《レティシア・バロウ視点》
「ハァ……ハァ……!」
――間に合った。
間に合ってくれた。
本当に、本当にギリギリのところで。
間一髪のところで。
あとほんの数秒でも遅れていたら、私は最悪の光景を目撃していただろう。
でも――間に合ったのだ。
私は両腕を大きく広げ、愛する夫を庇うようにレオニールの前に立ちはだかる。
「ダ……ダメよ……! アルバンは……私の夫は、絶対に死なせない……!」
「レティシア夫人……」
流石のレオニールも、私が現れたことに驚きを隠せないらしい。
私を見て身体を硬直させ、目を丸くしている。
「――レティ……シア……?」
背後から、小さく私を呼ぶ声が聞こえた。
きっとレオニールと一緒で、彼も驚いているのね。
顔を見なくったって、声を聞けばわかるもの。
私はスゥッと深く息を吸い、
「刃を収めなさい、レオニール……! あなたにアルバンは殺させない! もし収めないというなら――私が相手になるわ!」
キッとレオニールを睨み付け、精一杯の鋭い声で威嚇する。
――勿論、わかってる。
私とレオニールでは、勝負になんてならないってことくらい。
彼の剣なら、こちらが魔法を発動するよりずっと早く私の身体を両断できるでしょう。
……本当は、凄く怖い。
こうやって、敵となったレオニールと相対しているのが。
怖くて怖くて、両手足がずっと震えてる。
膝なんて完全に笑ってしまっていて、まっすぐ立っているだけでも精一杯。
だけど――それでも――退けない。
絶対に。
妻として、愛する夫を見殺しにするくらいなら――ここで一緒に死んだ方が、ずっとマシだ。
「ッ! レ、レティシア、なにバカなことを……! 早く逃げろッ!!!」
背後でアルバンが叫ぶ。
それと前後して、
「レ……レティシア・バロウ……ッ! アンタ、よくもノコノコと出てこられたわね! こんな時に私の前へ現れるなんて、いい度胸だわッ!」
今度は、エルザ・ヴァルランドが怒号を放つ。
眼を血走らせ、憎悪に満ちた目で私を見ながら。
「レオニール! 早くそのクソ女を叩き斬りなさい!」
「……」
「ソイツよ! その女のせいで、私は幸せになれなかったのよ! なのにソイツは、私を差し置いて夫と幸せそうにして……! ソイツさえいなければ……私は……ッ!!!」
「…………フッ、〝私は〟――か……」
僅かに苦笑したように呟いたレオニールは――ゆっくりと、剣を持つ手を下げた。
「エルザ、二人に少し話をする時間をあげよう」
「ハ……ハァッ!?」
突然のレオニールの提案に、エルザは酷く困惑する。
「な、なに言ってるのレオニール!? そんなクズ共に話をさせる必要なんて――!」
「エルザ」
まくし立てるように喋るエルザの言葉を、レオニールは力強い口調で遮った。
「……レオニール・ハイラントは〝主人公〟なんだろう? ならオレも、腐っても〝主人公〟らしく振る舞うべきなんじゃないかな?」
「うっ……」
「それに……オレは、これを待っていたのかもしれない」
レオニールはそう言うと後退りして、私たち夫婦から少しずつ離れていく。
「オードラン男爵……これが最期の瞬間だと思って、彼女と話をするんだ。その後で――もう一度オレと立ち会え」
▲ ▲ ▲
「アルバン……ああ、アルバン……! 間に合ってよかった……!」
レオニールが離れたのを確認した彼女は、フワリとこちらに振り向き、俺を優しく抱き寄せてくれる。
――最初、その姿を見た時は幻かと思った。
死の間際に見る幻覚かと。
だが、俺が幻覚の彼女と本物の彼女を見誤るはずもない。
ああ、そうさ。
この息遣い――。
この鼓動――。
そして、この温かさ――。
ハッキリとわかる。
たとえ片目が潰れていようとも、その姿がちゃんと見える。
「…………レティシア、ようやく会えたな」
生涯をかけて愛すると、心に決めた女性。
なにがあっても守ると、心に決めた女性。
絶対に幸せにしてみせると――そう誓った、最愛の人。
我が妻――レティシア・オードラン。
彼女が確かに、今、俺と抱擁を交わしてくれている。
「ええ……おかえり、アルバン……!」
「ああ……ただいま」