「――んお?」
背中に伝わる軽い感触。
それが人間と接触したモノだとすぐにわかったが、それにしちゃイヤに軽い。
直後、俺の横をスルリと小さな身体が通り過ぎて行こうとする。
頭からすっぽりと布切れを被り、全身を隠すような格好をした小柄な人物。
「――あ」と思った俺は、逃がすまいとその小さな身体の腕をガシッと掴んだ。
「おい、コソ泥」
「――!」
「財布スッたのバレてるぞ。とっとと返せ」
――俺は普段、小さな貨幣入れをベルトから下げ、背面で止めて持ち歩いている。
多少不用心かもしれないが、外出するときはだいたいコートを羽織って背中側が隠されるので、あまりスリに合うことはない。
それにレティシアとのデート中は周囲を警戒し、殺気立って威嚇――じゃなくて気を配ってるし。
だから少しでも用心深いスリは俺へ寄ってこない。
たまにそれが「怖い」って言われる時もあるけど。
でも妻を守るためなので仕方ない。
そういう意味で、コイツは大胆と言えるかもしれないな。
俺も俺で、レティシアとの会話で気が緩み過ぎていたかもしれん。
「……ッ!」
小柄なコソ泥は、すかさず俺に掴まれていない方の腕で腰から〝刃物〟を抜き取る。
刃物と言ってもそれはナイフと呼ぶには長く、かと言って片手剣と呼ぶには短い。
おそらく短剣の部類で、所謂〝ダガー〟というヤツだ。
――珍しい。
普通、コソ泥ならもっと隠し持ちやすい小さなナイフとかを好むのに。
「このッ……離せ!」
ダガーを握る手をグワッと振り被るコソ泥。
ほぉほぉ、迷いがないな。
ちゃんと得物を使い慣れてる感じだし、筋も悪くなさそうな雰囲気だが――
「よっと」
俺はコソ泥の足をバッと払い、重心を崩してやる。
すると、コソ泥の身体は風に吹かれた羽毛のように軽々と宙で半回転。
ズダーン! と背中から地面にすっ転んだ。
「きゃっ! く、くそ――!」
「やめとけ」
コソ泥が立ち上がってダガーを構えるよりも早く、俺は鞘から剣を抜いて、奴の細い首筋にあてがう。
あと少しでも柄を握る手に力を込めれば、頭と胴体が永遠におさらばするだろう。
同時に露わになる――コソ泥の顔。
それは鮮やかな赤い髪を肩の下まで伸ばした、端整な顔立ちの少女だった。
年齢はおそらく十一~十二歳。
明らかに子供とわかる風貌だが、その鋭い目つきは幼さを感じさせない。
だが栄養失調なのかかなり痩せており、身に着けている衣服もボロボロ。
貧困に喘いでいるであろうことは、一目でわかった。
――が、俺の財布をスッたコソ泥なのは事実。
「おいクソガキ。妻じゃなくて、俺の方を狙ってきたことだけは褒めてやる。だが俺は、妻とのデートを邪魔されるのがなにより嫌いでな?」
「う……うぅ……!」
「大人しく財布を返すなら見逃してやるが……あと少しでも俺の機嫌を損ねてみろ。この刃が、お前のか細い首をへし切るぞ」
威圧を込めた隻眼でコソ泥を見下ろし、ドスの効いた声で脅す俺。
そんな俺をレティシアは手で押さえ、
「ちょ、ちょっとアルバン……!」
慌てて窘めようとする。
レティシアは優しいからな。
あと子供が好きだし。
俺だって、別に好き好んで子供なんて虐めたくない。
子供自体は苦手だが、だからって進んで暴力を振るうのは大人のすることじゃないって分別くらい持ってるつもりだ。
だから大人しくゴメンナサイして財布を返してくれれば、まあ見逃してもいいかな~くらいには思っている。
……が、結局最後はコイツ次第。
謝るか、それとも死ぬか。
さあ、好きな方を選べ――
――と俺が思っていた、その矢先。
「お……お姉ちゃんを虐めるな!」
「皆、お姉ちゃんを助けるんだ!」
「ワ、ワアァ――ッ!」
突然、周辺の建物の物陰からワラワラと子供が飛び出してくる。
数は五人。
どいつもこいつもコソ泥より幼く、おそらく全員が十歳以下。
それも全員痩せており、薄汚れた衣服を身にまとっている。
「バ、バカ! 来るなお前たち!」
飛び出してきた子供たちを見て驚き、焦って叫ぶコソ泥。
だがそれでも子供たちは止まらない。
「性悪な貴族め! これでもくらえ!」
「お姉ちゃんから離れろ! えい! えい!」
あっという間に俺を取り囲み、ポカポカと殴ったり蹴ったりしてくるガキ共。
痛い痛い。
いやまあ刃物とか使ってないから、そこまで痛いワケでもないが。
うーん、どうしよう?
面倒くさくなってきたぞ?
たぶん仲間を助けようとしてるんだろうけど、それってつまりこのガキ共もコソ泥ってことになるよな。
駆除してもいい……が、中途半端に子供に手を上げるのはやっぱりちょっと気が引ける。
やるならやるで、全員生かすか全員殺すかのどっちかにしたいなぁ。
中途半端が一番よくないよな、うんうん。
あ、痛。
おいこら、足の小指を踏み付けるんじゃねーよ。
やっぱ殺すか。
「――――はい、そこまで!」
パンッ! ――と、いきなりレティシアが手を鳴らす。
彼女は子供たちを一望し、
「ねぇ、あなたたち――お腹空いてない?」