――俺とレオニールは、剣を構える。
お互いが、お互いの目をまっすぐに見つめる。
俺はレオニールの目を、レオニールは俺の目を、お互いまっすぐに。
「「……」」
シン――とした静寂。
いや……〝震とした静寂〟と言うべきか。
――空気が震えている。
無音の空間の中で、言い様のないビリビリとした感触が大気を震わせている。
途方もない圧迫感と緊張感。
文字通り、押し潰されてしまいそうなほどの。
そんな、心臓を鷲掴みされるような雰囲気なのに――俺の心は、とても澄んでいた。
焦りなんてない。
怖さなんてない。
傷の痛みすらも感じない。
だって、レティシアが共にいてくれるから。
彼女が俺の背を見守ってくれているから。
愛する妻が一緒にいてくれるというだけで――俺はずっと強くあれるから。
「「――」」
俺とレオニールの剣が、示し合わせたかのようにカチャリと同時に揺れる。
次の瞬間――。
「「――――――ッ!!!」」
俺たちは、地面を蹴った。
全く同時に。
全く同じタイミングで。
一瞬のズレもなくお互いに向かって飛び込み――刃と刃を噛み合わせた。
刹那、ぶつかり合った剣と剣が凄まじい衝撃波を生み出す。
否――それはもはや剣と剣との激突ではなく、覇気と覇気との激突だった。
発生した衝撃は巨竜の響動が如き爆音となって王座の間に響き渡り、空気を伝わる音の圧となって拡散していく。
それにより床は陥没し、柱は折れ、壁は崩落。
遠くで音の圧を浴びたエルザはまるで暴風に煽られたかのようにすっ転び、「きゃあッ!」と情けない悲鳴を上げる。
おそらく、俺の背後にいるレティシアもまっすぐ立ってはいられないだろう。
レオニールは俺と鍔迫り合いながら目を見開き、
「……本当に凄まじい剣だよ、オードラン男爵……! さっきまでとは大違いだ……!」
「当然だろ。レティシアが俺に力をくれたんだから」
嬉しそうに頬を吊り上げるレオニールに対し、俺も微笑して答える。
火花を散らし、金属音を奏でながら、全力で剣を押し合う俺たち。
しかしすぐにお互いに剣を弾き合い、バッと間合いを離した。
「「…………」」
俺は左目で、レオニールは両目で、互いに一切視線を外すことなく出方を伺い合う。
しかし直後――俺とレオニールの剣から、同時に〝ピシッ〟という音が鳴り響く。
レオニールの剣を見ると、銀色の刃には痛々しいヒビが入っていた。
そして俺の手に伝わってきた感触から、こちらの剣にも同様の事態が起こっているのはすぐにわかった。
……どうやら、俺たちの放った一撃に剣の方が耐えられなかったらしい。
俺の剣もレオニールの剣も、あと一度でも攻撃を繰り出せば粉々に砕けてしまうだろう。
レオニールもそれを理解してかフッと笑い、
「……オードラン男爵もオレも、あと一撃が限度らしいね」
「ああ、らしいな」
俺はヒビの入った剣を、レオニールへと向ける。
「でも――あと一撃あれば十分、だろ?」
お前もわかっているはずだ、と。
いや、わかっていたはずだ――と。
結局、いつだって勝負が付くのは一瞬なんだから――さ。
「……ああ、一撃で十分だ」
レオニールは改めて、ヒビの入った剣を構え直す。
……わかる。
見える。
レオニールの身体から放たれる、命の煌きが。
闘志という名の覇気が。
奴から伝わってくる、次の一撃に全てを掛けたという覚悟。
ヒビ割れた刃に映る、ただただ〝アルバン・オードランを倒したい〟という一念。
一切の邪心なく、無垢なほど純真に、剣士としての境地に至った――最強へと至った、主人公の姿。
ああ……本当に素晴らしいよ、お前は。
例え生まれ変わったとしても、もうお前のような強者とは巡り合えないんだろうな。
俺はそんなことを考えながら――だらんと両肩を脱力し、
「――レティシア」
背後にいる、愛しい妻の名を呼ぶ。
「――見ていてくれ」
……改めて思う。
本当なら、俺は決してレオニールに勝てなかったんだろうと。
〝悪役〟が〝主人公〟に勝つなんて、そんなの物語にならなくなっちまうからな。
いつだって〝悪役〟は敗北する運命にあるモンなのさ。
でも――今は違う。
俺の背中をレティシアが見ていてくれるなら――俺は――絶対に、負けないんだ。
「……ええ、ちゃんと見ているわ」
背後でレティシアが応えてくれる。
優しい声で。
それを聞けた俺はスゥッと息を吸い、柄を両手に持つ。
肩を脱力したまま腕に力を入れ、ゆっくりと剣を掲げていく。
顔と同じ高さまで上がった、満身創痍の愛剣。
今にも崩れそうな白銀の刃。
けれどその剣身は未だ折れず、切っ先は確かにレオニールを捉えてくれる。
持ち主も剣も、既にボロボロ。
なのに、まるで同じ紅い血が通っていると感じられるほどの一体感。
あと――〝一撃〟。
最後まで――持ってくれよ――。
「さあ――終わらせようかッ! アルバン・オードランッ!!!」
「ああ――これで最後だッ! レオニール・ハイラントォッ!!!」
――俺たちは、笑っていた。
今この瞬間だけは、なんのわだかまりもなく。
――――飛び込む。
お互いがお互いに向かって。
愛する者を、守るべき者を背に。
剣を振り被る。
腕にありったけの力を込めて。
愛しい者を守るんだという決意を――剣に込めて。
そして――――振り抜いた。
俺とレオニールの身体が交差する。
剣を振り抜く挙動も、タイミングも、全く同じだった。
その速度すらも寸分の差はなく、まるで合わせ鏡のよう。
しかし、直後に俺の持つ剣が〝ピシッ〟と鳴る。
入っていたヒビは見る間に大きくなっていき――白銀の刃は、完全に砕け散った。
……対するレオニールの剣は、未だ砕けず。
ヒビ割れてこそあれど、その剣身は未だまっすぐな形を保っていた。
――しかし、
「………………………………が………………………………はっ……!」
レオニールの身体から、鮮血が舞う。
レオニールの膝が、床へと落ちる。
今、ここに――――真の勝敗が決した。
※お報せ
書籍化に続き、いいお報せです!
ただ本作とはちょっと無関係なので、URLを貼り付けさせて頂きます!
でもラノベが好きな人にとっては衝撃的なお報せになると思いますので、ぜひ見てね^^
↓↓↓
https://ncode.syosetu.com/n0389im/