバンが……王城へ向かったですって……!?」
「はい! エルザ第三王女と決着をつけに行ったそうです!」
なんとも楽し気な様子で教えてくれるパウラ先生とは裏腹に、その情報を聞いた私は驚きで目を見開く。
――いけない。
アルバンは、レオニールがエルザ第三王女に付いたことを知らないわ。
レオニールは、試験中に私たちを襲ってこなかった。
代わりに〝串刺し公〟がレオニールの格好をして……。
レオニールは一体どこへ消えてしまったのか?
何故〝串刺し公〟がレオニールに変装していたのか?
本当に不可思議だったけれど、エルザ第三王女が反乱を起こしたことで確信した。
レオニールは――エルザ第三王女の傍にいる。
彼は王女のことを守っているに違いない。
初めから、レオニールに私たちを襲わせる気などなかったのだ。
〝串刺し公〟が変装していたのは、おそらくレオニールの居場所を悟らせないための欺瞞工作。
事実、私は彼女が反乱を起こす直前まで「レオニールは洞窟内に隠れている」「そして試験中に襲ってくる」と思い込んでいた。
でも、違った。
たぶんエルザ第三王女は――レオニールのことを〝対アルバン用の決戦兵器〟と考えている。
……彼女は、アルバンが自分を殺しにくることを見越しているのでしょう。
そして唯一レオニールだけが、アルバンと互角に戦えることも知っているはず。
アルバンがエルザ第三王女の下に辿り着いたなら――彼女は間違いなく、レオニールをアルバンにぶつけてくる。
いいえ、もしかしたら他の護衛の兵士たちも一緒に。
そして絶対的に有利な状況下で――アルバンを亡き者にするつもりだ。
「ダ……ダメよ! すぐにアルバンを止めなきゃ……!」
「――避けられませんよ」
焦る私に対し、パウラ先生は極めて落ち着いた口調で返してくる。
「レティシアさん、あなたがアルバンくんとレオニールくんの衝突を恐れているのはよくわかります。ですが、それはもう避けられないんです」
「……!」
「レオニールくんにどんな事情があったにせよ、既に賽は投げられてしまったんですから。エルザ第三王女の手によってね」
まるで、諭すような話し方。
異常とすら思えるほど落ち着いた彼女の態度は、ある意味で教師らしくもあり、年長者らしくもあり、そして冷酷にすら感じられた。
彼女は話を続け、
「……あなたが今すべきことはなんですか? アルバンくんを止めることですか? レオニールくんを説得して連れ戻すことですか?」
「わ……私は……」
「違うでしょう、レティシア・オードラン。本当は全部わかってるはずです。あなたがすべきことは――全ての因縁を終わらせることだと」
パウラ先生はそう言って、両手をそっと私の肩に置く。
「もう一度言います。賽は投げられたんです。後は勝つか負けるか、生きるか死ぬか、その二択しかない」
「パウラ先生……」
「全てを終わらせて夫との幸せな未来を掴み取るか、それとも因縁に飲み込まれて破滅するか――選びなさい」
いつもの惚けたパウラ先生とは違う、とっても真剣な表情。
そんな彼女の言葉を受け――。
「……………………ありがとうございます、パウラ先生」
私も意を決し、パウラ先生の目を見つめ返す。
「私――王城へ行きます。全ての因縁に、終止符を打つために」
力強くそう答えると、パウラ先生は「フフッ」と小さく笑った。
「そうこなくっちゃ! それでこそレティシアさんです!」
彼女は私の肩からパッと手を放すと、
「では――王城までの道程は、このパウラ・ベルベットがお付き合い致しましょう!」
「え? パウラ先生が……?」
「はい! 若者の情熱に絆されて――少々暴れたくなってきましたので!」