「み…………見事だ…………オードラン男爵…………ッ」
地面に膝を突くレオニール。
その身体からは紅い血が流れ、ボタボタッと地面に滴り落ちる。
――致命の一撃。
刃が砕け散るのと引き換えに俺が放った斬撃は、確実にレオニールの胴体を断ち斬った。
もう――立ち上がることはできまい。
「ハハ……やっぱり、あなたは強いよ……。流石はオレの〝王〟だ……」
レオニールは剣を床に突き刺し、身体を支える。
その口からは血反吐を吐きながら――それでも、笑っていた。
「なんで……だろうな……。負けたのに……清々しい気分だ……」
「レオニール……」
「…………ありがとう…………オードラン男爵……。最後まで……付き合って…………くれて……――」
グラリ、とレオニールの身体が揺れる。
そして力が抜けるように――そのまま、床へと倒れた。
「……ああ、お前も本当に強い〝騎士〟だったよ――レオ」
最後に、その名を愛称で呼ぶ。
お前は紛れもない好敵手だった。
決着の瞬間、俺とお前はほとんど完全に互角だった。
剣を振るう動きなんて、まるで自分を鏡で見ているみたいだったよ。
でもほんの僅かな――けれど決定的な差が、俺とお前の勝敗を分けたんだ。
「……う…………嘘よ…………」
――離れた場所で、震える声が発せられる。
「噓噓噓噓噓……! ありえないでしょう……!? ふざけんじゃないわよ……ッ!」
エルザは血走った目を見開き、両手で頭を掻きむしる。
目の前の光景が信じられない――受け入れられないと言わんばかりに。
「ちょっとレオニール! は、早く立ちなさいよ! アンタは〝主人公〟でしょ!?」
半ば錯乱状態で怒号を飛ばし、レオニールへと呼び掛けるエルザ。
だが当然、レオニールの身体は動かない。
「ふざけんな……ふざけんなふざけんな、ふざけんなッ!!! アンタが死んだら、誰が私を幸せにしてくれるっていうの!? さっさと立って、この雑魚を殺しなさいよ!!!」
罵詈雑言が入り混じった、あまりに醜い叫び声。
王女としての気品など、既にどこにも残ってはいない。
「どうして……どうしてなのよ……!? アンタは、私を幸せにしてくれるはずなんでしょう!? 私はただ愛されて、幸せを享受できるはずなんでしょう!? なのに、どうしてこうなるの……!? 私は――幸せになっちゃいけないのッ!?!?」
「……おい、エルザ・ヴァルランド」
もはや聞くに堪えなかった俺は、奴の言葉を遮る。
「お前、まだ気付かないのか?」
「はぁ……!?」
「お前のそれが、レオニールを負けさせたんだ」
俺が言うと――コツコツという静かな足元と共に、レティシアが歩いてくる。
俺の、すぐ隣まで。
「……ねぇ、エルザ。あなた――どうして自分の幸せしか考えないの?」
レティシアが尋ねる。
憐れなモノを見る目で、憐れなモノへ向ける声で。
その一言を受けて――エルザの様相が一瞬で変わる。
レティシアは言葉を続け、
「なにがあなたを焦燥に駆り立てるのか、私にはわからない。きっと理解もできないでしょう。でももっとわからないのは……何故、レオニールの幸せを考えてあげないのか――ということよ」
「…………な……によ…………自分の幸せが一番大事だなんて、そんなの当然じゃ……!」
「ええ、そうね。私だってアルバンに幸せにしてほしいし、アルバンに愛してほしい。けれど――それと同じくらい夫を幸せにしたいし、夫を愛したいと思っているわ」
レティシアは、ギュッと俺の腕に自分の腕を絡ませる。
「……レオニールは、あなたをちゃんと愛してくれたのでしょうね。でもあなたは、そんな彼の愛情に応えたの?」
「――ッ!」
「〝串刺し公〟のこともそう。あなたは彼を利用するだけ利用して、あっさり捨てた……。彼がどんな想いを秘めて死んでいったかなんて、知る由もないでしょう」
「…………う…………ぁ…………っ!」
「……あなたは、自分が幸せになりたいという欲求を満たすためだけに、都合よく他人を利用していただけに過ぎない……。本当に、レオニールも〝串刺し公〟もかわいそうだわ」
「ち……違う……私は…………っ!」
「アルバンとレオニールの剣だって、きっと実力の差なんてなかった。あるのは気持ちの差だったのよ。〝愛してもらえている〟〝愛する者と満たし合えている〟という実感が、レオニールには足りなかった……」
意志の込められた、力強い口調。
そんな声色の中には、僅かな――けれど明確な怒りが混じっている。
「……アルバンは私を全力で愛してくれる。だから私も全力で、命を懸けて彼を愛する。お互いの幸せを願う気持ちが、私たち夫婦を強くしてくれるの。だから私たちは――〝幸せだ〟って、胸を張って言えるのよ」
レティシアは淡々と語った後、キッと鋭い視線でエルザを見つめ――。
「〝自分だけが幸せになればいい〟……。そんな風に思っている時点で――あなたが幸せを手に入れる資格なんて、ないわ」
そう、言い切った。
ハッキリとした侮蔑を込めて。
「あ……………………あぁ……………………っ!」
顔色が真っ青になり、愕然とするエルザ。
ようやく気付いたのだろう。
〝自分だけが幸せになればいい〟という身勝手な考えが――最終的に、今の結果を生んでしまったのだと。
結局、本質的にコイツは自分以外誰も愛してなどいなかった。
そんな人間が、誰かから愛してもらえるワケがない。
きっとレオニールだって、エルザの本性に気が付いていたはずだ。
エルザは本当の意味で自分を愛していない、と。
最後の瞬間、それが俺とレオニールの明暗を分けた。
本当の意味での〝幸せ〟になんて……見放されて当然だったのさ。
俺がそんな風に思った、直後――。
「――――いやぁん、素晴らしいわ~レティシアちゃん。流石は〝救国の英雄〟の妻ねぇん♥」
パチパチパチパチ……という拍手と共に、見覚えのある人物が王座の間へと入ってきた。