「薔薇色の……黄昏ぉ……?」
なんだそりゃ?
街角にある花屋の店名か?
アルベール国王が口にした名称を聞いて、俺は思わずそんなことを思ってしまう。
全く聞き覚えのない響きに小首を傾げ、レティシアの方を見る。
「俺は全然知らないな。レティシアは聞いたことあるか?」
「……いいえ、私も聞き覚えはないわね」
考え込むように口元に手を当て、僅かに視線を泳がせながら彼女は答える。
そんな俺たち夫婦を見て、少しばかり安堵の息を漏らすアルベール国王。
「ならいいのよ。奴らがこれまで、あなたたち夫婦に接触を図ってきていない証拠だから」
「ふーん……。で、そのローゼンなんとかってのは一体なんなんです? 俺たちになにか関係があるんですか?」
「今はまだないわ。でも、これからはわからない」
アルベール国王の目が据わる。
どうやら――少々真剣な話のようだ。
「『薔薇色の黄昏』っていうのは、数年前に王都内で発足した新興宗教でね。なんでも新世界の神と交信して、か弱い人間を救済してもらおう~っていうのが教義なんですって」
カルト宗教~?
そりゃまた、なんとも剣呑な。
あくまで個人的にだが、カルト宗教と聞くとあまりいいイメージがない。
というのも、形だけ宗教という体裁を取って社会的弱者から金を巻き上げようとする、あくどい連中が多過ぎるんだよな。
中には本気で人を救おうと考えている所もあるにはあるんだろうが、ぶっちゃけそうじゃない所が九割九分を占めると思っている。
もっと過激な集団になると「神の思し召しだ!」とかワケのわからんことを叫び初めて、領主や国家へ叛逆を企て始めたりもするし。
なので好きくない。
関わりたいとも思わん。
っていうかそもそも、俺は神サマなんて一ミリも信じちゃいないし。
俺が信じているのはレティシアだけだ。
レティシア・イズ・マイ女神。
アルベール国王は話を続け、
「アタシは彼らのことを、隠語の意味も含めて〝薔薇教団〟って呼んでるわ。幸い信者の数はあまり多くないみたいだから、あなたたちが知らなかったのも無理ないわね」
「あの……申し訳ありませんアルベール国王、少々お話が見えてこないのですが……」
微妙に眉をひそめ、恐る恐る尋ねるレティシア。
結局のところアルベール国王がなにを言いたいのか、イマイチ把握できないのだろう。
それは俺も同じだ。
カルト宗教があって、だからなに? 俺たち関係なくないっすか? って感じだし。
そんな、今一つピンとこない俺とレティシアに対して――
「ああ……それじゃこう言えばピンとくるかしら」
アルベール国王は強調するように、ゆっくりと改めて口を開く。
「その〝薔薇教団〟は……かつてエルザ・ヴァルランドと関わりがあった――って」
「「――ッ!」」
彼の言葉を聞いたレティシアは驚きで両目を見開き、俺は僅かに殺気立つ。
「そ、それはつまり……その〝薔薇教団〟は、エルザ第三王女の反乱に加担していた、ということですか……!?」
「落ち着いてレティシアちゃん、話を深読みし過ぎよ。ちゃんと順を追って話してあげるから」
アルベール国王はそう言ってひと呼吸置き、
「……少なくとも創設時、〝薔薇教団〟は本当にどこにでもあるような小さな宗教団体だったみたい。でもいつの間にかエルザと関係を持つようになり、少しずつ資金を蓄えるようになった」
「いつの間にか、って……新興宗教がそんなホイホイ一国の王女と繋がりを持てるモンなんすか……?」
思わず呆れる俺。
怪し過ぎるだろ、どう考えても。
貴族だってそう簡単には王族に取り入れないのに、新興宗教がポンと王女とお友達になんてなれるかって。
絶対に裏がありそうなモンだが……。
「エルザは〝薔薇教団〟との関係を徹底して秘密にしてたし、一体いつ頃から関わりを持ち始めたのかもわからない。ただ少なくとも、あのバカ妹が教義に関心を持ってたのは確かみたい」
「……教義に、ねぇ」
なんか……微妙に寒気のする話だな。
エルザ・ヴァルランドは、この世界がファンタジー小説の世界であることを知っていた。
俺と同じように。
だから自分が物語の正ヒロインであると自覚し、主人公に幸せにしてもらうという√を辿るために、執拗にレティシアを破滅させようとしてきたんだ。
とどのつまり、アイツはこの世界を元読者として俯瞰できる存在だったワケで。
そんな人間が、〝新世界の神との交信〟なんて戯言に耳を傾けるとは……。
同じくこの世界を多少なりとも俯瞰している俺からすると……なんとも薄ら寒さを感じる話だよ。
アルベール国王は話を続け、
「アタシはてっきり、エルザ・ヴァルランドの反乱に〝薔薇教団〟も加わると思っていたんだけど……」
「城下町を襲って回った連中の中に、その教団の信者共はいなかった……と」
俺が言うと、彼は「ええ」と答える。
「それどころかあの一件以降、全く活動が見られなくなってね。そのまま解散・消滅したのかと思ったんだけど――」
「――活動の再開が確認された、ということですね」
レティシアの言葉に対し、アルベール国王はコクリと頷いた。
「王都の公安たる〝王家特別親衛隊〟が、王都内で信者の動きを確認したわ。ただ活動再開の目的、及び資金の出所等については、未だに不明」
彼は改めて俺たち夫婦を見つめ、
「要するにアタシが言いたいのはね、あなたたち夫婦が〝薔薇教団〟に恨まれているんじゃないかってことよ。大事な出資者を失った彼らが、報復としてオードラン夫妻の命を狙ってくる可能性は十二分にある」
「……だから、俺たちに注意喚起をしようと?」
「そういうこと。納得してくれた?」
フッと微笑し、肩をすくめるアルベール国王。
ああ――まあ、納得はできたな。
俺とレティシアは、言わばエルザの反乱を阻止した張本人。
故にそのエルザから資金を得て活動していた組織からすれば、まさしく怨敵。
命を狙ってきたとしても、なんらおかしくない。
だが――くだらんな。
「……ご忠告どーも。でも心配いりませんよ」
俺は敢えて不敵な笑みを浮かべ、隣に座るレティシアの肩をグッと抱き寄せる。
「レティシアの身は俺が守る。そして俺は、もう誰にも負けない。絶対に。だから心配無用です」
「ちょ、ちょっと、アルバンったら……!」
恥ずかしそうに顔を赤らめる我が妻。
相変わらず、彼女は人前でイチャつくのに抵抗感があるようだ。
そんな恥ずかしがり屋なところも可愛くて愛おしい……好き……。
「まったく……レティシアちゃんはいい旦那様を持ったわね、ホ~ント」
呆れたように苦笑するアルベール国王。
「ま、一応忠告はしたから。それじゃ暗い話はもうおしまい! 河岸を変えて、お茶にでもしましょうか♥」
アルバンは神も仏も信じませんが、レティシアは信じます。
レティシア原理主義者╰(‘ω’ )╯